このモットワケ―モンの歳、いくつだっけ?

ふと台所の換気扇フィルターを見上げると、

黄色く油汚れをしてきてたのね。

やあ、やっと前の町と同じ風景を見られるようになった、と。

ンフフフフ……と、笑いが込み上げたよ。

そのくらい、なんか嬉しくなった。


私が壊れてるってことなのか

同じ風景ですよ同じ風景。

はいここ突っ込むところですよ

黄色くなったから取り換える、じゃなくて、そのまま風景として見慣れていくんですよ

テストに出ませんが、反応するところですよー。


いやあ、買ってきましたけどね。替えの換気扇フィルターは。





またジャニーズから出た青少年がいた。

会見が、ネットでは複数箇所から評価されている。

上手いんだと。準備をぬかりなくしたんだとさ。

私も、ユーチューブで小刻みにして見てる。途中。長いから。


今どきのモットワケ―モンは、柔軟で、こういう捕らわれない動き方が上手なのかもしれないね。

頭はいいんだろうね。歌って踊る本業もしながら、またさらに頭を使って立ち回れる体力、思考力を全力で使える。

いいんだけど、時期が時期だったなー

と、野良レモンオバサンは惜しく思ってしまう。一か月前はぁ、世界的な緊急事態だったんだよそれをもう……。怒ってないけど。

普段から飲めや騒げのチャラいキャラじゃなくて、もっと知性と落ち着きのある言動が出来ると、周囲に認識される人柄だったら、違ったかもしれないのに。

長いテーブルの端と端で質素に、地味に人と会うだけの良識と判断力がある人だ、と周囲に解ってもらっているような、実績があったらここまで叩かれずに違ったかもしれないのに。


うん、会見でしゃべっていた、本人の大好きなレギュラー番組のレギュラー仲間が、〇〇(倫理的にやっちゃいけないこと)騒動で降板された時、

ダラーしの無い相手のミュージシャンに、音楽番組でガン飛ばして、脅し文句もささやいて来た、っていうネットの噂が立った時は、

本当ならちょっとした武勇伝だ、と私も思った。

すげー 仲間だと信じてる人のために鉄砲玉のようになれる性格なんだな、と。ちょっとこえぇーよー


もしかするとクリスタルチルドレンの潜在的な才能も持ってるのかもしれないねぇ。

なら才能を開花させるのはこれからなのかもしれないけれど、

もし野良レモンの想像が当たるなら、クリスタルチルドレンの中には結構破天荒な才を持っているモットワケ―モンもいる、ということになろう。あれ そういえば歳はいくつだっけ

まあいいや。そんなに注目はしていなかったんだー。


スターシードは、キラキラオーラが光ってるだけの天使ちゃんばっかりじゃないんだー。


才能持って、あまり抜かりは無くて、上手に立ち回って。

むかし齧ったスピの情報によると、インディゴが世の中の空気の基盤とか、古臭い予定調和な信念みたいなものを、ガタガタに揺さぶっておいて、崩壊寸前にして、

クリスタルがなんか新しくして、

レインボーチルドレンが改革したものを安定させていく、んでしょ


うーん、思ったままを言うと、近くにいたら面倒くさそうな人たちってことかも

私に対処能力が無いトラブルを起こす類の人たちってことかい。うわっ。

あとはこれから、うっかり成功中毒になって、うっかり驕りさえしなければ…………宇宙から才能を持参して来た人たちは、

目的にかなった行動が出来て、現実世界に影響を繰り出す役割を、進めて行けるということなんだろうか。


いやあ…………


やー…………


もしかすると野良レモンは、一筋縄ではいかないクリスタルたちを見てるのは、見るだけでも疲れるかもしれないので、

やっぱり今から、レインボーがいるかもしれないキッズたちに先行して応援することにしようか………。そーっと……。


はいキッズのみなさんはここを見なくていいです。

手を洗いなさい。宿題をしなさい。したら寝てください。寝る前の薬がある子は、忘れないで飲めるようになるように、毎日の習慣に組み込みなさい。
組み込む方法は支援してくれる大人の人たちに相談しなさい。
ここは、つまづいた大人たちが喧嘩ばっかり何年もしてきてグレてから読んでる場所です。
社会適応につまづいて楽しくなくなった大人たちの文を手本として読んできてしまった、つまんないオバサンが書いています。
成功することは学べません。
社会適応の成功へ向かって行きなさい。そのための勉強です。
まだ『キャント イート アップル』かどうかも決まっていない年頃なのです。
今どきの教育が成功して、皆さんが幸せになるべきなので、それまで私ももうちょっと、働いて税金を納めます。
だから手を洗って、宿題して、寝なさい。






ヨクカンサン入りの錠剤、飲み切って無くなってしまった。

でも慌てて買い足すことはしない。そのうち買うけど。

飲み続けたまま、血液検査とか受けないでると、人によっては低カリウムなんとか症状が出て、倒れて手足が動かなくなる副作用があるかもしれないんだ。

だから処方するお医者は定期的に血液検査する場合もあるんだって。


今の環境から得られるものばかりじゃない、

私の意識の中に、なにか違うカルチャーを入れないと、今しんどいんだ、ってところまでは分かってる。

薬だけじゃない。私も動いて、すべきことがあるんだ。本当は。

ただそれがなになのかが上手に分からないんだぁ………。

分からないから、週末が近づくと、動悸が増える気がするんだぁ………。


(3)100%たとえ話『植物星から来たお花星人 お花レモンちゃん』その3

一話目
二話目




花びらの中から出ている顔でコミュニケーションを取りながら、元気に花粉を振りまき、花の香りで蜂が寄ってくる、お花レモンちゃん。地球の人間社会に適応しようとしてる。

暖房と水のある家に住み、養分のサプリメントを買うために、企業に入って働きます。



『お花レモンちゃん』は5人の弟と妹たちを連れて、会社から出た後、若者が沢山いるショッピング街へ出た。

100円均一ショップで、毎日水を飲むためのコップを選ぶ。

植物の食事は水と日光。命を繋ぐための水コップは植物星人の必須アイテムになる。

一番年上の弟は、『オシベ』と名付けられた。

5人は全員、名無しで森で生きてきたので『お花レモンちゃん』は列車の旅をしながら名前を考えたのだ。

『オシベ』は、人間社会の生活にひたすら目を見張っていた。

巨大なジョッキグラスを手に持ち、ガラスの美しさに魅入っていた。

「オシベー、一回の食事でそのコップは大きすぎる。」

1.5リットルは入りそうなジョッキグラス。居酒屋で、客同士が飲み物を注ぎ合う時に使う。もちろん100円ではなく、もっと高い値段が付いている。『お花レモンちゃん』はほど良い大きさの食器を使うよう弟に教えようとした。

「だって、次の日も飲めるように水を溜めておかないと。」『オシベ』は答えた。

「溜めたり取っておかなくていいの。人間の住居は、水が昼も夜もパイプから出せるから。」『お花レモンちゃん』は、水道のことをこう表現した。

妹二人は双子のようだった。『セント』香り。『ネクタ』花蜜。二つとも、花が花であるために欠かせない武器だ。

よちよち歩きの弟はまだ言葉も話せない。『ヨウヨウ』葉葉。

下半身がまだ種子の殻にはまってる末の弟は『メエメエ』芽芽。

4人には、落としても割れないアクリルコップや、スケルトンのプラスチックコップを『お花レモンちゃん』が選んだ。

「ねえ、あれも栄養になる物 」『セント』と『ネクタ』が指さした先には、ぬいぐるみが山積みになっていた。

「栄養ではないよ。人間は、生き物みたいなふわふわした物体を持って、遊ぶの。心の寂しさが埋められるのよ。」『お花レモンちゃん』が人間の文化を教える。

5人の弟と妹たちは、『お花レモンちゃん』の回りに集まって、一言も聞き逃すまいとして聞く。

「遊ぶってなあに 」「ふざけること 」

「栄養にならないのに 」「でも勉強になるんだって。」

「言葉なんて、通じ合っているうちに覚えたよね 」「話し合いながら考えてること見せたりもらったりするって、植物たちにしかできないの 」

「シッ 」『お花レモンちゃん』は弟と妹たちに静かにさせた。

植物星人たちは、会話もできるが、思考を見せたり、受け取ったりすることができる。テレパシーが当たり前に使い放題なのだ。伝達して欲しいことを画像でも知ることが出来るため、植物星人の学習スピードはものすごく早い。

ただし、思考の中で新しいものを開発したり、関連付けてもっと発展させることなどは得意ではなく、いわば、コピーの知識を増やすことが得意である。

『お花レモンちゃん』は、そんな植物星人の中でも、人間の思考もコピーして学習する能力を持っていた。だから会社に採用されるほどパソコンの操作を覚えられた。

弟と妹たちは、『お花レモンちゃん』の期待通り、まず『お花レモンちゃん』の知識を、スポンジが水を吸い込むように次々とコピーして覚えていった。

覚えながら人間社会を実際に見て回ることで、理解も進んでいった。

人間社会では、親の知識のコピーだけだと、複雑すぎて適応できない。だから学校に集まって学ぶ。学校が終わったら、友達というなんとなく小グループに集まった同士で、面白いことが無いかショッピング街に遊びに来る。

