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とまれ!妖怪ゲンゴカー!

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とまれ!妖怪ゲンゴカー!
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三年くらい前、インターネットのとあるところに、ASDスペクトラム他の発達障害者や理解者、関係者のための、掲示板があった。
リアルの現実では、軽度発達障害グレーゾーンと呼ばれる人たちなどが、何千人も、ネットの海に潜伏し、そしてここにたどり着いていた。
私がおとなしく、目立たなく、慎ましく、へりくだって参加していたつもりの、発達障害当事者・関係者向けのそのコミュ場所は、もう終了した。

思い出す感情、再燃する感情、挫折感、嫌悪感……。
自分には、主体的な行動を起こしてこんな“自分”を解決する能力は無いよ。

小さな小さな、一参加者だったレモンむしぱん(旧ハンドルネーム)はブログを作った。『だって野良当事者レモンは発達障害(受動)だもん!』(旧ブログ名)

受動当事者なのに頭の中だけ、言語化が止まらない。
生活を浸食する言語化。自分を許せない感情の分析で言語化。苦しんでいるはずなのに救済をあきらめ続けることが止まらないこの国の軽度当事者たちの不可解さを言語化。

とり憑かれると生活を浸食される妖怪、それは妖怪ゲンゴカー!

H27.12月にブログ公開停止になって、ごめんなさいして復帰したよ。

【ときどき使う造語】
中途診断二次障害野良当事者団 教育支援適用済み当事者団
意味?テーマもうけて書くことにした。
気が向いて、体力思考力出たら記事で解説していきます。 (H28.1月終わりから)

トラックバック、コメントはお受けしません。すみません。
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雑談、三つ

2019/05/12 01:52
   

睡眠中の夢を見た。

「て、に、を、は」とか、接続詞とか、

そんな言葉が、自動販売機で売っていた。

非常に安いらしく、私は迷わず次々に買っていた。

椅子に座ってボタンを押していたら、

なにか突っ込みをしたかったようで、弟が私を引っくり返してきて、私は大笑いをしていた。


   




トモちゃんすごいや……

動機はどうでもいい。

野良レモンオバサン心配になってきてもう。大して歳が変わらないけど。

子供が二十歳になったらトモちゃん64か。

一時期、お酒や処方薬依存になっていた噂があるから、循環器系がちゃんと働くかも心配。

妊娠って、精神も含めて全身の身体器官を大騒ぎで巻き込んで、でも母のホルモンがなんとかしちゃって、

母体の神秘パワーがエネルギー総動員で波動砲を撃つように、9か月間頑張る大仕事。

だから35歳過ぎたらもう、相当に苦しいはず。

当人の感覚もそうだけど。母体が。

だから49歳で出産してしまったジャネットジャクソンは世界のニュースになっちゃったくらいだ。

もうもうなんもしちゃ駄目よ

お家か病院で、立ち歩かないでずっと寝てなさい




とある本を読んでいる。地方住みの私が滅多に増やさない、軽度の発達障害の本だ。

この若者……元気なワケ―モンは、20年前から私たちが見てきた軽度発達障害の流浪の歴史は全部は知らない。

支援に行き着くまでは“オレサマ”な生き方をしてきたそうだ。

18歳を過ぎてもコンサータが貰える時代、つまりごく最近の時代に支援を受けているようだ。


すごーく主体性が高い。

なんせ自分でなんとかしようとしてきたんだ。

ライフハックも、自分で考え、作り上げ、見つけてきた。

このワケ―モンと、野良レモンが違うのは、そこかもしれない。


私は、というか、多くの当事者たちは、ライフハックは「自分で考えて。」と突き放されるものではなく、

一般の普通の社会に従順にする努力のご褒美として、

考えてもらって、提案してもらって、実行したら評価してもらって、継続できるかどうかも調べていただき、
継続することの価値とはなんぞや、みたいな疑問を解決するために、山のような当事者たちの前例を提示してもらう、
そうして自己肯定感とか、承認してもらった実感とか、そんなものを長期に渡って学習させてもらい、獲得させてもらう、

