雑談ふたつ

 ゴミ出し

最近のある日、よくやるけど、寝落ちしてしまい、昨日の服を着たまま朝になった。

上からジャンバーを着て隠した。ゴミを出す。「おはようございます。」先輩同僚と笑顔であいさつ。

戻る道。毎日の習慣でジャンバーのチャックは上から15㎝で止まっていた。

見事に襟首から昨日の服が………

ズボンは今日着るものに変えたのに。朝、目覚めた時から、手順を頭の中でシュミレーションしていたのに。

顔も洗って髪も縛り直したのに。

もう身支度って嫌だ。失敗するから。

だからゴミは夜中に出せとあれほど


ゴミステーションへ行く道の視線上に、車がある。

並行して違う予定のことを考えていたら、ゴミ袋を車のトランクに積み込むイメージが流れてきた。

“勘違い”ってやつだ。

他のことばかりを考えているから、次の行動内容を私たちは勘違いする。

ネットには、作った料理をシンクに間違ってぶちまけてしまった話などがたまに上がる。


自分のキャパにちょうどいいサイズのルーティンばかりだと、日常生活は回って行かない。

だからって違うことを思い付くがまま、自分以外の人間から求められるがままにしてしまうと、思考のレールを踏み外して、私たちは脱線事故を起こす。

楽しくもなんともない。

若い時から繰り返してしまうと、他人から怒られるのは当然として、自分に向かって怒ることにも、もう疲れてしまう。

でも、記憶は消えない。

切り替えることにも疲れる。

他のことを始めても、記憶がまだまだ残る。再生が繰り返される。

もし成功しなかったら、という恐怖がぶち込まれたがために、失敗していなくてもショックを受ける。

そしてショックから立ち直れなくなるのだ。


気分変動が多少ある当事者は、病的じゃない範囲の躁鬱の波を待つこともある。躁になれば、いくらか行動できるからだ。

でも、野良レモンはそういう波に当たり前に頼ることにも疑問を持つ。

軽度当事者でも、躁鬱病じゃない人は、躁鬱病じゃない。

そんなリズムは、女性には特にあるのかもしれないけれど、積極的に波に乗るのではなく、逆に乗り過ぎない、落ち過ぎない、方へコントロールすることが、大人の心掛けではなかったのだろうか

生活の内容をコントロール可能な量に、抑えることが、基本ではなかったのだろうか

だから、知識を集めるのに、パソコンが生活に入ってきたのは、とても便利なことであった。

図書館へ行くのにも、過去記事に書いたように、私たちは身体、顔、髪の身支度を乗り越えなければならない。

本を買うと場所を取り、引っ越し時に非常に重くなる。長期間放置されるので、荷造りの時に埃が上がり、くしゃみが止まらなくなり、思考停止してやめてしまって進まなくなる。

知識人の講演を聞きに行くのでも、都会へ行かないと、講演案内パンフすらも見つからない。

新聞を取ると、縛れなくて山積みになる。半分以上が読めなくてもったいない。

だから、インターネットには救われた。

回線を取得する時には今でも思い出すぐらい、ひどい不便な思いをしたけれど。




貧 乏

貧乏な学生時代の夢を見た。

お金が使えない。無くなるかもしれない。不安でドキドキしていた。

卒業式。クラスメイトで、手弁当で、水筒に水、の節約を頑張った人が近くに座っていた。

緑のおしゃれカットソーのクラスメイトの背中に、「えらかったね。頑張ったね。」と声を掛けた。けれど、上から目線の言葉になったかもしれない。後で悩んだ。

でも、クラスメイトは聞き流していた。

私はこのクラスメイトという人が本当の意味で見えていないのかもしれない。このクラスメイトも、そこにいるのが私でも、違っても、どうでもいいのかもしれない。自分はどんな人の側にいたいのが願いなのか、だれも分かっていない女子たちの集団。