5人の弟と妹たちは、さっそく人間の子どもの真似がしたくてたまらなくなった。

『ヨウヨウ』が、ぬいぐるみの山によちよち歩いて接近していった。『セント』と『ネクタ』が追いかける。『オシベ』と『メエメエ』も後に続く。

「どれが欲しい 」『お花レモンちゃん』は『ヨウヨウ』に聞いた。5人の中で、『ヨウヨウ』が一番ぬいぐるみに興味を感じたようだと感じた。

「アイ 」『ヨウヨウ』は、両腕に抱えて気になるぬいぐるみを『お花レモンちゃん』お姉ちゃんに示した。

大口を開けて大笑いするピンクの芋虫。数本の脚が生えている。

『メエメエ』を抱っこする『オシベ』と同じスタイルで、『ヨウヨウ』は自分の物になったピンクの芋虫を抱っこして歩こうとした。

しかし、はやる気持ちに反して、ピンクの芋虫は『ヨウヨウ』の幼児の体には大き過ぎたので、間もなく、ぬいぐるみは『セント』と『ネクタ』が交代で持って歩いてあげることになる。

『オシベ』が『メエメエ』のお守りを楽にできるように、『お花レモンちゃん』は抱っこ帯も買った。

『お花レモンちゃん』が会社に行ってる間にもし緊急事態になったら連絡を取り合えるよう、自分の物の他にスマホももう一台買った。弟妹を代表して『オシベ』に持たせた。

『メエメエ』には、水を飲むための哺乳瓶と、水風呂に入れるためのタライ。

『セント』と『ネクタ』は、音楽に興味を持った。

電子音ばかりで作られたらしい音楽をしばらく視聴していたが、「面白そうだけどなんか違うねえ……」と首をかしげ合っていた。

視聴場所を移しているうちに、『ネクタ』がモーツアルトを見つけた。納得したらしい表情になった。

『セント』は、どれもイマイチのようで、お気に入りの音楽ジャンルを見つけられなかった。

『ネクタ』が慰めた。「セント、またここに聞きに来よう。好きな音がきっと見つかるよ。」

『お花レモンちゃん』も言う。「うちへ帰ったら、私のスマホでインターネットに繋いで色んな音楽を試しに聞きましょう。ここでは無理だけど。」

6人は、人間社会の建築物の間を縫うように歩き、電車に乗って『お花レモンちゃん』のうちへ向かった。

自動車の排ガスや、クーラーの換気口から生ぬるい風を浴びることもあったが、励まし合って、気持ちを持ち直して、『ヨウヨウ』と『メエメエ』を守って歩いて行った。



『お花レモンちゃん』のスマホから音が鳴った。

弟と妹たちが、水の食事を中断して一斉にスマホに注目した。

『お花レモンちゃん』も使い始めたばかりのラインが出した、着信の音のようだった。

〖こんばんは。〗

送信者は会社で『プリッコ』と呼ばれている女子社員からだった。

〖新しい家族が増えた1日、ご苦労様でした

有休をもらった分、元気を出して、また明日から仕事を頑張ってくださいね

わたしたちは『お花レモンちゃん』の分の業務も手分けして進めておきました。

でも休んだ人のお仕事を助けてあげるって、人間社会では当たり前のことで、❝お互い様❞って呼ぶんですよ

だから、これからは『お花レモンちゃん』も感謝を忘れずに、他の人が休んだ時に、自分の分の他にももうちょっとだけ頑張って、お仕事をこなしてくれると嬉しいなあ

でも、植物がしおれてくと困るだろうから、無理し過ぎない分量でいいからね 〗

『お花レモンちゃん』は、表情を無くしたまま、無言で読んだ。

しばらくうつろに目線を宙に泳がせてから、やっと小さな独り言をつぶやいた。

「なんて返したらいいんだろう。でも、❝はい❞ しか無いよね。私は植物星人だから。」

❝はい。明日からまた仕事を頑張らせていただきます。よろしくお願いします。ありがとうございました。❞


植物星人だから。

上から目線で来られても、抵抗してはいけない。

相手の文面を、全面的に肯定する返信を書かなければならない。

相手は人間だから。

こちらは植物星人だから。


植物星人だから。





「ドーパミンが少ない」とは。脱線しながらでも改めて考える。

ドーパミンが少ないということ



先週の記事で(前置きを書かない)うんぬんを気を付けた話を出したけど、

今日はとっとと前置きの話に戻ります


ドラッグストアで神経系に効きそうな市販品錠剤を入手してきた。

「女性ホルモン」「不安」「不眠」「高ぶり」「怒りやすい」などの言葉が箱に書いてある。商品名は書かないよ。

そこに、「ヨクカンサン」の字も目に飛び込んできた……。

はあ、ヨクカンサン……そんな漢方が存在することは、雑学知識としてはやんわり知ってた……。

確か、興奮のなんとかが肝臓に溜まると漢方では考えられていたから、溜まらないように散らして流してくれるとか

しゃーない、調べればいいんでしょ。 あ と で 。

そういえば軽度当事者の人でも使用してたと書いてた人がネットにいたことも、うっすら覚えてる。何年前だろう……

私、とうとうこれに出会ったのか……。

主症状は時々ぶり返す不眠や動悸なんだけどな……「怒」っては、いないんだけどな……

でもここのメーカーの薬は割と好き。

感想は、……症状が根っこからは無くならないけど、今のところ、やんわり効いてる気がする。




ドーパミンが足りないということ

幼少時から養育者から共感を受けても、快につながるアクションを受けても、

ドーパミンが不足してることで、一貫した成功体験を積みにくい、という言葉をネットから読めた。

改めて、そうだね なるほど~


結果、意思の決め方が、アドレナリン中心になる。

だって、ドーパミン出る前のファンファーレみたいなのがアドレナリン、なんじゃないの 違う 私の勝手なイメージ。

成功体験の前の、挑戦の体験ばっかりを積んで、次もまた挑戦を追い掛けてしまって、

ファンファーレばっかり、よーいドンして、スタートダッシュばっかり、

で、

注意散漫とか、臨機応変さの低さや、想像力の不足で、毎度おなじみの失敗ばっかりをする。

成功を知らなければ、自己肯定感は上がらない、という

私たち毎度おなじみのオチが付いてくる。


褒められるということに、欲求が湧かなくなれば、

次に反応出来るのは、恐怖の体験に対してだ。

挑戦したくなくなる。だって嬉しくないもの。

「世の中そんなんじゃ通用しない 世の中は厳しい ナメるな 勝てるまで挑戦し続けろ 学校を休むな 応援してる人がたくさんいるのだから転んでも諦めずに起き続けるのだ 裏切るんじゃない