……だいたいそんなイメージをして、理想としているのではないだろうか。


このワケ―モンは、その前に転職も結婚もしているもの。

主体性、ハンパ無い。



私たちは、”従順”と”依存”の区別もちゃんとは付いていないかもしれない。

だって、知らないものは知らなかったんだもの。

知らないものは、教えてもらわないと分からない。


当事者と分かった時から、私たちはそのへんは叩き込まれるように実感して来たのではないだろうか。

たとえば女性は、初潮が来た時に、なにがなんだか分からない戸惑う体験をしただろうし、

たとえば男性は、空を飛びたくなったからと言って、どこからでも飛び降りればいいってわけじゃないことを、
ヤキを入れられながら学んだかもしれない。

外で気になる美人さんを見つけたからと言って、好きなだけ側へ近づいて見つめていいわけじゃないことも、
教わって初めて分かった青少年も何人もいるのではないだろうか。

“依存”するな 自分で努力して学べ と非難したとして、売り言葉に買い言葉で「あーいいよ 学んでやるよ 」と学んだ結果、

なにをするか分からない人間を量産していいのか

失敗経験をたくさんして自分で学ぶことが大切ですよねっ という理屈で、

全国の美人さんが接近されて追い掛け回される事態になることは、決して正しくない。
書くまでも無く間違っている。


だから、主体性さえあればいいってわけではない。


この社会は、好きなだけ自己正当化をしていい楽園ではない。


“従順”に教わらないと、逮捕されることも世の中にはある。

“従順”に教わろうとしても、教え方が分からない、一般の普通の人たちや家族に、私たちは囲まれてきた。

嫌というほど、絶望をしてきた。


学べと怒られて学ぼうとしたときに、“従順”と”依存”の区別の分からなさが立ちはだかる。

ある人からは“謙虚に従順に学ばないと駄目”と責められ、

頭を下げて「教えてください。」と伝えたら“依存しやがって仕事から降ろしてやる”と、取り上げられたこともあった。

当事者は、“主体性”が悪い騒ぎを起こし、

当事者は、“従順”にする自分の信念に自分が裏切られる。

“依存”は第三者からも責められる。



しかし、主体性って素晴らしいんだよ、ということも分からなければ教わる経験が、あってもいいと思った。


昭和の有名なマンガ『どろろ』の百鬼丸は、

見えない、聞こえない、嗅げない、声帯も無い、感覚刺激から学べるものがなんも無い状態で生まれてきて、棄てられた。

親切なお医者に拾われた。

お医者は百鬼丸にお粥を与え、生かした。

やがて百鬼丸は自分で動き、お粥のある所を探し当てて、空腹を満たそうとした。

自分で決めて、自分で動いた行動だ。


野良レモンに対して、不満を晴らすターゲットたる務めを果たさない憎しみを持つ人たちがいたとしても、

こんな子が持つ主体性を、責める者は、きっとだれ一人いない。


主体性を持たざる者、そして知らない者もいるが、こんな本が書ける形で持つ者はせめて賞賛はされていいんじゃないかと考える。


野良レモンは自然な発育では主体性を持てなかった。

知的には山(知能指数分布グラフ)の頂上のへん、不注意あるけど視覚あり、聞き取り違いあるけど聴覚あり、常識的な家庭料理を日常的にいただける味覚あり、一般的な食習慣あり、睡眠リズムあり、