なんかすごいSF的なデザインの駅に入って行って、解散になった。こんな駅には行ってみたい。

目が覚めた。


私は弁当なんて作れなかった。コンビニなどで、いかに安い物を組み合わせて買っておくかに頭脳をフル回転させるのが楽しかった。

あのころは、私たちは、他人の言葉なんてあまり気にしていなかった。聞き流していた。

100人以上の学年。卒業式には80人台になっていたんだったたろうか なぜか。退学だ。

大部分が、自分の鏡になってカッコいい自分を映して評価してくれる人を、なにも成し遂げていないくせに、求めていた。

そして、不満でグダグダしていた。

お互いのことは、スルーするか、軽蔑してるくらいで、だから、密着し合っている友達グループの中の話題は、グループ外の人の陰口だった。

でも、陰口を言うアテクシもイヤ、したいのはそんなことじゃない、誘わないで、でも離れないで、気遣って、でもお礼を求めないで、嫌うなら消えて、見えるところへ出て来て嫌わないで、でも見くびらないで、でも現実全部嫌い………
みんなみんな催眠術師。アテクシを支配して振り回すくせに。みんなみんなが全部敵。全部嫌い。変人は敵。優等生も敵。美人も敵。
でもアテクシは嫌われ者じゃないんだからねっ ………

……の大集団。

どんだけ面倒くさいっちゅうのよ。

そんなリアル嫌いのこじらせ女子が大人数いた。

私を含め、勉強が無かったら、メンヘラ予備軍が睨み合う、ネットの中と少し似ているくらいの、生産性の無い集団の人間関係ばかりがあったかもしれない。

私はそんな環境に満足していなかった。

授業料を掛けて勉強したら、頑張ったら、収穫を得るものなんだ、と、漠然とした欲求を持ち、でもそんな欲求をどうにもできないでいた。

もう20年以上前の話だ。




香港の騒ぎが長期化している。

原因は、非常に真面目で、世のため、人々のため、子どもたちの未来のための内容だ。(詳しくはググってね。)

これだけの心血が注がれている。

(中国の言うことを聞く)政府側、デモ側、どっちも引かない。


かたや、そろいもそろって自分の飢餓感にばかり捕らわれる日本人。

20年以上前から、

携帯が普及しても、インターネットが向上しても、そのへんが変化していない。

せめて恥ずかしいと感じる、感性は、どこいった。


「もうかんべんしてくれぇーぃ!」という体の声をキャッチ

実は、ワクワク楽しみお祭りイベントが、無事に終わった。

いつだったかは書かないですよ。

ちなみに、即位パレードでもないですよ。テレビで拝見しています。

だれもこんなの特定しようとしないだろうけれど、されないために、あえて日にちをずらして書いている、かもしれないしそうでないかもしれない。ごめん……。大事なイベントだから。




ここの記事、休むかも、と書いたのに、休んでいないじゃん、と突っ込まれるかもしれない記事更新。

ついついね。書けたんだもん。ごめんね。


天気にも恵まれて、渋滞寸前の道にも出くわしたけど車も順調に動いた。

お祭りイベントも楽しかった

うん。楽しかった 楽しかった 楽しかった

でも、

野良レモンが数年前に参加を始めた時から比べると、充実度合いは落ちてしまった。


フルで仕事をしながら、合間に出掛けるっていうのはやっぱりきつい。

頭が回らなくて回らなくて、出発は出たかった時間から5時間遅れた。

運転しながら、失敗しないように準備に動いたプレッシャーで胃が痛んでいるのが分かった……いや、胃じゃなくて、その下の十二指腸かどこかかもしれない。若い時に痛めた経験はあるのだ。


服を買う予定をずっと後回しにしていた。したくないけどしていた。

物を増やしたくない野良レモンにとって、服を買うのは緊張が走る。覚悟をして出費をする。

それでも、買いたかった服のサイズが○○号なのか、△△号なのかが、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。