信じて、信じて、信じて、嬉しくなくても起き上がり続け、勝っても喜べなくて、どうしてか分からなくて、その結果、精神疾患に陥った軽度当事者は大量にいるだろう。


世の中にたまに、褒められるとポカンとして動けなくて、怒られることでやっと動ける人間が存在するのは、

親の養育に特に不足が無いならば、

そういう経緯もあって出来上がってきたのかもしれないよね。



社会生活をするときに、褒められる経験を積んでない、分からない、知らない、だと、

『成功』ってなんだか分からなくて、生活を作れなくなって、

職場で積んだ経験量があっても、量に相応しい能力が上がっていなくて、肩書や、信用度や好感度も上がって行かなくて、

メンヘラになっていって、脱落する危険があるでしょう。

そんな時に「もっと頑張らなくちゃ 」といくら奮起したって、

脳が向かっていける行動が、『挑戦』しか無い。それしか知らない。

アドレナリンをドーパミンと間違える勘違いを、何年も、何十年も、私たちはし続けてしまう。



生活のほとんどが『挑戦』で占められてしまうだろ

だから、私たちには診断と支援、指導が必要なんですよ。




スピが危険なのはたぶんそこ。

首根っこつかんで病院やセンターに連れて行かなくてはならない人にも、

「親孝行しましょう。善行を積みましょう。感謝がキラキラ と沸いてきます。」と言い切ってしまえるかもしれないからだ。

人に誘導されてとりあえずその場では安心感を感じてしまえるから、

一人の生活に戻った時に不足している脳内物質の間違いに、いつまでも気づかないでいられてしまう危険があるからだ。

たぶんお酒、嗜好物全般にも同じことが言える。



スピのいいところは、医療的なこと以外での、生活の立て直し方を徹底的に教われる場所があることだ。

スピの全部の場所じゃないよ。あくまで、いい場所では、いいことを教えてもらえるんだよ。

嗜好物の依存を取り除くことも、「いただきます」を言うことも、バランス良く食べることも、なるべく朝日と共に起きて光を浴びると良いことも。

野良レモンは、長い説明が好きな当事者だから、スピのネットから懇切丁寧に教わった。




話を戻す。


『成功』が当たり前で、反応できないくらい興味を感じられなくなる。


軽度当事者の一部に、高慢と評価される人たちが出るのは、原因は複数あるかもしれないが、そういう原因も絡んでいるのではないか


野良レモンは自分をどう客観視しても、『成功』して当たり前だとは思えない。だから思っていない。

『100点』を当たり前には取って来れなかった。

だからって取れるように毎日予習復習を頑張る行動も取れなかった。

親に叱られても……。



他人が引っ張ってくれて、他人がたきつけてくれたことなら、楽しいと思えた。ずっとこんな時間が続いて欲しいと思えた。

自分自身とか、自分一人では、楽しさが湧きづらかった。

文字通り、ドーパミンやオキシトシンが少なければ、またはASD特性で出づらければ、

たしかに快楽の体験が積みづらい。

成功体験が積みづらい。

だから、私は本に逃げていた。本は読み進めれば、私の気分を誘導してくれるから。


そんなぼんやりした私に、親は諦めないで、「楽しい」「嬉しい」「良かった」「ありがとう」などという気分を持つようにと、厳しく指導した。

湧いてこなくても、鈍くて感じられなくても。

世間一般では、普通はこういう時にこう感じるものなんだ、快の感情も感謝も持たないと駄目

私はそう聞こえた。今思えば、ありがたく感じて、感謝するべきことだ。

親はそんなつもりじゃなかったかもしれないけれど。


獲得していなかったら、

快を感じる感覚を持たないと駄目

快を前提にして感謝もしないと駄目

「形」から教える、という技を、昭和だから情報無いから手探りで、親は私に教えたんだと思う。



今は、こんな体験をコピーしないでください。

ちゃんと病院やセンターの相談先に掛かってください。

手術をする時には麻酔を使って当たり前です。

専門的な人に、やわらかい平和な言葉で、分かりやすい指導を、最小限の傷で受けてください。




そろそろちゃんと本屋へ行って調べなさい、と自分突っ込みが聞こえてくるよ。(幻聴じゃないよ )

まだつらい。

今の町から、少しずつ隣町へ車で出かけているけど、初めて走る道、初めて通る街並み、

目的地へ行くために、仕方なく走る、車が多い市街地……

聞かれてないけど細かく書くと、そんな近隣の町の一部は、初めてじゃない。何十年ぶりに走る街、走る道もあった。

でも、何十年ビフォーアフターですぜ。街の中はごっそり変わる変わる。

むかし見たことも無かった有名チェーン店やファミレスが出て来て、キラキラ してる。

寄って、食べてみたいよ。テイクアウトしてみたいよ。

でも四車線以上になると、もう萎えちゃうの。寄りたくない。ウィンカー出したくない。

そうして帰宅した後に、気は紛れて楽しかったんだけど、眠気が来ない夜が始まるの。ワープして来たかのような何十年の月日を、いつの間にか思い出し続けているの。

だから、市販品の薬を使うの。自分の力で眠りたいけど、もう努力で出来る年は終わった。仕方なく薬に補助してもらう。

今どきの市販品は、依存性が無いのね。

毎晩頼ることは無く使えてる。時々、飲むのを休める。これを、もっと飲まない日にちを開けていかないと。




はい、話を戻す。

脳内物質に。


HSPで繊細な人の存在を知らせる本が推奨してること………
(読んでから言いなさい、と怒られることです。だから著書名は出さないよ。)

助けを求められてから助けましょうって……

世の中の皆さんがそんな助け方に真面目に徹したとするじゃないですか。


私たち軽度当事者は、どちらかというと助けられる側のほうなんですよ。ええそりゃもう何回も。日常から何回も絶え間なく。

私たち、軽度当事者はそれじゃ足りないんですよ。「助けを求める」って段階を真面目に踏んでいたら。身を守るに、足りないの。

襟首つかまれて引き戻されてから、やっと赤信号の道路を渡りかけていたことに気が付く、かのようなミスを、

生まれてからずっと日常でやらかしてきましたから。

平時からぼんやりうっかりして自分を危険にさらしてしまうから、外から、他人のほうから、気付いてもらって救われることが無くならない。

例えですよ。例え。例えですからね。交通法はベストを尽くして守ってるつもりですよ。


私たちの一部が、先回りして人を助けたくて、落ち着かなくなってしまうのには、そんな経緯もあるかもしれない。

自分が助けられてきたから。

助けを求められるまで待っていたら、足りなかったから。恐ろしい目に逢ったから。


このように、世間一般のノウハウが、私たちには通用しないことが多々ある。

そういう現実に出くわすたびに、私たちは震え あがり、こんな自分たちの運命に怒り、悲しむ。二次障害が反応する。


説明を受けられればいいんだけどね。詳しい説明を。

「自分らはうっかりした時に、他人さまから気付いて助けてもらうことが多々あったけれど、自分らは特殊な枠に生きている軽度当事者だから仕方が無い。世の中の多数派の人たちは、こと細かに助けたり守ったりしなくても、自分で危険に気付くし修正していける。自他の区別を付けよう。だから会う人、会う人をこと細かに助けなくていいし、『助けて』と頼まれていないことを先回りしてしなくていいんだよ。助けなくてもだれからも憎まれることじゃない。健康的な人は、憎んでこない。特にHSPを持っているなら、日常からの細やかな人助け行為が、神経的な負担になって蓄積していくから。健康を損なう危険な癖になってしまうから、時と場合によって選びながら半減させていっていい。」
………etcetc………

こんこんと、くどくどと、今までことあるごとに説明を受けられた人生だったら、どんなにか私たちは楽に健康的に生きられただろうか。どんなにか思考の負担が減って、適量の思考で暮らせてきただろうかね。


人との距離感がつかみづらい私たちは、忘れられない怒りと悲しみと二次障害を抱えながら、社会で、ネットで人に会うだけで、

パチンコ台の前に座ったかのように、自分の思考、思想、全てを賭けて過剰にこだわってしまうことが出てくる。

会う相手が、特性が近ければ近いほど、防衛機制がフィーバーして作動する。ことがある。


だから、こうして書いている野良レモンにも、これからもアンチは出来るんだろうなと想像する。

ここの読者の中の多くの人ならおなじみの、『あの掲示板に書いた自己責任』説は、中毒症状として生きていってしまうだろう。コメント欄を開いてたら絶対、湧いて出てくるんだと思ってる。それがSNSですよ。

SNSは、会話したら戦争が始まる。




ここで防衛機制の復習です。

防衛機制とは、危機、困難、苦痛、そんなのが複数と、出くわす状況、

つまりは『すごく嫌な時』に、無意識に作用する心理的メカニズム、みたいです。



「抑圧」…今、野良レモンが陥っている状態かもしれません。

「身体化」…身体症状に出ちゃう。たぶん野良レモンは軽症のうちに対処しなきゃなんない。

「合理化」…自分に負担が無くなるような理屈や理由を付ける。

「同一視」…自分より能力が高い人の真似をして同じレベルになったかのような気分になる。

「投影」…自分の感じている感情を、相手が感じていることにしちゃう。

「理想化」…救済して欲しい相手に、自分の都合良くヒーロー化した内容の理想を押し付ける。

「反動形成」…抑圧してる感情や欲求と正反対のことをしちゃう。

「転移」…嫌なことの原因を作った者とは無関係な対象を憎む。『可愛い有能なムチュコタンが不遇で不幸なのはこの嫁のせいだ だから他の不運も全部嫁のせいだ だから敵認定だ 』

「逃避」…しなきゃならないことから逃げて別のことをしちゃう。

「退行」…赤ちゃん返り。

「代償」…代わりの方法で満たす。

「昇華」…悪行で人から注目されるわけにはいかないから、なにかで優秀になって注目を集めようとする。



ここの読者のみなさんにとっては、たぶんかなりおなじみの単語が並んでいるでしょう。

解説の必要も無いかもしれません。

「まだ種類あるよ。書き忘れあるよ。」とも言われるかもしれません。すみません。

世界中で研究されてるので、どうもいろんな人がいろんな言い方を増やしたり合体したりしてるみたいです。

野良レモンにとっては 3つ以上じゃないのよ覚えきれないわあああぁぁぁー


日ごろから、私たちのような立場が弱い者たちに向かって、マウントを取ってこようとする人に対して、私たちが無意識に自分を防衛してるかのような言動を取ってしまったら、挑発したつもり無いのに、怒り狂うほど激怒させて興奮させてしまったりすることあるんじゃないでしょうか そういうの怖いですよねぇ