でも、”主体性”の障害があるのかもしれない、と思う。


ちなみに本のタイトルは書かないよ。

ワケ―モンは、決して「オレ様がヒーローだー無能どもめ、さあ崇めろ」などと書いてはいない。

ただ、目立つと、アンチ、という生物が沸いて、叩き潰すまで炎上する謎の法則は働いているようだ。

一生懸命、気を遣って、引き際をちゃんとしようとしている気配は伝わってくる。

それをジャマしちゃいけませんぜ。

だから書かないよ。

本の言いたいことが、正確に伝わるか分からなくなるもん。



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正解を出せる予定になっている努力

2019/05/12 01:11
正解を出せる努力、というものを、こうして20年近く、探してきた。

正解を出せない努力、なら一般の普通の人たちの言うことや、していることに、山のようにあったから。

それで膨大な時間を無駄に使って捨ててきたようなものだから。

あと、2〜3年で、『20年近く』は、『20年』(きっぱり)に至ってしまうな。

こんなに掛ける予定は、無かったんだぞ。

歳を取って、あらゆるところが弱った時に備えて、社会にうったえて、生きやすい社会にしておいて、

わからないことを聞いて、疑わないで、自他に怒らないで、交渉をしなくても、恥を搔かなくても、人目に悩まなくても、

困ったことが待たないですぐ解決する環境を用意して、安心してオバサンになる予定だったんだ。

そのためには昼夜を問わず脇目振らず体力にも集中力にも糸目を付けず、若い間だけの決戦で勝負を付けるつもりだった。

ただ、どこへ向かって猪(?)になって走ればいいのかだけがわからなかった。

教えてくれなかった人間、全員を、今でも忘れない。

年々、名前を忘れて行っても、顔も忘れて行っても、”気配”はまだ記憶している。



学生時代のテストには、赤点、という一線があったよね。

赤点を超えると単位をもらえないやつ。

仮に60点だとする。(私の学校はもっと低かった  )

70点、80点、90点、そして100点になってから、しかるべき報酬や賞賛が得られる順番が、

今でも私の理解の理想だし、疲れない順番だと思ってる。

しかし、現実は、ものによってはいつまでも60点だし、

思い付きで勢いでしたことが100点をいただいたり、

点を上げて行ったつもりが、全部無かったことにされたり、

努力の段階無くても100点を確実にはずさないで取れる人たちが、私の目の前で評価されたりする。

私が得点の階段を上る価値さえも無い、つまりここから消えていなくなれと言われたら私は、

ASDの本能的反射的衝動で「はい」と言いたくて、言いたくて、言いたくてたまらないのだ。

言わない自分に罪悪感とか、不潔さとか、気持ち悪さを感じる。今でも感じる。


と考えていたら、こんなページを見つけた。受動型について、つねづね私が想像していた通りのことが言語化されてたよ。

ありがとう。ありがとう。


私たちが叱責されるあるあるの言葉として、「しねと言われたらしぬのか?」という言葉がある。

しなないけど。

本能的反射的衝動に従わないこと、罪悪感、不潔さ、気持ち悪さを耐えて、耐えて、耐えるのに、

他人の想像以上に、私はものすごいエネルギーを使う。


実際に、歴史のむかしのむかしは、教育をたくさん受けた人たちは、”恥をかかされた”と自他ともにだれもが感じる曲面に立たされたら、しのうとしたんだよね〜。

武士道を構成する、重要な意識の一つであった。

”たしなみ”を全うして、一族のメンツを保ち、一族に詫びて、一族の覚悟の程度を世間様に示そうとする文化だった。

尊敬に値する人たちであると思っている。

だから命が掛かった人さまのプライドや評判をオモチャにしようとする人間はちゃんと罰されていくモラルや、風潮が自然に一般の普通の人たちの社会にあったと理解しているけれど。

日本人の中でも、教養が深いとか責任感やこだわりの強い人たちの中に、昭和まで自然に湧く感情になっていたことは、

教養が無いこんな野良レモンにも知識として伝わっているくらい、この国に浸透してきた。

一般の普通の人たち側の中に、侍も、大和撫子も、たくさんいた。

すごいよね。むかしのむかしに野良レモンが生まれていたとしても、絶対適応できないよ。


ネットで接する二次障害強めの軽度当事者たちの一部は、そんな学の無い野良レモンの発想や美学めいたものを感じ取ると、さっそくじさつに追い込むゲームがしたくてしたくて今でもゾクゾクしてるんだろう。