だから試着して試した。……所要時間、2時間。

食事に頭がもう回らない。早くお祭りの街に移動しなきゃ。

早く詰め込めるお店として、ミス〇で夕食。今食べないと忘れちゃう。空腹も忘れて頭がぼんやりしたら夜道の運転がとても危なくなる。イートインでいいのよもう。

飲食店に行くたび、イートインとテイクアウトの値段が2列に並んでいて、こんな表現でいいのか分からないけど、可哀想で痛々しくなる。

書き換え、どんなに嫌だったことだろう。どんなに面倒くさいだろう。暗記もどんなに負担だろうか。


前夜祭的なお祭りはもう始まっていたけれど、間に合わなかった。

ネカフェが空いていて良かった。シャワーもあるともっと嬉しいんだけど。ご飯が美味しいからいい。

今流行りの、ぐっすり眠れる系のサプリメント、喉が痛いので風邪薬、オバサンが時間に追われて動いていると疲労回復がますます追い付かないのでマルチビタミンミネラルサプリ、などなどを補給。



身支度、と聞いて、ここを読んでくださっている人たちはなにをイメージするだろうか。

映画などで、スマートな俳優さんたちが演じているのは、すごく短縮されたイメージの支度だ。

映画の中には、下着だけ( さぞかしいいエアコンの家なんでしょうねぇ。)でベッドから起き出してきて、ワンピースをするっと着て、またはTシャツとジーパンで、髪をかき上げてコート着たら終わり、お出掛け、のようなアッチュウ間のシーンもあるが、

現実はとてもとてもそうはいかないことを、軽度当事者の私たちは知っている。
(映画は、演出に関係ないところで尺を取る理由が無いからねぇ。きっと短くしないと怒られるんだよねぇ。)

身体、顔、髪、それぞれにすることがあるよね。

ちゃんとしないと、私たちはとてつもないショックを受ける失敗をしでかしてしまう。

私はまだ経験無いが、インターネットでは毎年のように、コートの下にスカートをはき忘れる系の失敗談があって笑いを誘っている。でも野良レモンは可哀想で笑えない。

当事者によっては、ちゃんと朝食を食べてからコンサータを飲むことが絶対ルールになっている人もいるだろう。でないと周囲をぐっちゃぐちゃにしてしまうから。

加齢をしてくると、全体的な体臭が弱くなるというメリットはあった。加齢臭が男性ほど強くない女性は、ポイントごと(各自でググってくださいね。)に対策をすれば常時は気にしなくて良くなるのは良かった。(急激なプレッシャーの発汗は別。私たちはなにか失敗する運命を生きているから無くせない。あと更年期ホットフラッシュの汗ってどうなんだろうな。)

でも、部分的な乾燥肌とかどうしても湧いてくるトラブルはあるから、やっぱりなにかを塗ったくる。関節の黒ずみなどにも、塗ろうと思えば、ケア場所は果てしなく広がっていく。

終わらない宿題。塗っても塗っても理想の結果が出ない宿題。でも塗らないと悪化する宿題。

顔にもすることはある。歯も磨く。感染性の風邪予防にマスクをすれば、良くないが、私はお化粧は要らない。かゆい。

そして髪。ここまで頑張ると、すでに相当な量の動作をしている。

旅行道具からなにかを出したり、入れたり、探したり、忘れないように点検したり、そういう、私たちが高い確率でなにかを取っ散らかしてパニックになる危険な作業を一定時間することになる。

いくらその先の用事や観光が楽しくても、支度の作業が負担な当事者は多い。

私は時間を掛けて仕方なく立ち直ってくるが、失敗してトラウマになって挫折して引き籠る当事者は多い。

私もあと何年頑張れるのだろうか。

仕事じゃなく遊び。一般の普通の人たちにぜいたくだと言われても仕方が無い。

生活の中が仕事だけだと私たちは注意力のほかに精神も壊してしまう。

生活の中を遊びだけには出来ない。そんな意志は無い。生活費が尽きてしまう。

問題は、休んでも、遊んでも遊んでも、生活しても、働いても、私たちの特徴を理解してくれて味方になってくれてちょうど良く肯定を返してくれる善良な理解者に出会えないことだ。



イベントの、コーナー別に参加する際に、整理券が登場した。

混むだろうなとは思っていたんだ。去年から満席で入れないコーナーが発生していたから。

それで、配布は朝からだって……。

たぶん、要領良くやれば要領良く立ち回る方法はあるでしょうよ。プログラムと照らし合わせて、被らないように、人気の高くないコーナーの分をもらっておけばいいんでしょう。全部のコーナーがちゃんと楽しくできているんだから。