防衛機制は人同士が寄るとさわると、お互いにやってしまうもののようですね。

私たちにとっては、マウント取られて脅されて不利にされる事態が怖い、

相手にとっては、私たちが泣き寝入りして黙ってマウントを取らせてくれないことが嫌だ、

だから知恵を駆使して戦争が始まる。

ネットで乱暴に使われている言葉でいうと、別名≪脳内変換≫ともいうやつの元なのかねぇ……


私たちは、リアルの現実世界で生活することを諦めるためにネットに繋いでいるんでしょうか

中毒症状をいつまでもリアルの現実世界でも引きずって、正当化すること、正しいでしょうか

若い次世代も自分たちを見習って、同じように、中毒や依存に浸る生活をして、野生のサルのように身の破滅をして生きないと、叩いて罰したいですか


したい人もいるかもしれません。


でも、少なくとも、私は選択したくない。

私は野生のサルじゃない。人の文化に育てられた、霊長類の人間です。

能力が揃っていないから、たまたま『キャント イート アップル』になっただけですよ。

私たちは自然に放ったらかされた成長の中で自動的に学べないんだから、意識して学びたい。

『キャント イート アップル』でも、自尊心や、自分をちゃんと統制することを知って誇りを身に着けたいなという、意志を持つ。難しくても憧れてる。



最近は、芸能人の極端すぎる不祥事で、テレビからもネットからも、人間の隠し持つ、野生のサルのような側面が叩かれています。

成功するタイミングと能力に恵まれ過ぎると、たぶん夢のようなことがもっと叶い続けてしまうんでしょう。

欲望を満たすためには、異性たちなんて小屋に鎖でつないだ家畜どものような使い方をすれば良くて、要らない時はエサを与えないし、無視すれば問題ない、みたいな視野狭窄に陥ったのかもしれません。病気です。

成功のし過ぎも、中毒に陥る危険がある、ということなのでしょうか

でも私たち『キャント イート アップル』には、あまり関係無い話かもしれませんので、思考が深く囚われたり、気にしたりする必要は無いんじゃないでしょうか。(ほーら、私たちって、楽ちんだねぇ 温室のような安全な楽園に住んでいる。出なくてもいいんじゃない )


私たちが危険なのは、自由で身を隠せるネットで、成功が無いままパチンコ台の前に座るように人と会い、

玉をパチンコ台に突っ込み続けるように、成功が無い当事者同士でも防衛機制の衝突の興奮に溺れ、

『砂糖って甘いんだなぁ』のようなよりどりみどりの挑発でも興奮し、報われないアドレナリン中毒に落ちぶれること。

そして、社会の偉くて賢い人たちからナメられ、いじめても反撃して来れない大人の弱者たちとして、

リタリン処方停止による大人の発達障害は『いない人』扱い事件のような仕打ちをまたされること。

次は定年の延長など、法の目をかいくぐる細かいことで、

私たちが生きづらく、生きづらくなるように、逆らえない『変更』がなにかブッ込まれてくること。これが危険。




『キャント イート アップル』は、野生のサルに落ちぶれません。

自分の意志で自尊心を持って、自己統制して、現実世界で生きるんです。





最後の納金通知書が来た。

悔しいから、あえてここに書いた。

あの、むかしのPHS型、カード型アンテナの悔しかった件だ。

過去記事から探せない

あ、なら、いいです

「ちょっとなに言ってるか分かんない」状態でもいいです

無理して読ませてしまってごめんなさい。





かの北の頑なな国は、つくづく一般的な感覚が通用しない国だなと。

普通、他人との共有場所を爆破しようなんて発想は湧かない。どこの国も発想しないと思う。

爆破に至るまでの経緯があったことは、ニュースで見てる。

それにしても、普通が通用しない国だね。

北の将軍さまの妹さんが動いてる。

いつもの上から目線風微笑み。つくづく怖いと思った。


ちょうどいいのは化粧だけだ。

世界の流行りにに流されない、目の周りをゴテゴテさせない、チークも強調しない、極限まで減らした薄化粧。

私は、化粧はこんな最小限の整え方でいいと思ってた。

目の周りになにかしようとすると、私は目に刺さりそうになる。刺さらなくても不器用でたるみの皮が引っ掛かりそうになる。

無理してカリカリ縁取りを書いた日も、かゆくなると無意識にこすりそうになる。

だから、化粧があっさりし過ぎている妹さんを見ると、もうこれでいい、と思ってしまう。



その他は全部怖い

微笑みの下に獰猛な野心の塊を隠してそう。


もうさ、北の若い将軍様が出て来れないのを隠すのは、限界があると思うよ。

公開したらいろいろがやりやすいと思うんだけど。

でもそういう発想を、しないんだろうなあ





テレビじゃなくてネットで発信する人の考え方として、アンチもいたほうが、発信者を意地で見届けようとするから、アクセス数が稼ぎやすくていいことがある、という説があるそうだ。

いやいやいやいやいやいや

怖い怖い怖い怖い怖い

怖い怖い怖い怖い怖い



アンチというのは、「嫌って来る人、反論してくる人」ということでしょ

そんな、そんなHSP部分がガチガチに反応してしまいそうな怖い人たちの気配を感じたら、

私のコンディションはどこまで下がってしまうのだろう。

コンディションが下がると、今度は軽度当事者部分が反応して、不注意や注意散漫が元気に増幅されて、

仕事はもちろん、日常生活ごと大変なことになっちまう

私はそこまで我が身を捨てられないなあ……。

我が身を捨てる腹が決まった人が出来ることじゃないだろうか。

そんな戦争のような世界とは縁の無い、干渉されない、温室のようなエデンのような、楽園の中で安心して眠っていたい。


(2)100たとえ話『植物星から来たお花星人 お花レモンちゃん』その2

一話目


花びらの中から出ている顔でコミュニケーションを取りながら、元気に花粉を振りまき、花の香りで蜂が寄ってくる、お花レモンちゃん。地球の人間社会に適応しようとしてる。

暖房と水のある家に住み、養分のサプリメントを買うために、企業に入って働きます。



『お花レモンちゃん』は、一日一本しか停まらないローカル列車のとある駅に降り立った。

道路がかろうじてあるけれど、ひび割れたアスファルト。

ひびから野太く生えている雑草。

そんな雑草が地平線近くまで、点々と連なる風景。

人が一人も通らないそんな道路を、『お花レモンちゃん』はテクテクと歩いて行った。

どれくらい歩いただろうか。

ローカル列車の駅がはるか地平線近くまで遠ざかった頃。

道路を挟んだ両側には、見渡す限りの牧草地が広がった。

新緑と枯草色が気まぐれに入り混じる景色の中に、点々と小さな丸が見えてきた。

その小さな丸こそ、数えきれない数の牧草ロールだった。

『お花レモンちゃん』は、鼻に神経を集中し、植物にしか分からない花粉の残り香を探す。

全身をセンサーにして、植物の気配を探す。過去にいた気配も、難しいけれど、探す。

意を決して、『お花レモンちゃん』は、自分の決めた方角へ向かって歩き出した。

いくつも、いくつもの牧草ロールの横を通り過ぎた。

行く手には、牧草地の終わりと、うっそうと草木が茂る森の入り口が出現した。

牧草地の端で、一つの牧草ロールの前に『お花レモンちゃん』は立ち止まった。

『お花レモンちゃん』は、その牧草ロールに意識を集中した。

でも、茶色い枯草色一色のそれから感じられるのは、過去に仲間がいたらしい気配のみであった。

直径が『お花レモンちゃん』の身長ほどある牧草ロールをほどいて無数の枯草の中から、仲間の残骸を探すことは、ほぼ不可能であることを『お花レモンちゃん』自身が感じ取っていた。

水の補給もせずに、ひたすら歩いてきた『お花レモンちゃん』。人間でいうと脱水症状の危険があるほどの、消耗した状態になりつつあった。

しかし、森の中から、カサカサと音がしたのと、『お花レモンちゃん』が、気配を感じて森に視線を向けた時は同じであった。

森に歩み寄る『お花レモンちゃん』。

森の奥からだんだん大きくなる、足音。


森の中から、『お花レモンちゃん』と同じ種類の花粉が、煙のように流れ出してきた。

続いて、『お花レモンちゃん』より一回り小さい花びらに囲まれた、可愛らしい少年の顔と、少年の緑の両腕に抱かれた、全身緑色の赤ん坊が、森の外に現れた。

種から発芽したばかりなので、赤ん坊の下半身はまだ種の殻から出てこれず、殻に包まれていた。

続いて、もっと小さな花びらに顔を囲まれた、幼い少女が二人、

続いて、全身緑色、身体と同じ緑色のつぼみの中から小さな顔が覗く、よちよち歩きの坊やが出てきた。


植物星人の子ども5人と、『お花レモンちゃん』は、何秒間か見つめ合った。

見つめ合うだけで、植物たちはありとあらゆる、必要な情報共有ができてしまった。


「 お ね え ち ゃ あ あ あ ー ん 

『お花レモンちゃん』の体には、5人の弟と妹たち、新しい家族が束になってしがみついていた。

「大変だったね。頑張ったね。小さな体で、助け合ってきたんだね。兄ちゃん一人で、赤ちゃんたち守るの、大変だったでしょう。人間から隠れるの、大変だったでしょう

「兄ちゃん」と呼ばれた、一番上の弟の涙が止まらない。

「もう大丈夫よ。太陽浴びて暮らそうね。足りなかったら夜も電気が光るよ。水は飲み放題浴び放題よ サプリメントで足りない栄養も摂れるよ。みんなで勉強もしようね 地球でみんなで暮らしましょう





