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とまれ!妖怪ゲンゴカー!

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三年くらい前、インターネットのとあるところに、ASDスペクトラム他の発達障害者や理解者、関係者のための、掲示板があった。
おとなしく、目立たなく、慎ましく、へりくだって参加していたつもりの、発達障害当事者・関係者向けのそのコミュ場所は、もう終了した。

思い出す感情、再燃する感情、挫折感、嫌悪感……。
自分には、主体的な行動を起こしてこんな“自分”を解決する能力は無い。

小さな小さな、一参加者だったレモンむしぱん(旧ハンドルネーム)はブログを作った。『だって野良当事者レモンは発達障害(受動)だもん!』(旧ブログ名)

受動当事者なのに頭の中だけ、言語化が止まらない。
生活を浸食する言語化。自分を許せない感情の分析で言語化。苦しんでいるはずなのに救済をあきらめ続けることが止まらないこの国の軽度当事者たちの不可解さを言語化。

とり憑かれると生活を浸食される妖怪、それは妖怪ゲンゴカー!

H27.12月にブログ公開停止になって、ごめんなさいして復帰したよ。
でも自分でなんか決められないよ?だって、はったつしょうがいだもん!

【ときどき使う造語】
中途診断二次障害野良当事者団 教育支援適用済み当事者団
意味?テーマもうけて書くことにした。
気が向いて、体力思考力出たら記事で解説していきます。 (H28.1月終わりから)

トラックバック、コメントはお受けしません。すみません。
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うつの回復方法、軽度当事者のコンディションキープの方法、この近さったらもう

2019/02/16 00:33
いい歌を歌うアイドルグループから、「卒業」した女の子が、25歳年上の心療内科クリニックの先生と恋愛……

可愛い娘だよ。そうなのか。

始めに心療内科に掛かったきっかけは、どんな症状だったんだろう。悩んでいたのかな。

とりあえず、地球上の喧騒からは妖怪 は距離を取ってていいので、野良レモンは傍観している。




うつの回復の仕方、野良レモンだって過去に調べまくりあさりまくったことがある。

自分の価値観で言う、マックス近くにだらしないところまで、自分で自分を許すところにあるようだ。

アファメーション、なら多くの軽度当事者が見聞きしたことある言葉だと思う。そこに導かれるようにする、初期段階なのだろう。でも自分で自分にしたくないよ。プロに向かい合ってやって欲しいよ。

軽度当事者の多くが、テスト前に掃除、とか違う作業をしてしまうことを経験して来たけれど、

自分を責める前に、楽しいことをやる、飽きたら寝る、という内容が、療養中にすること、になる。


ADHD/ADD/ASDの私たちのベストコンディションを保つ生き方が、これに非常に近いため、

いったい回復ってどこからしたことになるんだろう と、分からなくなる場合が私にはあった。

似てる。似てるの。

だからすごく混乱させられた。

でも混乱していることにも気づけなかった。よくわかんないけどわかんないことも私が悪いのかもしれないなとか、
他の当事者たちは勉強してわかってることがある人たちだから、私も早く努力して追い付かなくちゃとか、

そんなことばっかり頭から消えなかった。

うつの回復と、ADHD/ADD/ASDの私たちのベストコンディションを保つ生き方は、両者が非常に近く、共通点も多い。

しかし、決して同一のものではない




非常に曖昧だし、患っていた当時はだれも回復の“合格点”を区切ってくれなかった。

だから、一般の普通の世界からは発破を掛けられたり、

病状の一時停止に過ぎない薬なのに、動揺した家族から「薬を飲みなさい。薬を一生懸命飲みなさい。」と、病院と医師と投薬への服従を言い聞かされたりした。

でも、わからないことが解決しなかった。

それから、一時的な抑うつがまるで前触れだったかのように、もう一度体調を大きく崩して、

それでもわからないことが解決しなくて、

それから、『発達障害』の言葉をやっと知って、調べたくなって、診断を受けた。

それからもっと調べて、追いかけて、自分が乾いたスポンジになったような状態に感じていた。吸収したかった。携帯電話、パソコンと、回線を手に入れて行った。

しかし、ネットの軽度当事者コミュでは「自分を褒めていたわる」ことに専念しないことで責められてると私が捉えてしまうような思い、(つまり被害妄想を煽られたんだと思う。みんな苦労してきているから、人にも自分にも罪悪感を迫る物言いをどうしてもしてしまうようになるらしいよ。)もさせられたり、

その果てにお相手をお相手の理想通りに  に私が映してあげるように、自己愛ケアを望まれて、私にはなにもアドバイスも知識や情報も返してくれなかったり、

お医者には、ADD/ASD症状か、メンタル症状か、どっちを相談していいのかさっぱり分からなくて、でもその時の全力を尽くして正直に自分の状況を言ったはずなのに、進展しない。

お医者からも私の中からなにも引っ張り出してもらえなくて、途方に暮れたり、

こうして四方八方からボコボコにされながら、「すみません。」「すみません。」と言い、“受容”や“傾聴”アレルギーも患わされ、なにも進展しない思いをしてきた。

懲りたけれど、懲りて、なんの悪行を改めればいいのか、さっぱり分からなかった。


抑うつを患った当時、結局「回復したよ!どうもありがとう!」という思いも、発言もできないまま、なんとなく出勤して、なんとなく積みあがった仕事をして、私の調子って、果たしてどうなのか、だれにもチェックしてもらえない状態であった。繰り返して書くけど、むかしのことだ。