特定の他人に依存して崇拝して服従することは、危険行為だからしたくない。

支援や医療のプロはお金さえ払えば、私がASDスペクトラムであることを肯定して、

自己破壊行動へ追い込むことはもちろん、他人が私に危害を加えることも、断じて許さない姿勢を取るだろう。

軽度当事者は、過剰さを感じる感覚が不足している場合がある。

一般の普通の周囲の人たちでは手に負えないトラブル炎上があるかもしれないから、対応に外部発注、外注する先があるのなら、私はそうしていいと考えますけどね。

本来、肯定してくれる人間関係に囲まれて生きたら安定して正気を保っていられるはずなんですよ。

でも、私もそうしてくれるに値する人間になるように努力する義務付き、ですけどね。


だから、義務を意識しますから、

どこが努力の合格点なのか、示されたいよ……。

60点、70点、80点、90点、100点……目印が欲しい。

酸素飽和濃度86パーセントでも、発熱してないくせに、自分が病院へ行く資格、とか、

休むよう強制されてないのに、とか、命令されてないのに、とか、そういう意識の引っ掛かりが多すぎて、

酸素無いのに、後でこんなに引きずるのに、現実は私が引っ掛かりに負けてしまう。

私の実力は、ゆるい。もし私が躁状態になって大量の用事を片付けても、一般の普通の結果を出しただけ、どうでもいいこと、と解釈されるぐらい、私の実行能力は、ゆるい。

だから私の評価は、私の能力に対しては正確に出ない。

だから普段から私は油断しない。善良な人が私を評価しようとしても、私は低評価を出されることを覚悟して身構える。だから私は、病休は権利だと知っていても、屈辱を感じることもある。


もしも職場に100人の同僚がいたら、

一人残らず全員
から野良レモンは、好感度を高く持たれて、好かれて、性格良く思われて、

雑談を話しかけてもらえて、ご飯に誘ってもらえるくらい、努力をできているのかな?