『お花レモンちゃん』の会社。

「……ハクション……ハークション

「……ハクションハクションハクション

「……ハークション……『お花レモンちゃん』の有休、今日までだったよね 会社に来てるの

会社の同僚たちは競うようにくしゃみを連発していた。

「……ハークション上の方で指示でも出したのかな。警察に聞かれ……ハークション……た時のために、上司にも経緯を……ハークション……ハークション

「報告しておけって……ハークション

噂をすれば、の法則通りだった。

「今日まで有休ありがとうございました 上のかたたちに結果を報告するように言われていたので、報告に来ました。また明日から出てきますので、よろしくお願い………」

会社の中は、同僚たちのくしゃみの合唱で、『お花レモンちゃん』本人の言葉はかき消され、だれにも聞こえなくなってしまった。

「こんにちは

「にちは~」 「にちは~ あのね~きょうからおねえちゃんといっしょにくらすの~

「ダーダー

弟と妹たちが次々に扉から顔を出してあいさつした。

「植物星人の子ども……ハークション

「おねえち…………ハークション……下のきょうだいってこと

「連れてきたの……ハッ……ハッ………ハークション

『お花レモンちゃん』は、場を察して取りつくろう言葉を言う。

「5人中2人はまだつぼみですから 花粉はまだです。わたしも気を付けて、出勤前にはちゃんとシャワー浴びて、扇風機の風を浴びて、余分な花粉を付けて来ないようにしますから。ご心配かけてすみません。それではこれで失礼します。有休ありがとうございました。」

扉を閉める『お花レモンちゃん』を追い掛けるように、同僚のだれかのつぶやきが投げつけられた。

「花粉出す前ならクビチョンパ





『キャント イート アップル』

懲りずに、新しい造語を考えました。

『キャント イート アップル』

『Can't eat apples』
※ネットの翻訳サイト使用

造語症状発動ですね。自他の境界線意識の不足と、想像力が若干過剰に働くと出る症状らしいです。ごめんなさい……

一方的に使って察してもらうのを待つのではなく、解説しますので。



わたし………ADHDかもしれないと思って……理由は……

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

わたし………ASDかもしれないと思って……理由は……

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

わたし………アダルトチルドレンかもしれないと思って……理由は……

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

わたし………PTSDかもしれないと思って……理由は……

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

わたし………適応障害かもしれないと思って……理由は……

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

わたし………HSPかもしれないと思って……理由は……

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

わたし………HSSかもしれないと思って……理由は……

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

サイコパス 人格障害 精神病 うつ病

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 




私たちは『発達障害』の言葉が日本に入ってきてから約20年間、

お医者を含めた、ありとあらゆる人たちに、訴えを聞き流され、うるさそうな顔色をされ、突き放され、逃げられててきた。

障害名の1つ1つは、単体なら乗り越えやすかったり、就労して稼ぐ必要が無ければ、共存が可能だったりするものもあるだろう。

でも、平凡な庶民はそんな境遇じゃない。

いくつもの特性でガンジガラメな上、ブライドも許さなければ、食うや食わずになっても、救助を求める言葉も出てこない、人にも会えない、会いたくない態度しか取れなくなって命が危険な人も私はお見掛けしてきた。



HSP単体だけ性格として持っている人は、生計のための仕事や家族の他に、別の仲間を求めて入って行きなさい、と勧めている医療プロもいらっしゃるんだ。

でも、軽度発達障害も持っていたら、ズレてるからどこに求めても嫌われる。

ASDがミックスしていたら、原因もさっぱり分からなくなる。抑うつなど二次障害も患ってしまったら、原因を探して分析する思考も途切れて、ストレスが放置されたまま、考え事が乖離していくから危険を感じて、むかしの野良レモンは”言うことを聞くための人”を捜し求めていた。

やがて諦めて捜すのをやめたっていうのに、軽度発達障害仲間にも実験モルモット扱いされた。ネットのあらゆる場所で、血を求めるモンスター化した当事者たちに、多くの当事者が煽られてきた。そして二次障害が悪化する。リアルの現実に立ち戻ってきても、はぐらかされたり避けられるばかりで、相談できる人がどこにもいない。一人で抱え込む。

軽度発達障害の二次障害に、統合失調症がとても多い原因の一つじゃないだろうか。



このように、いくつもの原因が複合的にかぶり合って、私たちの多くは不幸になる。

二次障害になる。

そういう状態はどう、表現されるでしょう。

まず、『QOLが下がる』という言い方はよく言われてきました。私も好きでむかしはよく使っていました。ただ反応があんまり返って来なかったので、受け取りづらい言葉なのかな と思って、あまり使わなくなりました。

なんにしろ、

『幸福』ではないのです。

『幸福追求権』という言葉を、義務教育でだれもが習ったはずです。

でも『幸福』じゃないし、『幸福』の目指し方も、探し方も、私たちは分からないのです。

でも口に出して言えない。相談できない。

そんなの主観的な問題でしょ貧困で食べられない人もいるんだよ早くに親を亡くした人もいるんだよ虐待受けてきた人もいるんだよ介護から逃げられない人もいるんだよ注射を打ち続けないと生きられない人もいるんだよ………etcetc……そうやって、相談は打ち切られ、会話を強制終了されてきました。

不便だ。本当に不便だ 扱いづらい 腹立たしい

私たちは、考え事をすることすらも禁止され、精神を病んで、人から「心が弱い。自分に甘い。」と罵られてきました。



『キャント イート アップル』

りんごが食べられない。


だれもが絵本などで知ってる、人類の始まりのお話。

寂しかった神様が、話し相手として作ったアダムとイブ。りんごを食べるまでは、なにも面倒なことなく、神様と仲良く、

キャッキャウフフ とおしゃべりできていたのだ。

ヘビがイブを煽り、イブがりんごを食べてアダムを誘ったから、二人とも食べてしまったのである。人類の面倒ごとは、ここから始まった。



自意識とか、自己顕示欲とか、防衛機制とか、虚栄心とか、そんな複雑な心理の問題で、私たちはメンヘラになりやすくなり、満たされづらくなってしまった。

メンヘラどころか、歴史の中で戦争も起こしやすくなってしまった。命が駒のように使われることを、肯定する権力者と、否定する人たちが入り乱れて対立してきた。

本能から満たされた幸せな感覚を思い出すために、人々は時々りんごを食べてきた。

禁じられたはずのりんご。食べずにはいられなくなっていった。

本能的にすぐ、インスタントに満たされる、嗜好物が世の中には溢れてしまった。妊娠の危険がある行動も早くすることがステイタスになり、時代を経るごとに軽々しく扱われ、命を扱う責任の重さは多くの庶民に向けて軽量化されていった。



世界は、人と人とを分け隔てた。食べられる人たちと、食べられない人たちに。

食べられない人たちは、時代が進むにつれて、声を上げてコンプレックスを叫び羨ましがるようになっていった。インターネット時代になり、声はますます共有されやすくなった。

軽度発達障害の話題で盛り上がった会話は、りんごを食べているか、いないかの話で、いきなり打ち切られることも出てきていた。

不便だ。本当に不便だ 扱いづらい 腹立たしい

声の共有だけじゃない。とっくにりんごを食べている幸せかもしれない人たちの一部からも、私たちは煽られ、勝手な想像を膨らまされ、〇カにされ、侮辱され、軽蔑され、憎まれている。



本能から満たされた『幸福感』を得られるエデンのりんご。

それは特定の行動かもしれない。

いや、もっと広く、自己実現、と呼ばれるものかもしれない。

食べたくないんじゃない。

たぶんそんなわけじゃない。

食べようにも食べられないんだ。さまざまな理由で、食べられない境遇の人たちは世界に多数いる。障害の他にも、戦闘地帯で命が危険過ぎるとか、秘境過ぎるなどさまざま理由はあるだろう。

そして私たちもその一部なのだ。なぜかこうなった。

しかし、食べられないことにも、悲観しない、苦しまない人権も、私たちにはあるのではないだろうか。

卑下せず、安売りせず、怯えず、尊厳を持って暮らす。そんな権利を使わないと、人類は成長しないのではないか。

食べても、食べられなくても、どっちでもいいんだよ、人間としての尊厳を失ったと、悲嘆にくれる義務は無いんだよ、と、次世代の、同じ境遇の若者や子どもたちに見せる。私たちが、生きて見せる。

野生動物から進化した、人類。

霊長類、人類。

自己コントロールの進化を果たした、人類。悲観しなくていい、人類。不名誉ではない人類。戦争をしなくても自他の境界線を理性で守れるように成長した人類。

『キャント イート アップル』

それでいいんじゃないか ということを閃いたが、

まだ、私のゲンゴカー で、引っ張りまわして、深めないと、足りない気がする。

まだまだ磨きが足りない


エデンの園から出てこない、りんごを食べないアダムとイブも、憎まれないで、仲良く地球上に居させてくれる世界になったら、神様は私たち人類に、評価を何点、くれるだろうか