これが今でも、忘れられるはずが無いほどに悔しい。

崖っぷちに立たされても、だれからもそうと認識してもらえない。扱ってもらえない。私が危険に見えない。
私が怠け者に見える。

この理不尽さ、この非情さを整理して、言語化して、形にしたい。だから無理して妖怪を呼び寄せて、まだ書いている。


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大きなつづら、小さなつづら  シンデレラ

2019/02/16 00:08
ADHD当事者の一部の人たちが憧れる(あくまで憧れです。憧れても多くは挫折します。)と言われる、

アーティスト、クリエイター、とか、エンターテイナー、とか、お笑い、のお仕事。

この道で表現して食っていく方法として、二つ、

大きな事務所や会社に入って、いろいろ言うこと聞いて、予算取ってもらって、宣伝してもらって発表して、報酬をもらう人たちと、

自分で作った物をネットで売るなどして自営業してしまったり、ユーチューブや、ニコニコ動画の料金を取る機能で稼ぐ人たちが、いるらしい。

そうなのねー。茨の道ねー。

これ、世間一般の仕事にもあてはまって、組織に使ってもらう生き方と、自分で自営業を立ち上げる生き方がある。


この後者ね、組織の中で働きづらい私たちの中にも、実際に始めようとする人たちがいることは、

本やネットで知る限りなら、何年も前から知っていた。

当事者会、みたいなことを知り始めた頃に、そんな生き方を始めた人たちを知りコンタクトを取ってみたこともある。

いい人たちだった。

………過去形だ。



チェ・ゲバラの例を思い出した。

キューバで支持者を得て革命が成功するまでは、貧しい人からはお金を取らずに、医師として病気を診ていた。

“尊重”されることを知らなかった人たちは、“人間として大切に”されて、“尊重”をやっと具体的に知り、

それを目指すチェ・ゲバラとカストロに賛同して付いていった。

“尊重”される経験が無かった人々。

“尊重”を知らされて、体験して、大切な家族を治療して救われて、やっとその価値や、不可欠さを知る人々がいた。

住民全員があまりに悲惨な地域では、そうやって“人間として尊重”されることを初めて知るしかない場合がある。

知らないことは、知らされて、やっと解る場合がある。



私たちにも、それがあるのではないか。

中途診断二次障害野良当事者団の野良レモンたち、

そして教育支援適用済み当事者団の中でも、支援者との相性や技術や設備などに残念ながら恵まれず、人生が実らない人たちもいる。

“まだ知らないこと”があるのではないか、と考えた。



多くの人が知ってるシンデレラのお話。

シンデレラは、人権をはく奪され、ブラック環境で労働を強いられていた。

シンデレラにとっては、実母は死別だし、実父は遠方の出張勤務で無限に帰って来ない。

実権を継母と連れ児の姉たちが握っている環境は、いつまでも揺るぎが無い、絶望的な環境に思えていただろう。

シンデレラはいい子だから灰の中で寝かされても耐えていた。けれどもしも私たちだったら

特性があって、二次障害で平常心も飛びやすく、軟弱なのが、私たち
である。

比べるなよ と突っ込まれても致し方ないけれど、当然、同じ忍耐は出来ないよね。


もしも、

労働者虐待事案的中確定の、ブラック環境の労働で忍耐して何年働いた後、

継母と姉たちが自分を置き去りにしてお城の舞踏会へ行った日に、

魔法使いが現れて衣装一式と、馬と馬車を用意してくれて、

王子様と踊れて、

夜中の12時に階段をダッシュして片方の靴を落として帰宅してから、

靴の持ち主を調べに来たお城の役人に発見されて、救出されます、とプログラムがあらかじめ前提されていたら、

私たちが、生き残れる確率はどう変動するだろうか

あの掲示板で議論されたこともある、『前提』ですよ。間違いだと考える人は間違いだと考える、『前提』です。

私たちが、平常心や健全な正気を保って、生きられる、確率。


いつ、上がるんでしょうね

十年以上前から、軽度当事者の私たちが、ヒントを求めて夢中でブログを読んでいた、熱心なお医者さんたちなどに、

書くことが尽きて、疲れを隠せないご様子がうかがえて、痛々しいやら、申し訳ないやらだったりする。

そうしてお医者さん個々人が、知識を増やして、病んだ当事者の話を聞き続け、励まし続けてきても、

そういう積み重ねが進展して、野良レモンの手の届くところに近寄ってきてくれる日が、全然来ないのは、

どういうことでしょうね。


ブラック環境は、あったら困るけど、今の社会ではどうしても無くせない。

「でも、そこから出る方法があるよ、軽度当事者はほとんどがそうしているよ、

出たら次は、これをするよ、

その次は、これをするよ、

到着地点は、こうこう、こういうところだよ。」

地方の果てまで、社会で承認され共有するプログラムができること。

私は、そんなプログラムが欲しいと、言いたい。




始めから、大きな組織で働いたら、勝ち組なのかな

ころされても逃げちゃいけないのかな

人間関係がある大きな組織を諦めて、関りが最小限で済む自営業でしか自分は生きられないのかな

大きなつづらを選ぶのが正解なのかな

小さなつづらを選ぶのが正解なのかな

そんなの、想像と不安が無限に広がって、そもそも開けたくないのが私たちなんだ。

そんなギャンブル、逃げ出したいんだ。それこそ耐えられない


そうじゃなくて、どっちを選んで、どっちで挫折しても、自分を正気で、貯蓄もしながら生かしてくれる、正解へ行きたいんだよ

チェ・ゲバラとカストロの人道的な行動で、目が覚めた人たちのように、

私たちも、目を覚ましたい。そして知らなかったことを知りたい。


でないと、大きなつづらや、小さなつづらや、果ては王子様幻想お姫様幻想など選択科目(だからいいんだよ。選ばなくても。健常者にもう任せてしまえばいいんだよ。)にするしかしょうがないことの逃避に囚われていても、