退職したり転勤した人たちにも、一人残らず好かれているかな

この難問をクリアしないと努力不足 駄目と、

20年近く前から、二次障害ASD/ADHD893集団当事者組に、呪いを掛けられてきた。

過去も、今も、未来も、ずっと100点を取り続けなさい

一人残らず全員に100点をもらいなさい

一日残らず全部、100点取りなさい

それ以外は認めてやらない
 

どうせ野良レモンになんか出来ないくせに 〇ーカ






ねえ私を全否定する根拠も、クビにする根拠も、私は自分で作ってるのかな

私が悪いのかな


ほーら、私は戸惑いの引っ掛かりに、負けるんだよ


呪いに逆らえないから、


だれも逆らわせてくれないから、逆らい方を教えてくれないから、


自業自得って見られて、思われる結果を背負わされるんだよ。ごめんなさい……


社会へ過適応して、過剰な協調性にこだわって、病的で、いい子でしょう ね


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規則正しい生活、怖くなったよ

2019/05/12 00:34
社会には出たくない、でも寂しい、という思いを持つ軽度当事者はたくさんいる。

なにを求めるんだろう。

基本、自分のしたくないことはしない、考えたくないことも考えない、書きたくないことも書かない特性。

脳内思考代行機能という造語を思いついた。



右脳と左脳の連携が少なくて鈍いかもしれないと、頭のいい人たちに噂されている私たちASD。

でもそんな話、ネットの片隅にたまに出くわすぐらいなのでソースなんて面倒くさくて取っておいてない。

その程度の憶測だ。

右脳と左脳の間に、連絡通路が一般の普通の人たちよりも、私たちは少ないらしいね。

だから融通も利かないし、一つの思想やイメージにこだわりやすい。

その一つを取られると、選択肢を作って示してもらわないと、なんにも替わりは出てこない。なにも思考が無くなってしまう。

だから、私たちは右脳と左脳の連絡通路を開拓するため、他人様の思考も、理屈も、たくさん見聞きして吸収する必要がある。

しかし、野良レモンのようにネットで吸収をしていると、お〇カさんにしかならない。

ネットの無かった時代に、権力者や世間や知識人をあっと言わせた、古典や、文学や、芸術も勉強しておくと、絶対いいんだと思う。

某世界的アーティストも言っていた。なんでも聞いておきなさい。その断片が記憶に残って、自分のものとして出てくるから、みたいな話だったと思う。


さて、私たちASDは、ネット、社会、私生活で人間関係を求め、そもそもなにがしたいんだろう、と、ふと考えさせられた。

ネットの、カサンドラな人たちなどが、書いているのだ。

「絶対一人になりたい時がくるのに、一人じゃないと回復できないくらいパニックになるのに、なんで恋愛を求めるんだ

よくあるあるの可哀想な話だ。

24時間、人の気配、人に気遣わなければならない気配に囲まれていると、自閉は耐えられないくらいバランスを崩すことがある。

言語化できる当事者が、文にして書くのを読ませてもらうと、ほんと痛々しい。



ではなぜ私たち軽度当事者は、人間関係を求めるのか

これは私にとっても謎だ。

で、私が思い当たったのが、処理が遅れて溜まっているデータを、処理するための解析能力が欲しいのではないだろうかと。

脳内思考代行機能を、他人とのおしゃべりに求めたいのではないだろうかと。

ネットを見ると、ASD軽度当事者と話せば、不安定になる軽度当事者がいるそうだ。

解析能力が入っていないASD当事者に当たってしまって、アレルギー反応が出たから、と解釈すると、筋道が通る気がする。

支援職員と話すと楽になるらしい。

い い な あ。




楽になるおしゃべり、は、つまり、依存されないようにプロのコントロールをされ、プライベートゾーンにも配慮された、

自動的に尊厳を守ってくれる、自分に都合のいいおしゃべり、ということであろう、と想像する。

それなら、野良レモンなら都合のいいおしゃべりをしてくれる人をお手本にして、自分もそういうソフトを使えるように、会話を記憶して、思い返して、機能をコピーしようとするだろうな。

だって、コピーして取り込んで覚えたら、評価されそうでしょ 好感度増えそうでしょ

でも、取り込みもすることなく、都合の良い、気分が良いおしゃべりに、依存して、

独占する夢を見る者は、恋愛にも理想の保護を求めるのかもしらんね。

独占、したいものかもね。だれに打ち切られることも無く、譲ったり順番を待つことも無い。

快適な面はあるのかもね。恋愛から結婚を目指すASDは世界でも少なくないらしい。



都合以前に、“寂しい”人たちも多いらしい。

ここがたまに不思議であるけれど、いやいや……ASD/ADHDの理解力に適したおしゃべりができるお相手じゃないと、

ただの連絡事項も通じ合わないでしょう。『日本語が通じるかどうか』の不便な世界に私たちは住んでいる。

それでも「今日こそはわたしが解る言葉を言ってくれるかな。」「今日こそは。」「今日こそは」「きっと今日こそは。」と根気強く、泣きそうになりながら、待っているのかな。

それ、心の健康にヤバい気がする。

視聴覚障害の人たちが、「今日こそは待っていたら道案内をしてくれるのかな。」とか「今日こそは待っていたら、声で呼ばないで肩を触って呼んでくれるのかな。」と、泣きそうになりながら待っているとしたら、かなり異常な話だ。

じゃあ私たちはどうしたらいいのか。なにが世間に知らされればいいのか。は、

もっと早くまとめられて知らされる必要もあったのに、薬問題に目がくらんだ人も多過ぎて、
遅れ過ぎてしまった。


自分を棄てていなくなることのない、束縛しておける支援が欲しい、という表現なら多くの人々に伝わるかもしれないね。

古来の昔、人権が男性優位だった時代は、男性が普通にこれを女性に望んでいたじゃんね。

ただし、今は令和になりましたが。

視聴覚障害の人たちは、たぶんそんな自己都合丸出しな発想はしていないんじゃないかと思う。

特別支援学校で、”対等”や、”自他の区別”をきちんと基礎として習ってきているはずだから。

自分の介助も子育ても親の介護もなんでもかんでもお相手におんぶに抱っこするためのお相手、ではなくて、

分散することを、支援者と相談しながらちゃんと考えるもんだと思う。


たしかに私たちに、視聴覚障害ほど物理的な介助は不要でしょうよ。


軽度発達障害は、フラッシュバックと自己評価の低さと実行機能の低さと言語コミュニケーション力の不足による人間関係における”失礼”と時間経過によって現実問題のなにがどう展開するかの把握能力が不足していることの介助、などが、必要でしょうねえ。

ブラス、子育ても親の介護も

だれもするわけないじゃん。

だから分散するために外注する先を、国で作ってって、20年近く言ってきたじゃんよ。



突き詰めると、

お相手の疲労を想像する想像力が欠如しているか、不足しているがゆえに、

パクパク食べればいいだけのサプリメントや薬のように手軽で、しかも効いてくれる、

有機物の薬剤
が欲しいだけなんじゃないかという気がする。

前記事でも触れたけど、人間は人間である。

なので、

サプリメントや薬として使うことが正当化されるような関係や、カーストの人たちが存在する場所があるなら、

私たちはそんな場所と関わり合いを持つことだって、やめる意志を持ちたい。


お相手の話すことも、書いてくれることも、見せてくれるものも、実家の事情や、人生で学んできた物や、人生設計、夢なんかも、
もしかするとどれもこれも興味無いし知りたくも聞きたくも無いってやつなのかな。