……と想定して来年行ったら、もしかして朝から並ばないと配り切って無くなってしまったりするのかしら……。


出入り自由の解放されたコーナーで、作品に囲まれながらうたた寝をしていた。

物販売り場が、遠くに移動していた。場所は分かるから迷わず行けるが、脳と身体が限界を超えて、作動停止していたので、行けなかった。

私は作動停止と表現したが、分かる人はいらっしゃるだろうか。虚脱しないように、精神力だけで動く状態になると、衝動的な動きも出来なくなるほど、動きが限られる。そのほかの対象には、注意が向かなくなる。注意力の視野狭窄が一段と狭まる、危険ゾーンだ。

でもここにいたい。帰りたくない。アホだ

他、いくつか、見れた分のコーナーだけでも、チケット代の元は取れたと思いたい。

飽くなき趣味を追求する、生き生きした人たちと一緒の空間にいるの、楽しい

楽しくてたまらない顔をしている外国人の人たちと空間を共有する感じも楽しい

『いだてん』のドラマでも語られていた、経済形態の違い、宗教の違い、人種の違いなども乗り越えて、純粋に勝負する感じ、

でも、ここは勝負じゃなくて、お祭りする感じ。これがいいんだよ。

私、なにもしゃべらなくていい。外国語分からない。日本人でも知り合いもいない。だれともコミュニケーションしない。でもいいんだよ。

(『いだてん』なんで視聴率低いかしら。あのへんにまだ生まれていない私にも面白く見られるのにな。展開が早くて高齢者に付いてこられないのかしら。)



食事も美味しかった。旅の解放感を感じるところは、自分で資源ゴミを洗わなくても、掲示通りにゴミを捨てれば、あとは集めていただけるところだ。

人工添加物の件も、ここでだけはあまり考えないでいられる。イートインの食べ物に、原材料名のシールは貼っていないでしょう。今は考えるのやめると、切り替えが出来るのだ。他に、警戒しなければならないことがたくさんあるから。

後は、シャワー、手足を伸ばして睡眠、が取れれば、私はかなり満ち足りただろう。

軽度当事者たちは、人生で、"満ち足りる" ということが非常に少なく、貴重なことであろう。私もだよ。

でも、旅の荷物は、いくら軽くしても、限界を超えた体には重さがのしかかる。しかし貴重品なので手放すわけにはいかない。緊張感も重さとして体にのしかかる。

それでも楽しいのが旅なんだけど、

それでも楽しいんだけど、

脳と身体が声を上げる。

「もうかんべんしてくれーぃ

軽度当事者ならではの鈍い、鈍い神経系だが、私は声をひろった。


夜中、と言ってもいい時間。

もうひと晩、すぐ寝るために市内のネットカフェに泊まろうか

運転して遠くの社宅に帰ろうか

迷って、

迷って、

悩んで、

私は帰路についた。住み慣れた社宅に帰った。爆睡したが、目覚めても、やっぱり寝た気がしなかった。

頭の片隅でブツブツつぶやく声が続くのだ。
「寝たいー寝たい―寝たい―寝たいー 寝た気しないー 足りないよー

もう10歳若ければ、私は翌日も祭りに出続けたかもしれない。そして、失くし物とか、忘れ物とか、運転ミスとか、なにかやらかしたかもしれない。


反省点をあげるとしたら、『次回はホテルを取りなさい。』ということになるんだろう。

でもさー、前も書いたとおり、雪が降ったら、出発は一日遅れちゃうかもしれないんだよ 風邪をひいても、最悪、やめちゃうかもしれないんだよ

そんな不安定な予定に、ホテルを入れたくないし、キャンセルもしたくない。

当日飛び込みの宿泊なんて、今どきのホテル、もうできないでしょ。

それにネットカフェはチェックアウト時間が決められていないんだよね。居た分だけ料金掛かるだけ。時計を見ながら残り時間の計算をするプレッシャーを避けられる。



でも、楽しかったんだ

また行きたいんだー

体力の振り分け、どうしよう。

でも、行きたいんだー……