社会にナメられるばかりで、私たちの境遇はなにも変わらない。




野良レモンもこうして文句を書いているけれど、全然ものを知らない。

記事に挙げている言葉の一つを取って、「これについて詳細に説明してみなさい。」と言われても、

おそらく求められている説明は、全然できない。

悔しいさ。

35歳はとっくに超えてしまった。もっと賢くて知識が多い人に、ほんとうは目覚ましのベルを鳴らして欲しいんだ。



野良レモンがチェ・ゲバラを挙げるのは、いくら学びのためとはいえ、失礼なのではないかと迷っている。結構以前から。

だから国内で、わかりやすく『革命』『改革』をした人はいないのかと、探そうともしたよ。

でもなんかいまいちなんだよね。

日本て、鎖国を開国するような『改革』は出来るけれど、『革命』には不向きな国なのかしら

いるのかもしれないけれど、出てこない。

歴史に、一揆はあった。アイヌの一部の勇敢な人たちが日本人と戦った戦争もあった。

でも『革命』しないと倒せないような、みんなの共通敵、になりえるぐらいグロイ独裁者が、

基本、いないのかもしれないね。いても登場しなかったのかもしれない。

いなかったとは思えない。歴史をちゃんと学んできた秀才の人から、怒られるね。

でも、庶民をなんとか平和に統治しようとする夢も見ないで、神仏も信じないで、ゲームのように私腹を肥やして、

一般庶民に攻められて潰れた悪者っていただろうか

内部で、正義感の強い者が現れて、謀反を起こすとか、暗殺するとか、してた気がする。

全体的に、善良で、内向的なのかしら。武士道とかがそうさせているのかしら。

『いだてん』の大河ドラマを見ていても、革命戦争のようなものとは無縁な、日本の向上心しか見えてこない。

今もそうなのかどうかは、置いといて。



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『怖がるな俺を撃て!俺はただの男だ!』 byチェ・ゲバラ

2019/02/11 01:01
「革命」ってなんなのか、

現行の社会の形態から何かを変えるよう、実力行使をすることってどんな現実的困難が待ち受けるものなのか、

を調べたくて、難しいことを勉強しようとしたんだよ。数年前から。時々。

したんだけどね。

世界的に有名な革命家、で出てきたのが、チェ・ゲバラなんですけど。

医師資格も持って、いい家庭の出で、だから品格も知っていて、すごいのよ。

でもね、難しくてね。ユーチューブで解説を聞いているうちに、手が空いているわけだから、資源ゴミとか、まとめ始めていて………

野良レモンの教養レベルはこんなものなのか、と。

難しい話を受け付けられないレベル。



アフリカそうなのか。

協調と結束が出来ない特性、アフリカ。さすが野生と隣り合わせだ。

チェ・ゲバラは、合計三か所の国で革命の指揮を取った。そのうちの一つがアフリカ。

紳士で、人の幸せに奉仕しようという姿勢を持とうと、革命軍兵士たちに働きかけても、聞いちゃぁいなかったんだそうな。アフリカの方の人たちの国民性として、理解できなかったのかもしれない。

まるっきり文化が違う人たちに、そうと知らずに理想を語ってしまった時の、あのショック。あの疎外感。

いたたまれなかっただろうな。


アフリカの革命の指揮を降りて、最後に入った革命軍のある国、

そこでの最後の言葉が「俺は英雄ではないただの男だ!」という言葉だそうだ。

最後まで、若い者に革命をする者としての模範を見せていた。教えよう、教えよう、どんな場面も逃さず、たとえ自分を撃ってこようとする反対勢力の兵士がひるんでいても、未来を見据えて教えようという行動をやめなかった。

キューバで政治家に落ち着くことなく、革命をライフワークにしてしまってでもしたかったこと。

ただの、人間が、一般庶民が、幸せに暮らせる国、医療も教育も受けながら安心して暮らせる国、

そんな国を作ることが基本で、最後まで忘れないで目指していた。

子育ては個人の稼ぎでなく、国が面倒を見るものだという前提を信じていたためなのか、

子供はたくさんの数を作ったらしい。(個人的には数打っても世話をする配偶者の疲労はどうなのかと聞きたいけど。)

ショックを受けたり、方向性の共有や、チームワークで上手くいかないことがあっても、一人でも基本から絶対動かなかった姿勢は、英雄にふさわしい。


   

発達障害の35歳限界説という言葉は知っている。

35過ぎたら、

毎年、社会をつまみ食いのように齧って生きて、それでも疲れて、生産を上げなくても燃え尽きて、

私たちは一年一年が経っていく。

そもそも一般の普通の社会から、自分を正当化する資格が無いと認定された時点で、

自分を肯定する人権なんて無くなってしまうしかなくて。

たとえばお酒の場でも、そういう落伍者は“自分語り”をする資格は無くて、したら引かれるから、空気を読んで謙虚に聞き役とお礼と謝罪をしていなくてはならなくて。 (野良レモンはご馳走が食べられれば基本、出ますけどね。観察と勉強の場だと認識すれば収穫も多いし。)