「砂糖って甘いんだなぁ」


砂糖甘いって、率直に思ったことを思ったままに言っただけなのにね。


ツイッターで面白い画像が出回っていたんだそうだ。

私はツイッターやらないけど、これは面白い。ネットの病気の部分がよく表されてると思う。

画像の引っ張り方は分からない。引用して書き出すなら出来る。


元ツイート 「砂糖って甘いんだなぁ」

・主語決めつけ型 『甘く思わない人もいる。〇〇の総意みたいに言わないで欲しい。』

・自分語り型  『私は毎日砂糖を食べていますが、甘いと思ったことはないですよ。』

・家庭事情申告型  『私は昔から親に砂糖を禁じられていました。そういうことを言えるのが羨ましいです。』

・斜め上から型  『世の中には味覚を感じられない人もいるんですが?』

・独り言型  『うーん、砂糖が甘いというのは一理あるけれど、レモンが酸っぱいと感じるのは私だけ?』

・一概には言えない型  『砂糖にもいろいろあり、人が感じる甘みは〇〇だけじゃなく〇〇にもよる。一概には言えないかと。』

・クオリティ追求型  『砂糖が甘いというなら塩がしょっぱいということにも言及すべき。』

・〇カ  『甘いから何? 嫌なら食べなければいい。』




お ー す ご ー い 

拡大しても全部読み切れなかったけど。〇にしたけど。

緊急事態の在宅期間で、テレワークの評価が上がったりして時代の変化を感じる昨今。

でもネットで賄うコミュニケーションは、一方的な公開裁判ゲームで終わってしまう危険もあることが、図式にされて、私にはよく伝わってきた。

批判してみたい、挑発してみたい、反応を試してから悪者にしてみたい、悪者にしてから自分が被害者ということにして悲劇のヒロインになって同情されたい、メンヘラになって承認欲求を満たしたい、粘着してみたい、脅してみたい、自分が乗っ取ってみたい、むかし人に出来なかったことをこいつにして反応をもらってみたい………

そんな攻撃性が、画面からグラグラと立ち上ってくる気さえする


例として、テーマは平凡な「砂糖」になってるけど、これが違うことだったら。

学問であったり、政治であったり、福祉であったり、有名人の批評であったり、経済であったりしたら。

そんな攻撃の欲望を、なんでも叶えられるかもしれないですよね。

自分が努力しなくても、自分が別物になれた世界を見られるかもしれない。

いや、努力してないとは言い切れない。主観的にあげるなら、私たちのような、『繊細で激しい変人』の人間たちは、

過敏や飢餓感や記憶再燃や気分変動や慢性疲労症状や不注意多動やPTSDなど種々の症状に耐えるだけで大変なので、

生きてきただけで、 ”自分は努力したのに” と憤っている人も潜在的にたくさんいるかもしれない。

恨みつらみを晴らせるかもしれない、褒められるかもしれない、認められるかもしれない、構ってもらえるかもしれない、満たされるかもしれない、愛されるかもしれない、別世界が待っているかもしれない、

目の前に出くわしただけの人に、全 て を 賭 け て …………

そんな誘惑に駆られるのが、怖い怖いインターネットなんだろうと思った。



じゃあ別世界に行ける正解の答えはなんですか

聞きたい人もいるかもしれない。

聞かれたくありません。私、答えたくありません。知らないもの。

しいて言うなら、自分に別世界を提供してくれそうな人の、ニーズに的中することを、行動出来て、結果を出せたら、ということになるんじゃないですか

的中することって、なんだか分からないけれど、私は考えようとするだけでも、不気味さでうすら寒さと震えがきそうになりますけどね。

そもそも的中することを読み取れるようになるための、認知力から私たちは壊れていました。

(たぶんここの読者の人たちの) 私たちの多くは、大人になってから、後出しで障害を知らされました。

世界を認識するための認知力の矯正や、修理を、外から働き掛けてもらいながらじゃないと治せないのに、

自分では間違ってしまって、間違ってしまって、間違いまくってきてしまいました。不合格も、後出しでずっと知らされてきました。なのに、

人が発見していないことを読み取れるようになって、ニーズを的中させる、ってなに 気持ち悪い

今の世界も苦痛だけど、別な世界も恐怖です。

SNS、使わない。増やさない。野良レモンは改めてそう思った。

ネットで買ってみたいものもあるけど……キンドルとか使ってみたいけど……やっぱりまだにする。

宇宙から持参してきた才能。 『惹かれ合い』ってそもそもなに?その2

過去記事『惹かれ合い』ってそもそもなに"(-""-)" の続きだよ。

ここで いきなりブッ込んでしまうけれど、

スターシードという人たちもいる。

(だってー、有名じゃない人は、なにかメッセージ出す時、前置き置かないで、主題をいきなりだしたほうがいいよ、っていう説があったんだもん。乗っかった。)

宇宙から才能をたずさえて生まれてきた人たちだ。

たぶん、軽度当事者の中でも、ネットでコツコツ調べるのが好きな人たちなら、目にしたことがある人は多い話だろう。

これで現実のリアルの状況は好転しませんよ。

野良レモンは、ただ、ただ、知りたかった。……のが10数年以上前くらいだ。

それから、現実が忙しくて、一時期忘れてて、今回の自粛在宅生活で、またネットの「おすすめ」に出てきたんだ。




一人では浮いちゃってなにもできないから、定められたところまで人間的に成長してから仲間と出会うと、スターシード同士、協力し合うようになるんですってー。

そんなことはあるんじゃないかと思ってました。

やっばりね。

そんなものだろうと思ってましたよ。

私は違うけど、一般の人間社会から浮いてる『キャント イート……』(次の記事参照)として見たら、なにか成果を成すために、そりゃあ協力し合わないと身動き取れないことってあるでしょう、と思っていました。

恋愛じゃないんだよ。間違われがちだけど。師弟関係でも無い。親子でも無い。

共同経営者とかそんなのとも違う。

共依存とはもっともっと違う。そんな不健康なものじゃない。


でもね当人同士は、感性が刺激し合えて、自分も成長できて、相手もレベルアップするのを目の当たりにできるから、自己有用感も湧いて、エネルギッシュになれて、そんな関係性って、あるんだそうですよ。

実在するんだね。世の中のどこかには。

私、アラフィフと言える年まで、引越ししながら世の中を見てくると、そんな事例を他人として、第三者として目視できることは、あったんですよね。書かないけど。

今にして思えば、 "『友達』っていいもんなんだなー " と私が感動できる"学び"をもらえていたと思う。

でも、私の欲求として、いいなー、と思って羨ましがっていいのかどうかは、今でもよく分からない。

私自身にまだそこまで恵みをもらえる資格や成長を感じていないからだ。

羨ましがればいいのかどうなのか、他に答えあるのか、未だによく分からなく感じて、そのままにして忘れてしまう。

私はそういう段階なんだろう。

しいて言うなら野良レモンは、恵みをもらえるところまで成長して輝けた人たちが、内省するための『反面教師』役として、この世にブッ込まれた滑稽なピエロ🎪かもしれない。



過去記事で、年代別に野良レモンは勝手に呼び方を作っていた。

ワケ―モン、

モットワケ―モン、

テヲアライマスヨ

カワイイカワイイデチュヨ……


この中でも20代青春真っただ中、モットワケ―モンは、1990年以降生まれの『クリスタルチルドレン』がいるかもしれない年代なんだそうだ。


なに


それ


思うでしょう。

ググって調べて、スピかよ トンデモかよ いらないわーそんな情報― ぐらい思うでしょう。いいの遊びだから。

若者たちに、『キャント イート……』(この次の記事参照)が増えているらしい。出生率が相変わらず落ち続けているよ。

根拠は無いけど、

クリスタルな子も混じって影響を受けている世代たちにとって、それだけ過酷な社会だということかもしれない。

可哀想なことだ。

私にできることはなんだろうねぇ。



その次、テヲアライマスヨの年代の子たちの中には、『レインボーチルドレン』がいるかもしれない、ということだそうだ。

レインボーな子も混じって影響を受けてきた、このキッズ世代たちが未来を作っていく。

私が高齢者になった頃に、社会へ出て来て、今よりももっといろいろを変革してくれそうな世代だから、今から (ゴマをすって) 健やかに育つように、陰から心の声だけでそっと褒めて応援しておいたらいいのかなと。

リアルでね。ブログには持ち込まない。だからキッズは読まなくていい。手を洗いなさい。宿題をしなさい。したら寝なさい。寝る前の薬がある場合は忘れず飲めるように、毎日の習慣に組み込みなさい。