ずっと「可愛い」「可愛い」「可愛い」「可愛い」を繰り返す、人間薬剤やオンオフスイッチ付きのロボットを独占することが理想の幸せなのかな

過去にやましいことが無ければ普通にしゃべれませんか
しゃべってこなかったら逆に不自然さを私は感じそうですけどねぇ
長い話で、理解が脳の負担になるなら、メールに書いてもらったり、紙に書き出したり、工夫はあると考えますけどねぇ
お返しに自分もしゃべるのがフェアなんでしょうねぇ。
それが嫌なのかしら
辛いことは無理してしゃべらなくてもいい気がするし、しゃべれることから、嘘の無いようにしゃべればいいんじゃない
全部しゃべらないとフェアにならないって価値観もあるから、信頼関係を作って時間を掛けて、しゃべれるようになったらしゃべる、でいいと考えますけどねぇ。



私たちが、基礎を学ぶ場所がどこにも無いから、大いに遅れを取っているんだと思う。

遅れを取っていて、もう遅れが取り戻せないほど過剰な状態なら、

無理なものは無理なんじゃないかと、野良レモンは自己収束するしか無かったですけどね。



あのコンカツの会社の偉い怖いお姉さんのお説教にある通り、

一度、結婚のレールに乗ってしまうと、労働力、として当てにされる可能性が高まる。

ある日、自分より先に、相手がパタッ と倒れてしまったら。

舅姑がパタッと具合悪くなってしまったら。

イチャラブ二人のウイ(自分たち)ペース生活は、終わりを迎えるよ。

お相手の健康問題を心配して、なんの薬を処方されてるか知っていなければならないとか、

お弁当を作らなければならない必要が出てくるかもしれない。




野良レモンは、この間、三月末から、ブラックの沼にはまり、私なりに最善と思える規則正しい生活をした。

食べ物も偏らないようにした。必要な日には見栄えの悪い弁当も持った。

口内炎の気配が出てくれば、ビタミンミネラルサプリメントも探し出して摂っていた。

あらゆる片づけを後回しにして、休養して自衛した。

しかし、坂道を転がるように、身体は悪化した。

規則正しい生活、今は怖くなってる。

規則正しい、早起きもする生活は、私を自分が思うよりも、蝕んでしまうようだ。


夜空の下でも当然寝たいが、時々、太陽が昇ってからもまだ寝ないと、

私の体力は黒字決裁ができない。

「そこを意志の力で乗り越えて」とか
「みんなも寝たい寝たいって思ってるんたよでも我慢して働いているのが当たり前なんだよ」とか、
「まわりの人たちに迷惑掛けていることを自分で分かっているくせにどうして誠意で努力して挽回しようとしないの」とか威圧されたって、

身体の構造が絶対違うんだよ。

ネットは事情を分かってきている内輪しかアクセスしないことが多い。

テレビ様はスポンサーの理想の社会作りの実績に関係ないものはどうでもいいから切り捨てたり、どうでもいい広め方をする。

いつどこがちゃんと広めてくれるの

今日

明日

あさって



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頑張った代償

2019/04/29 00:17
お仕事に支障をきたすような疾患は、前記事までの文どおり、乗り越えたよ。

その二次的疾患?として、身体のとある場所に、とうとう炎症が起きた。

これが、ジャパニーズサラリーマンの運命さ。

ゴールデンウイーク突入時に、病人になる。



病院はやはり混みあって、混みあって。

だ か ら

先週一回行った。

閉まってた。

 