でも自己肯定っていうプロセスを踏まないと、社会と自己を分けて考えたりする力が付かない。

客観視とか、俯瞰とか、自他の区別とか、自分のペルソナ?っていうの?自分の複数の側面とか、分析が必要なことを取り扱う力は全然付かなくなる。

付かなくなると、他人様から言われたことがさっぱり分からなくなる。理解不能になる。それは困ると責められる。

自分を肯定しないままに、自分と自分の周囲を分析する分析力を付けるにはどうしたらいいか、という難題に手を出したがために、

私はゲンゴカー妖怪を生活に呼び寄せることになったのだ。

それでも他人様から言われたことは、全部は分かってないよ。全部正確になんて、分かってるって評価されたこと無い。

だから「分かってなくてすみません。」とよく言うよ。



当たり前のことをしても鼻もち高く、待ちながら、賞賛を受け付けられる人に「適応行動をありがとうございます。とても正しい適応ですよね。自己正当化を遠慮して控えめに謙虚に徹しています。優秀です。今までに前例が無い素晴らしい模範例です。すみませんがこれからも社会適応をお願いします。すみません。すみません。ありがとうございます。」 ……

最近の記事にも書いた、野良レモンが最高に喜べるむらむらする賞賛だ。キモい。

………言われて、ぺこぺこ頭を下げられることで、

いろんなことがゴールに達したことになるんだと思う。軽度当事者である等身大も尊重され、等身大でやってきたことが評価され、合格だと言わて、また言ってもらえる、言われていれば衣食住足りて生きていける、と信頼に足る相手であればなおさら、

もうなにも言い返すことは無くなるはずだ。


一部のASDスペクトラムが褒められたい、と望む内容はだいたいそういうことだと思う。私もだけど。

セクシーとか、美人とか、デートしたいとか、

もうそういう地球人の次元で望んでないんだよね。私たち。

セクハラが断固、絶対嫌なのは人間だからその通り。

でも、個人の好感度の評価が、『話し掛けられる』とか『遊びやお茶や食事に誘われる』とか『行動や身に着けているものを褒められる』という現象でしか出されていない限り、

私たちはそこに向かってビリビリ緊張し、自意識を張り巡らし、自分に怒り

時には所有する条件が近い者へ嫉妬を持ち、抱え込み、ネットで当たり散らし、

二次障害で薬を飲んで追い詰められる運命にしか進めない。

優しさには優しさが返ってくる世界で生きたがっている。

メルヘンで可愛い自分のまま、可愛い自分を回りからも承認されたいなっ、ていう。

感情も、感覚も、いったん自分の中に溜めておいて審査してから出す、なんて無邪気で天真爛漫なボクアタシが汚れてしまうから、しないもーん、ていう。

ご飯なんて食べなくても、お薬とジュースしか飲めなくても、理想の世界から出たくないな、っていう。

それはそれで境地に行ってしまって、炭水化物と手を切れた人たちがいたら、

野良レモンの行けないところに居る人たちということで感嘆、しますけどね〜。

 し か し

社会にしかお金 が無くて、取りに行かないと、手に入らなくて、手に入らなければ、生きられないのなら………



社会に喰いつきに行く子が育つのか、

二次障害を避けて、心の素直な綺麗なままメルヘンに住む子が育つのか、

これからの時代はどっちがたくさん育ってくるのか、分からない。

どちらにしろ、”ガス抜き” (別名 “う〇こ”処理)をしないと、軽度当事者若者たちはストレスに耐えられないし、

親御さんがその役はいつまでも出来ない。

国が整備しないとなにも解決しない、と繰り返して書きたい。


だから、私、個人的にはかなり早くから、親御さんは解る人たちに相談したら良いのではと考えている。

どっちにしても、(相談先に定期的に預ける、など)環境を作るのは親御さんだけどね。


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ご馳走を食べ続ける催眠術に掛かった遭難者???