少なくとも、私ができることは、この子たちに迷惑は掛けないように、(精神は手遅れだとして、)健康な身体でいれるだけいてあげようか、ということぐらいなら思いつく。





『髭男』の歌を動画で歌ってるユーチューバーが多すぎる不思議。

特に、野良レモンには心惹かれる歌ではないんだけど……この歌が注目される理由はなに

使用料払ってね、とか言われないの

じゃあ他の歌は言われるの やだぁ怖い

私、空気読めてない みなさんは理由のお察しがついているの うん野良レモンは通常運転ですね。

掘れば掘るほど、いやいや、掘ってないのに、お勧めに出てくる。

んー、ユーチューブ見るプラウザ変えたら、「おすすめ」って日本語じゃなくなった。

Recommended っていうのが出てる。レコーメンディッドって読むのかなぁ。読解は疲れるわ。

日本語で表示して





「食べるための仕事って本当は辛いよね。やめていいんだよ。」という呼びかけが、むかしから一定数ある。

野良レモンは自分の人生、半分は過ぎたと考えているが、振り返ってみて、結果として、仕事はやっぱりやめられなかった。

『発達障害』とか『HSS/HSP』型性格とか、後出しで出てきた真相が大量にあったことには、今でも憤慨している。

変わった特性、私のように『繊細で激しい変人』の人間は、基本、自分で自分のことが分からない。

だから外から平和的で適切な評価がされたり、指導がされたりしないと、次に適性がある場所はやっぱり見つけられないのだ。

見つけられないと、食べて行けなくなるから、家族など多くの関係者に迷惑を掛ける。

そしたら、迷惑を掛けている事実に、大きく思考が占拠されるのだ。

とらわれるのだ。

24時間考えて、逃れられなくなる。

だから、『生存と精神の危険が無い限り食べられる仕事はしたほうがいい』という考えを私は持ってきたし、口に出して言ったこともある。

社会に軸足はおく必要がある。

ただ、それだけじゃ足りない、幸福に足りない『キャント イート アップル』(次の記事参照)が、大量にいることが分かってきた。

世の中に知られてきた。

働いても働いても、薬を飲んでも飲んでも、会う人全てに好感を持たれ、良く思われることは不可能だった。

だから軽度当事者同士で目を付け合い、使命感に駆られて依存症のように喧嘩して戦い合っても。

当然ながらなにも改善しなかった。

なのに食べないと生きてこれなかった。

だから、衣食住を確保しながら、もう片方の足は自由に伸ばして、騙されないように、置き場所を探すこと、

そういう情報がこれから求められるのかなぁ、ということをつらつらと考えている。


『惹かれ合い』ってそもそもなんなの"(-""-)"

HSS/HSPの情報をさらっていた。

一言で言うとなんだっけ 「激しい人々」って表現がいいじゃないかと私は思う。

繊細さも挑戦も、激しい。

ちなみに私たち軽度発達障害は短くするならなんて表現されるか。「変人」。むかしむかし、そんな表現を目にした。異論はありませんよ~。

軽度発達障害に加えてHSS/HSP、「変人で激しい人々」。付ける薬が無いですね。

ら、関東のきらびやかな飲食業のお店の一部が、自粛中から混んでいた、というニュースが聞こえてきた。

やっぱりか。

寂しくてイライラしているメンヘラが、群れを成して、行くところを求めて待っていたんだな。

なんか内輪の結束意識とか、成績上げてあげなくちゃとか、もう人とのコミュニケーションが中毒物質のように効いてガツガツ依存してしまう病気の人たちが、通常運転のように " 病 気 " してたんだな。

コミュニケーションはコミュニケーションであり、コミュニケーション以上のものでも以下でもないと思うんだけど、コミュニケーションが、キマるドラッグのように効いてる人たちなんだな。

パチンコの当たりの穴にボールが入ったかのようにフィーバーして、脳内物質が出ちゃって止まらないんだろうな。

寂しかったんだろうな。同情しない。都会、怖い。




HSS/HSP この面倒で寂しくて、誇り高く育てなければ喧嘩してしまう生き物。

過去記事にも書いてるけど、時間が無くなるから探さない。

HSS/HSPのほとんどは、孤独から救われない。

ニーズが満たされない。

だから適切な養育や教育に恵まれなければ、防衛機制が高確率でフィーバー するじゃないですか。

だから、むかしから言われている日本人の心掛け「角を立てないように」という言葉がある。

むかしの、昭和の一般の普通の人たちは、ワイドショーでワイワイ反応していた。マスコミの記者たちは、有名人を追い掛け回し、実家を特定してインターホンを鳴らし続け、幼少期の同級生に話しかける。

今は、有名人や、ツイッターなどで勘にさわる文などがあると、

潜在的にHSSがミックスされた一般の普通の人たちの頭が、波打つように反応してしまい、

攻撃が集まりエンジョウして、危険を呼ぶからではないだろうかと思った。

もちろん、マスコミの記者たちは、今でも有名人を追い掛け回し、実家を特定してインターホンを鳴らし続け、幼少期の同級生に話しかけ、行きつけの飲食店も調べてさらしあげる。

「角」が立ってしまうと、つながる人間たちが次々に騒ぎに巻き込まれる。迷惑になるのだ。



その点、私たち軽度発達障害当事者たちは、ミス以外は特技も無いのに全力で目立ってしまい、トラブル大当たりフィーバー を出してしまいますね。



当事者たちはそんな失敗経験ばかりで、無くすことが不可能な人生だったから、

八つ当たりとして当事者仲間からも悪者役が探されてきました。

野良レモンも用済みの八つ当たり用モルモットとして過去には煽られて遊ばれましたが、

沈静の仕方、が確立されない限り、軽度発達障害当事者は目立ち続けるし、HSS/HSPは反応し続けるし、アダルトチルドレンなどのメンヘラの人たちも絡んできて、社会はどこまでも拗れ続けるのです。


ただのリアルのコミュニケーションだけで感染するかもしれないコロナ新型肺炎予防の外出自粛期間。これで、全国的に拗れトラブルが一回沈静化して、分かってきたことかもしれませんね。少なくとも私は。




狭き門だけど、HSS/HSPがラッキーな出会いを得る方法として、自分の趣味をちゃんと公開して、さらして、話し掛けてくれる人を受け付けるという方法があるんだそうだ。

友達として“合う”人と会える可能性は極めて低く、一人いるかどうか。

うーん、心当たりはある。だからって私はお医者に診断してもらうまでの気にはならない。

でも、私がこうしてネットに書いていたことは、あながち間違ってはいなかったということになる。

でも、私がしたいことはそこじゃない。

稼がなければ生きて行けないのに、”出会い”作業に人生を費やしていられるわけが無い。やってられないわ。

という考えも含めて、HSS/HSPの思考と、ちょっとずつ当てはまってる気はするのだ。

結論は出ない。診断受けないもの。

欲求を極端に抑圧して、その反動で欲求がワッ と沸いて、その繰り返しが自分の中だけで完結するように循環するし、負荷、ストレスも自分の中だけで溜まっていき、疲労困憊する特性。


“合う”友達と出会ったら、憎むことなく、頼り過ぎることなく、生きるのが楽になり、かなり救われるんだそうだ。

ただし、会える確率は限りなく低い。

だと思ってた。

そんなことだろうと思ってたよ。


私がなんとなく夢物語として想像していたことが、そこそこ当たってたらしい。

……情報ありがとう。

でもコメント欄は使わないよ。





また、不眠が時々ぶり返してきた。

「今、きついんだなぁーと、

しみじみ実感する時がある。

疲労が、きつさが、溜まってるな~と、きつい感覚がこみあげてくることがある。

食欲はあるんだよね セーブしてるけど。


リンクについて勉強した。

かの面白い曲 『江南スタイル』がユーチューブに初めてあがった後、

ロビンウィリアムスがリンクを貼ったんだそうな。

あら素敵な話。私も好き。ロビンウィリアムス

それで、私もこの際「リンク」について調べてみた。

私はコメント機能を使っていない。が、マナーの意識が高い人なら、ちゃんとコメントやメールフォームからおことわりしてからリンクを貼るものらしい。

なら、このブログは不便だ。すみません。

でも、昨今のネットの戦場化で、リンクされたらされたで、悪いことに使われるのかな、とか心配だった。

私は想像力が浅いし、ゆるい。私の想定外の角度から、悪いことが湧いて出てきたら、対応しきれない、と思って、やっぱり安易なことは表示しなくていいか、と思ってきた。


リンクとは、

商売している人のサイトにとっては、苦労して作った物をタダで使用されたくないから、リンクしたければ連絡をしなさい、というものらしかった。

私のようにただで書きたいことを書いている場所の人にとっては、断り無く勝手にしなさい、と表明されていたものもあった。
コメント欄をいちいち確認しに来る時間が無いし、返事をするのも困難な忙しさだからということらしかった。