2019/02/11 00:20
怒ってる もしかして怒ってるの

鼻水にずるずるさいなまれながら、ネットをあさっていたら、ユーチューブからなんだかえらいお叱りの話が聞こえてきた。

怖いよう

まあなんだ、コンカツの会社の偉いお姉さまが、

甘くてメルヘンな夢を見て申し込んでくるアラフィフが、多くて多くて、覚悟を促す話をいちいちするのが大変で、

だから動画にして、ガッツリ覚悟を問うと、そんな内容らしい。

聞く野良レモンも野良レモンだ。
鼻風邪の薬の副作用で眠くてだるくて、聞き続けるかどうかの判断なんて面倒くさかったとかどこまでも軽度当事者なのね〜。

いやなの。腕も動かしたくなかったの。バッテン「×」をクリックもしたくもなかったの。



一般社会でなくって、コンカツのシステムの中に入って、商品カウンターに自分が並べられるということ。

若ければ、夢も見ていいかもしれない。親もまだ元気で若いから、二人でイチャイチャ自由に共通した趣味で遊べるかもしれない。

しかし、女性のアラフィフとか、40を超えると、もう労働力としての商品価値しか無いと。

そういうことなのね。

うんそうね。

連れ合いに先立たれて、残された子供たちがいるかもしれない。自立しているかもしれないし、まだ養育が必要かもしれない。

高齢の親の介護が、もう間もなく始まるかもしれない。

労働時間を二人で一緒に減らさなくてはならなくなって、収入が減るから、専業主婦希望しても、専業していられなくなるかもしれない。

外でも働かなくてはならなくて、家でも働かなくてはならないかもしれない。

それに対応できますか と。できませんねえ。

問い合わせしてくる、夢見る40代以上女子たちに、ほんの一握りいるかいないかの、凄腕の筋肉お姫様が、ゴールするかどうか、の世界なんだそうですね。


……コンカツ、ちょー怖いっすね。欲望まるだしを、さらし合うんですか。

どなたさまかの人生の不幸を一手に背負い込むような労力と引き換えに、一握りのいるかいないかの確率の掘り出し物女子が、結婚を手に入れるんですか

そういうエネルギッシュな人は、お願いだから起業してください。

もったいない。コンカツでギャンブルしないで、有料でいいから私たちを助けて。

私たち中途診断二次障害野良当事者団の、家事手伝いしたり、

お給料を得ながら、子供がいる当事者のベビーシッターやったり、高齢者介護手伝ったり、

税金の書類とか家計簿とかなにかの申請書類などがうまく書けない当事者の横に付いて、ナビしてください。

そうしたら利用料を払いますから。




軽度当事者の、スペクトラムによっては、

人との関わりそのものが麻薬になり、中毒になっていく。

不安定は薬で抑えるんじゃない。

指導無しの薬は思考停止しか呼ばない


社会適応を目指すなら、ほんとは中毒物質依存なんかで立ち止まっている時間は、取れないはずなのに。

今までの記事、いや、ブログランキングサイトに並ぶ、当事者のみなさんの文を、読んでも読んでも、本も読んでも、まだ足りない学習をしなければならないはずなのに。

幼少から発見されて、コンサータを投薬されながら訓練されてきた、教育支援適用済み当事者団よりも、私たちは多くのメンタル面で遅れを取っている。

その遅れを早く取り戻したいのに、取り戻す学習場所にもたどり着けず、多くの軽度当事者たちが、

放置されながら、またはメンタルの薬で一時しのぎされ、先送りさせられながら、彷徨っている。

コントロール方法を習得しないとならないのに。インターネットに慰めを求めて、自分を好きになることにのめり込んでしまったら、

周囲の人たちの生活を凍て付かせる迷惑を掛けるかもしれないのに……

  

『エルサ怒らないでこの大寒波をコントロールして日本から追い出して

  


今まで読んだ当事者の経験談の中には……

たとえば交際相手に山のような食べ物を出されて、立ち止まることを発想もすることなく、食べ続けた例もあった。

出す交際相手も食べる当事者も両方問題があるじゃないか。

ASDは、自分に指示を与えてくれる相手、時に、承認や肯定を与えてくれる地下アイドルのような相手が言うことは、

まるで催眠術に掛かったかのように、意識を支配されることがある。


野良レモンは、幼児の時、親に「眠い」と言い聞かされれば、暗示のようなものに掛かり、

楽しいことで興奮した後でも、夜、いつの間にか眠ることができた。

打撲や、嫌なことの興奮で頭痛などがあっても、「痛くない」「痛いの痛いの飛んでけ」など言われると、

ほんとにそんな気分にだんだんなっていった。そこは平凡な子供だった。

親の言うことは、たいていの子は聞きやすい。

子は自分の正確な力量なんて知るわけない。

親に従わないと子は生きていけない生き物なので、心から、全脳みそから、信じてしまう。

暗示にも掛かる。プロが掛けなくても催眠術に掛かる。


もしも危険区域……自然災害とか戦闘地域……から助けられた赤ん坊がいたら、

とりあえずパニック状態で、自分の周囲の状況をあまり正確に把握や理解できないのではないだろうか。

あの状況は平和、あの時の状況嫌い、好き、ではこの状況は… みたいに比較できる記憶も少ないし。

おそらく感覚神経系は正常に機能していない。

ミルクなどとりあえず与えてもらえる物を夢中で受け取ることで、精いっぱいなのではないだろうか。

そんな精神状態に当事者は陥らされるんだろうか


ものを考えなくていい、そして世間体が完結する環境は、とても楽だ。

ついでに自分に価値も感じられるのかもしれない。

アドレナリンも出るかもしれない。


それなら、麻薬としてなら、催眠術に掛けられる関係の中毒になるなら、あり得そうだ。


人が明確に指示してくれたことは盲目的に従ってしまうスペクトラム位置にいるASDは、たぶんこんな心境で、

注意力のほぼ全てを捧げているのかなぁ


逆に考え込んで考え込み過ぎて斜め上の発想をする癖、のある当事者の場合は、

地下アイドルの魔力にやられた軽度当事者が、(この娘はこれから僕と結婚するんだ……)と思い込んでいき、

結婚の思い込みのためなら、それを否定する現実を受け入れず拒否して、いつか報いてくれて癒してくれるゴールを妄想して信じて、借金などして孤立していく

指示してくれる人が、間違った憶測で山のような食事を持ってきて、明らかに自分のキャパで無理なことを誘ってきても……

もしかすると指示するつもりも無くても、私たちの脳内は自動的に”指示”だというインストールをする。

相手は自分の全てを分かっているからありがとう。 なんでも従うよ…。

そして自分は言われたことを全部出来てしまうような気がして、成功した自分を想像してしまう


こんな失敗をしてしまうから、私たちASDスペクトラムは、時に慢心、傲慢、だと思われてしまうんだ


過剰に従ってしまうのは、媚びているんじゃないんだよ。

「お願い」「お願い」「お願い」言い続けないと教えてもらえなくて生きていけないから仕方なく過適応した慣れの果てなだけだよ。

だって沈黙して待っていたら、だれも教えてくれないよね。

私たちと言う人間に、だれもなにしてもくれなくなるよね



自分の力量の想像力が無いから、であるのと、暗示に掛かりやすいからこうなるのにねぇ。

ほんとは助けが要る遭難者でもあるんだけどねぇ。



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ロバには子供が乗る? 親が乗る? 親子とも乗る?

2019/02/02 19:49
親子が出荷するロバを引いて歩いていて、見られる人みんなの言うことを聞いたら、二人でロバの背に乗ることになって、重くて川に落ちちゃった、外国のお話がある。

「ロバをただ歩かせるのはもったいないよね なんて非合理的なことをしているの 子供を乗せればいいじやない 」

「どうして年老いた親をロバに乗せて楽をさせてあげないの ひどい息子だよね 親不孝者 」

「ロバは人を乗せるための家畜でしょう。人が歩くことはない。どうして家畜が家畜の仕事を全うしないの 二人とも乗りなさい 」

脅迫によって相手に意思表示をさせてから後出しで、否定して無価値なものとして無視して、恥をかかせる。

そんな仕打ちは、時に麻薬のような中毒症状を引き起こすのだ。



楽だ。

頭の中をターゲット(相手)のことでいっぱいにしやすい。

甘いアドレナリンの興奮状態を手軽に得やすい。

日本国内の体制に問題があることでも、相手自身に由来する責任問題に脳内変換して、こじつけやすい。

それを周囲に伝播させやすい。

ターゲット(相手)自身にも伝播させられないこともない。

認知の歪みを複数で共有できるいわゆる洗脳、で束縛できて、

人を束縛できることで過剰な承認欲求に快感を供給できる。これは飛べる。ハイになる。やめられない。


知的な高さがあってでも軽度当事者、の中途診断二次障害野良当事者団の私たちが、

これだけないがしろにされていても自分たちでは社会に向かってなにもできないのは、

人との関係性があるだけでももう、麻薬作用が発生してしまうからだと思う。


麻薬中毒、という実態が発生しただけでも、すべてがストップするのだ。


野良レモンがコメントもトラックバック(私はいまだにこのトラックバックがいかなるものなのか、よく把握していない。)も受け付け無しにしているのは、

野良レモンが人の話を聞けないアスペだから、だけではなく、

“相互理解”という耳障りのいい言い方が出来る 麻薬 を起動させたらいけないからなんだよ。


一般の普通の空気に合わない人間たちは、生きている自己責任を取って、しねばいいんですか?

「おれさま以外のヤツラが全員いなくなればいいんだ 」

「野良レモンはなんで生きているの〜 見せつけがましくなんか書けば許されるとか思ってるの 」

「野良レモンがあたしの人生の不幸の責任を取れ いやだれでもいいから責任取れや早く 」

みなさん、大多数は自分以外の当事者たちに攻めの矛先を向けて終わるよね。


軽度当事者は、複数で、それがどんな形であれ、どんな幸福度合いであれ、

生きているだけで、『自己正当化をしている。攻撃している。』と認知し合ってしまっていく。

それが投影。

それが作用を起動された 麻薬 。


合わせ鏡に映し合った私たちの不適応の姿、過去、記憶、二次障害、は何百時間映し合い続けても、

いつか途切れて、まったく違うものに置き換えられる約束はされない。

医療や支援が介入して初めて、そこに映るものは変わり始める。

だから待ってきた。

麻薬中毒で結束できなくても、同じ言葉を声を揃えて国に言えなくても、

リアルの現実で実際に困っていることを伝えてきた人たち片っ端から、抑えられ、無視され、黙らされても、

待って、待って、待って、待ってきた。


『普通、謝罪したら許すものなんだよね。』を正論に位置づけ、

軽度当事者たちは小さなヒエラルキーの中で関係の主導権を握った者が、癇に障った者へのハラスメントを正当化しようとした。そして議論は打ち切られた。

軽度当事者は、救われないことに慣れることを強いられる。

見棄てられ要員に認定された私たちは、国家権力に関わる人たちからだってこれからも捨て駒にされるよ。

リタリンの理不尽な停止のような虐待は、未来も形を変えて繰り返される。

『普通、謝罪したら許すものなんだよね。』は『普通、発達障害者は虐げられても謝罪されたら社会を許すものなんだよね。』に都合よく置き換えられ、未来の、支援しやすくない無数の軽度当事者たちの墓場が出来上がるだろう。

権力者たちが墓場にテヘペロゴメンネ してくるイメージが、

野良レモンには見えてしょうがない。


話を戻す。

親子が出荷するロバを引いて歩いていて、見られる人みんなの言うことを聞いたら、二人でロバの背に乗ることになって、重くて川に落ちちゃった、外国のお話がある。

たとえるなら野良レモンはそういう事態になっても、みんなの言うことを聞きたくて、

みんなの言うことを聞きたくて

みんなの言うことを聞きたくて、たまらない。

このお話を発達障害支援に当てはめるなら、親子は始めから家畜輸送専用のトラックを利用して、だれにも有無を言わせない環境で働くことが正解になる。

始めから確実な正解の環境しか受け付けない私たちは、お金が掛かる。

本来は、お金が掛かり、なおかつ、ドアのちょうつがいが変わっても自己否定を感じる危険のある私たち。

自己否定に弱く、否定アレルギーを育てられてしまいそうな勢いの今のご時世で、

これから育ってくる軽度当事者青少年たちも、自己肯定感を得られないまま世の中に出てくる。

本来は、当たり前のことをしても、鼻もち高く待ちながら、人に「適応行動をありがとうございます。とても正しい適応ですよね。自己正当化を遠慮して控えめに謙虚に徹しています。優秀です。今までに前例が無い素晴らしい模範例です。すみませんがこれからも社会適応をお願いします。すみません。すみません。ありがとうございます。」 ……ぺこぺこ頭を下げられないと、