インターネットの全てが、公開前提で作成されている、という文も読んだ。そうなんだー。




私は「リンクフリーでどうぞ― 」と、きっぱり表明は、まだしない。 「してー 」とは言わない。

でも、「リンク駄目です。」とも言わない。「お断り」もしない


世の中に必要とされれば、必要だと思ってくれた人が、その人なりの根拠を踏まえて、考えて、するんだろうし、

必要とされなければ、まだされないんだろうさ。


自分でも自分の過去記事を、たまに読み返す。

読者の皆様が来てくださったアクセス記録からたどって、ごくたまに読んでみる。

うわ、分かりづらい……。

これ、分かりづらいわー……。

反省点多々。

冷却期間を置いて読んでみると、自分でも分かりづらい文が随所にある。

皆さん、よく読んでくださって……ありがとうございました。すみません。

だから、リンクどうぞーって言えるくらい、自信を持てる文はまだ私は書けていないのだ。





人から『自分は承認されている』と認識できる状態とはなんだ。


年中常時複数人数でキャッキャウフフしゃべっていられる状態じゃないと、

『人から承認されていない』のではないか、と感じて不安にさいなまれなくてはならない。

そうじゃなくて、成長を促されるためにチョされる可能性もあるのかもしれない。見分け付かない。けれど、

特にASDミックスは決められた狭い場面に決められた感情を持つしかできない。ので、

年中、賞讃か謝罪を受けるか以外の場面では、

自分が承認されているかどうかなんて、分かるわけが無いのだ。

リアルで現実の人達なんて、私たちが想定しているよりも、もっともっと、言葉数が少ない。聞き取れないほどに。


でも人から承認されないと、業務連絡や関係する機関や企業の連絡事項など、分からないことを聞けなくなる。

聞けなければ私たち『空気の見えない障害』はたちまち困ってしまい、生きて行けなくなるのだ。


だから、

一般的になんとなく好かれないキャラの私たちは、

生きていく人権が無いわけでは無いけれど、

さらに、追い打ちのハンディ、

たとえば特殊な皮膚疾患とか、人工肛門とか、義歯とか、ウィッグとか、

あるとバレたら取り繕いがかなり難しい物、

失ったキャラを取り返すのが困難な物、

一般の、特別な困難を抱えていない人には想像が難しい物、

が、あるとバレたら、私たちにとっては立ち直れないほどの痛手でしかない。



世の中の人達で、困難を抱えても立ち直っている人たちはいるにはいるんだろうが、

近くの人に頼ってもいいほど承認されている状態、という『特殊な空気』が見えない私たちは、

いつなら頼って良くて、いつなら頼っちゃダメで身を引かなければならない状態なのかが、まったく判別できない。

だから、時にはアイドルのように、好感を浴びて、浴びて、回りに隙間なく配置できている状態じゃないと、

『空気の視覚障害』だから、正解がぜんぜん見えなくなるのだ。

遊ぶことばっかり考えているわけじゃない。

自意識過剰で業務や学業に身を入れる気が無いわけでも無いのだ。

ただ、

そこらへんの人より早く力尽きるため、誠意すらもなかなか証明できない。



「えっと、世間知らずでぇ、若いから全然分かんないんですぅ…」を、ずーっと使うわけにはいかない。

もうとっくの昔に、若いから分からない振りが通用しない時代は、来ているんである。

だから困ってる、とずっと言ってる。

「デモで世の中は変わらないんじゃないか 」とどこかの言論が言っていたが、

デモでもなんでもいいから、世の中に声が上がって行かないと、私たちは困ってる、とずっと言ってる。


突き放されたからといって、見えない視覚障害が、見えるようにはならないからだ。

突き放されたからといって、赤信号の横断歩道を、私たちは見えないまま踏み出してはいけないからだ。

一般の普通の人たちにも、私たちをどうしたらいいのか分かんないんだろうが、

私たちにもどうしたらいいか分かんないんである。



だからといって、

モルモット役のターゲットを引き受けろと言われて断って拗れて分裂して無くなってを繰り返す引き籠りを、軽度当事者同士で延々と中毒する時代は、終わらなければ、具体的に何も変わって行かない。


世界にさまざまな理由で不幸な人たちはいる。



だから野良レモンは暴力を受けてあげ続けなければならない

許せても許せなくても相手をなじってはいけないし逃げてはいけないし優しくオモチャを続けなければならない




という極論を、軽度当事者たちの一部から過去に、こしらえられた。


「えっと、えーっと、分かんないんです……。私、変じゃありませんか 不快じゃ、ありませんか 怖いです……いえ、だれかが、じゃなくって、……なにか、考えて、言わなきゃ、なんて、……私が言うなんてキモくないですか えっと、あのー、これでいいのかな いいんですか ん ん 聞こえません……すみません……えーっと、よく、分かんないです……言えないです……あの、どうぞ、他のみなさんの、お話、聞いてます……私 あのー、あのぅ……無いです……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、えーと、えーと、えーと……ごめんなさい……」

………たとえ地平線の向こうまで、果てしなく、私たちはまどろっこしくても、

私たちは付け込まれてはいけない。

付け込まれたくない。

だから付け込んで来ない社会に変わってもらわなければならない。でないと税金払わない。

私は、少々しゃべれるようになってしまったけれど、出来るならば、まどろっこしいまんま、生きたかった時もあった。そのくらい、自分を防衛するのは、しんどい。警戒する角度が沢山ある。負担。

まどろっこしいまんまでも、自己肯定感さえ獲得すれば、人は過剰には病まないで生きて行ける。

そのためには、幼少時からの診断と支援は、不可欠と考える。

学校の先生や同級生たちとは違う、別の特性の出身者でも、

家族とも違う生き物として生まれてしまっても、

出身の特性を肯定してくれて、同郷の先輩が成功例を見せてくれて、悩みには具体的になにをしたらいいかを相談に乗ってくれる、一貫した通訳が業務として待機して居る場所が、一つあるだけでも、私たちは救われるはずなのだ。

目指すは、業務として頼める役職の人が出来ることなのだ。そのへんの親切な人のボランティアな人に偶然に出会えることをを当てにすると、そんなスキルの高い人は、横からかっさらわれてしまう。

そういう独占の上手な特性を持った人たちが、自分の側近扱いにして、私たちに順番が回って来なくされてしまう。



思い出すねえ。『嵐は日本と中国で活躍するんだからねっ 香港のデモ活動リーダーの娘っ子なんかにさわらせてやらないんだからねっ ほらファンなんでしょ 感情的になったらいいじゃないですか早く悔しがればあ 』権力を持つ側が、弱者にした仕打ちだ。権力者とはこういうことを、しれっ としてやるのだ。

だから、社会集団のなんとなくの親切、ではなくて、業務として確立されなければならない。一般社会の地域のなんとなくの親切なんて、権力を持つ側は、瞬殺で潰せるのだ。業務として確立されなければ、いざ不利益を受けた時に裁判に持ち込めない。手帳も取れない軽度の私たちが既得権は失わないまま支援されて助かることを、法で承認されなければならない。


一般の普通の先生、個人個人の性格や事情が違う同級生たち、独立した人格の家族たち、みんなみんなに、いい顔が出来る。嫌われない具体的な行動が出来る。

時と場合と空気に応じた、適応的な、仮面を被った顔が出来る。高慢ではなく生きるための”ぶりっ子”に徹することが出来るのだ。(ぶりっ子知らない人は昭和生まれの人に聞いてね。)

悩みは一人で抱えなくて済むから。支援者が頭脳を分担してくれるから。悩みの悩み方をインストールして、拡張機能を使えるようにしてくれるから。過剰に苦しまないことを分かっているから。

幼少時から支援を受けるということは、そういうふうに生きられるようになるはずなのだ。


野良レモンたち、熟年軽度当事者たちには、それが無かった。国から侮辱も受けた。一般の普通の社会からも侮辱を受け、原因を引き受けさせられ、罪悪感を持たされた。

その罪悪感を、軽度当事者お仲間の一部の遊びにも利用された。

喧嘩が、言い合いが、リンチが、当事者たちの言論力を高め、意識を高める人体実験にも利用されてしまったが、言論力と意識は、

「こうこう、こういうこと、これこれが、正解ですよ 」「はい。分かりました。」と、きちんとした支援の役職の人からしか学べないことが全国で分かっただろう。


あの掲示板に溢れた言葉を、具体的に応用して社会適応している参加者が、どれだけいるだろうか

社会が何か変わっただろうか  国が何かキャッチして、具体的に何かくれただろうか

それでも人恋しい参加者はいっぱいいた。ちょっと書くだけ。見るだけ。管理人さんの善意と良識とは別に、参加者は強迫症状に駆られていった。



受容だけじゃない。傾聴だけじゃない。暴力は、断らなければ、加害者は暴力を振るう中毒になる。依存を呼ぶ。

三食の食事のようにどこかのサンドバックを日課にして殴り続けなければ、自身が正当化された強烈な感触を得られなくなるのかもしれない。

私は私を攻撃してきた人たちを40年以上観察してきて、そう感じている。



私たちには心理の構造をきちんと講義される機会が必要なのだ。自尊心や自己肯定感の存在を説かれ、保ったまま、間違った情報や過剰な反応を判別して、回避することを、卓上で知識として学ぶ機会が必要なのだ。

勉強しなければならないことは、当事者にはいっぱいある。

一般の普通の人たちへの対処、

軽度当事者たちへの対処、

不安定な自分への対処。

適当に、深く考え過ぎないでてきとうに、なんてやっていたら、ASDミックスはものすごく沢山のことを間違う。

だから、まだまだ足りない。