(自分で空想してシュミレーションして作文したけど、正直ムラムラするほど理想的で魅力的な賞賛ですね〜。自分気持ち悪いっ 私が賞賛を受け付けられる人からいただける場合、という条件ですが。)

敏感に精神の均衡が崩れ始め、怒り狂うかもしれない危険な軽度当事者たち。

虚弱な否定アレルギーの若い労働者たち、一人一人も税金で、一人当たり複数の高齢者を背負って立つ時代が来るよ。背負ってね。野良レモン乗っかるからねよろしくね。




みんなの言うことを聞きたくて、

みんなの言うことを聞きたくて、

みんなの言うことを聞きたくて、たまらない野良レモン。

たまらない強迫感を、一日のかなりの時間、感じている。疲れる。

客観視すると”変”なのは分かってる。

でも、日々の現実の変わる事態に対して、聞こえなかったり、分からなくなったり、間違ったり、融通、という曖昧なものをどうしたらいいか分からなくなったり、した時は、

中途診断二次障害野良当事者団は、みんなに聞くしか道は無い。

だから、教えてもらえる人間でいるために、

もう若くもなくなっても、新人じゃなくても、頼られても応えられなくても、人の倍働けなくても、
教えてもらえて、社会で生き残る人間になるために、

みんなに『だれの言うことでも気持ち良く聞いてくれる感じのいい人間』に認識されて噂されるところまで、

不可能でも自分で努力しなければならなくなっている、と警告のつもりで、二十年近く前からネットに書いてきた。

だのに

いつなにで陥れられるか分からない危険さは、ほんとずっと変わらないよね。


生きていくためのお金は、社会にしか無い。

他からは振っても出てこない。もちろん親からも出てこない。

親が高齢の当事者はよく知っているかもしれないけれど、親は、振り振り 振ろうものなら本当に寿命が来ていなくなってしまう。

だからお金がそこにある限り、認められなくても嫌われても、中途診断二次障害野良当事者団は、こうして社会にストーキングするかのように付き纏うしか生きられなくて。

本当は感性の過敏で綺麗な一部の軽度当事者は、そんな生き方したくないのだ。

清く、正しく、美しく、秩序立った、穢れ無くピュアで崇高―っな世界に生きたいのよ

そのギャップで、病気になっていくの。

でも病気になって引き籠ったら、自己中だって責められるの。


特にネットは、親子もロバももろとも、疲弊して川に落ちるまで追い詰めたくてたまらない、

アドレナリン中毒になっている。

楽しいんだろうなあ。

なにかを引き受け、受け持った人間に、因縁をつけて自己責任を取らせて潰すゲームが。

依存のゲームに負けて働いている労働者を、川に落ちるまで潰すのはゲームなんだね。川には無数のしたいが浮かぶ未来が来るんだね。

それなら文字通り、”働いたら負け”なんだね。


そしてリアルの現実にも中毒は伝染する。〇春砲に喜ぶ読者が一定数いる限り、

取材された話はトリミングされて、刺激的な部分だけ、大きな字で拡大して拡散する。

楽しいんだろうなあ。


リアルの現実の一般の社会から、ネットの軽度当事者仲間から、リンチして制裁したがられてしまう中途診断二次障害野良当事者団

野良レモンは以前に”ルールを破る”という犯罪を犯すようにさえ望まれた。

犯罪を犯させてから罰としてリンチしたい、嗜癖依存を正当化するために。

軽度当事者は、嗜癖依存を喚起する。既存のルールを破り、他人を傷つけ、他人を騙し、自分から他人との関係性を破壊してしまいなさいと犯罪を強要された。人間社会への破壊行為をしろと脅迫された。

むかし、国家権力がリタリンと一緒に大きな病院から小さな病院まで幅広い病院で私たちを治療する権利を奪ったことで、

ゴジラが踏むように人間社会が破壊されるさまを眺めながら承認欲求が満たされる、誤った欲求は、正当化されてしまった。



ネットに『発達障害就労35歳限界説』なるものがある。

なんで限界来るのか分かりますか?

35歳まですでに、一般の普通の社会からと、共感を求めた軽度当事者仲間からリンチを受け続けるからなんですよ。

コミニュケーションしてもしてもしても、「目の前から消えてどこか架空の新天地にでも行って生き直してきなさい。」という伝達しか、目に見えるように見せてもらえない、聞こえるように聞かせてもらえない。

だからリアルの現実で具体的になに行動すればいいか分からない。

過敏や疲労の限界が35歳で沢山の当事者に来ているんでしょうね。

横のコミニュケーションが取れないから、傾向も調べられないし検証もできませんけどね。



みんなの言うことを聞きたくて聞きたくて強迫を持たなければ生きられない二次被害を被った野良レモンがいる。

追い詰めたくて、繰り出したくて繰り出したくて、噂をトリミングしたくてトリミングしたくてたまらない勢力がある。



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不満、怖さが化けるもの

2019/02/02 19:27
疲れに掛けてもらえる言葉、が、いいものがわからない。

なになら私は掛けられて素直に話を受け入れられるんだろう

軽度当事者から掛けられたい言葉と、

一般の普通の人たちから掛けられたい言葉は違う。


十年以上前から、インターネットで見ていたり、リアルの現実で言われたりした言葉で、

そこが間違えられていたりすると、気になって気になってしょうがなかった。

具体的な文は忘れても、ダメージ、ショック、感情は今でも思い出す。

それは社会で社交辞令として使われてる言葉じゃない

軽度当事者仲間に言うのは相応しいのかな

一般の普通の人から  軽度当事者へ 「ひどいこと言われてきたよね。わかる。わかるよ。でも頑張るしかないんだから……」



軽度当事者仲間から  軽度当事者へ 「社会の決まりごとに付いていけない人は回りから受け入れられません。人の言うことを素直に聞いたらどうですか。」

うーん……

教えて欲しい人からは共感や慰めばかりが返ってきて、
感情の共有をしたい人からは非難と拒絶が返ってくる。

人は用途で使い分けるものではないけれど、相手の肩書や持ってる情報に合わせて、助けを依頼したつもりでも、全然違う依頼に受け取られ、
どう違うのかもよく説明できないし、
説明したつもりでも「分かんない。」と、バッサリ言われたりする


それは普通の人じゃなくて軽度当事者に言われたい言葉なんだけど……。

気持ちはありがたいけど、当事者の地獄を知らないくせに、そんな事言って恩売って私を黙らせるのかな。

『黙れ』って言われるのと同じだよね。

当事者の人たちから認められて承認されてナビゲートされて食事とかに誘い合える日を待ってるの私。

あなたがそれをしてくれる気は無いでしょう

お手伝い会社を立ち上げて軽度当事者同士ではできない家財管理労働をしてくれるわけでもないでしょう

安い慰めで私が心から感激して従順になって黙ると思われてるのが本当は屈辱的なんですよ。

私は虐待されてもおやつ一つで大喜びする犬ですか


こんな心の声を、顔は微笑んで謙遜を言いながら、頭の中でブツクサつぶやいていた。

時には、こんな不満の心の声が溜まり過ぎて、

深夜何時間も視界を乗っ取るように、再燃し続けたこともあった。

目を開けても家の中が見えない。

これから就寝するために私がすることも見えない。順番がわからない。頭の中に映像が入らない。


違うよね。

間違ってるよね。

私は違うもの待ってるんだけど。

私がこんだけへりくだっても伝わらないのかな。まだ足りないんだ。

欲しい物いただけるまでまだ泥の中に這いつくばれって言うんだ。

言うんだ。

言うんだ。

言ってるよね。

言いたいんでしょ?

私に暗に言いたいんだ。

そんなに私が邪魔なんだ

……

溜まった不満は私の視界も思考も塞いだ。

……

でも、だれもが理解出きる正解が、世の中に出されていなかったから、私がしゃしゃり出るわけにはいかない、

歯を食い縛って、忍ぶ時を忍んで、賢くて偉い人が正解を出してくれる日を待とうと心に決めていた。

それがどうだ。

リタリン停止までオプションに付けて、国ぐるみで私たちを放置した。


もしかすると軽度当事者自身は、当事者仲間たちには『アスペの疲れ方みんなそう。野良レモンだけじゃない。疲れやすいんだからしょうがない。まだ疲れてて良し』って言われたいのかな。

一般の普通の人たちには『いいのいいの。明日でいいことだから。いや週末まで掛かっても大丈夫。帰ろう帰ろう』と言っていただければ、非常に切り上げやすい。休みやすい。

頼むから逆にはしないで欲しい。

贅沢と言われるかもしれないけれど。

人さまの想像以上に、野良レモンは混乱するのだ。


現実との妥協が嫌い。

妥協を上手にする大人の私じゃない私も嫌い。

ありのままは危険だから怖い。

妥協も嫌い。

しないのも嫌い。

どっちも嫌い。

この不満と怖さが脂肪になってるんだろうか、と時々思い悩むことがある。

私たち、思考上のストレスは、一般の普通の人達よりも過剰に処理しないと処理し切れないものね。

ちょっとやそっとじゃ時間も処理方法も全然足りないもの。残りが溜まるしかない。


それで思考中心、頭脳中心な生活をすると、太っていくのかな



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有名人で

2019/01/26 23:46
有名人で、たまに発達障害をカミングアウトしては、「悲しくないよ。」など前向きな話をする人たちがいる。

関心を持ってくれたことと、今の地位に甘んじることなくさらにオープンにしてくれたことには感謝する。

ただ、そろそろ、ハッピーエンドばかりでなく、

現在進行形で苦難の道だと、言ってくれる人もいたら嬉しい。

有名人だと、我々庶民から見れば「学歴高いんでしょ。」「有名になるキャリアを積んだら食うに困らないしね。」など、

先入観のある目で見やすい。ついつい「私たちとは違うよね。」とふくれることもできてしまう。

しかし、有名人たちが先頭に立って

「もっと早く診断されたかった。」
「若い頃から、いや子供の頃から支援や投薬を受けたかった。」
「認知と生活を矯正して人並みに結婚したかった。子供も持ちたかった。」などと

痛い未練をぼやいてくれれば、

いや、怒りを表明してくれれば、

痛々しいけれど、

どんなに私たちの代弁と、世の中に広めること、がはかどるだろうか。


今日の文、みじかっ


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