ずっとずっと前は、〇曜日の午後は開業していたんじゃなかったでしたっけ

だから今回は、電話入れて確認して行きましたよそりゃ。

普通の、普通の、常識的なこと、しましたよ。

一本の電話も、HSP/HSSなどの可能性がある過敏なASDには、決してお手軽ではない手間だと思うんですけどね。


でも仕方がない。


……仕方がない。




全国の軽度当事者たちは、

支援を受けられない圏内にいるグレーゾーンの人たちは、

みなさんどうしているんだろ。

想像してもしょうがない。


仮にだれかが他意なくSNSで集めようものなら、

「リア充が羨ましいなら自分が頑張れ。自業自得だ」の非難、批判、
(だれも羨ましがってない)

事情があって連休中も働かなくてはならない人、手が掛かる時期の子育てをしている人、

介護している人、だれかにお出掛けをせがまれているのに片付けられなくてパニックの人、

だれかに誘って欲しいのに声が掛からなくて自分で動けなくてネットゲームの人、

集まれば集まるほど、

喧嘩の火種にしかならない、

痛々しい話ばかりしか、どうせ集まらないんだろう。

気持ちが前向きになる、参考になる計画の立て方とか、

どうせそんなのはいつまで待ってもお目に掛かれないんだろう。

これがこの国の当事者たちの実態だ。



満たされなくて、当たり前で、

基礎体力が弱くても、労働者は、頑張らされて、当たり前で、

報われなくて、当たり前で、

老化しても当たり前だけど、70歳までなんとなく放置されても当たり前で、

一般の普通のリア充の高齢者たちが元気に70歳越えして働いていたら、

私たちも将来なんとなく引け目を感じなくちゃならなくなって、肩身が狭くても当たり前で、

一般の普通の人たちの物差しで測られて、当たり前で、

陽キャ(最近のネット用語で、陽気で社交性のあるキャラという意味らしいですよ。)の軽度当事者も、落ちこぼれた軽度当事者を見えない者として、視界に入れなくて、当たり前になってきて、

ないがしろにされても社会の空気から威圧が掛かる。すみません、と自主的に思うように、謙虚も強制されて、

当たり前に。


どれも、これも、それも、

ジャパニーズサラリーマンして、労働して、そこそこ食べていけるサラリーはもらえているから、

保険証をもらえているから、

その代償だと言われれば、

今の私たちは、

黙るしか無くなる。


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テレビ様が触らないリアルの現場の私たち

2019/04/21 22:38
体調を壊すきっかけになったブラックの沼にはまった時期、

しかし、ちょうど偶然に、酸素飽和濃度測定器、なるものにさわれたんだ。

なんでだろう。まあいいや。

こんなチャンス、無い。

気管までやられた時を測ったことは無いので、好奇心で機械を指にはさんでみる。

86パーセントだった。

酸素くれ

酸素不足の環境にまで過適応する予定は人生に無い。

に潜るあまちゃんになる気も無い。海の幸が食べたかったら、ささやかな蓄えからお金を出して買うぞ。

イオンの養殖物も美味しそうなら喜んで買う。

おそらく同僚に音が漏れ伝わっている、気管支の喘鳴。みんなごめん。

順番にやっても、順位付けしてやっても、業務が片付かないよ。のろのろ慎重にしないとミスするよ。

強い市販薬の副作用で、注意力もいつもに輪を掛けて〇カだよ。



軽度発達障害のお詫びに、謙虚に控えめに奥ゆかしくお気遣いをして遠慮して従順に清楚に、働こうとすると、

自己顕示欲の充足を求める欲張り、傲慢だと評価されることがある。

しかし、休まないで従順に働く結果として、同僚と会話もほとんどできず、

喘鳴(ぜーぜー自動的に鳴るやつね。)を(遠慮がちのつもりだけど)撒き散らしながら働くさまは、仕事の優先順位を管理もできない、どんくさい、

戦力外のお荷物であると過去に私は評価を受けてきている。忘れない。


酸素くれ と望みたい。

しかし顕示欲を持っていることが、場の空気の前提になっているなら、お詫びを先にしなくちゃいけない。

誠意を先に見せなくちゃいけない。

二次障害893集団あすぺ組からも、強迫されてきた項目だ。
へりくだれなければ、リアルの近くで私を見ているわけでも無いのに、嫌われて、レスが止まり、距離を置かれてきた。

誠意を見せる努力をしないと、一般の普通の人たちの"気分"は悪くなり、雇用をつなぐ最後の頼みの綱、

『好感度』がピンチに陥るのだ。

20年近く前から、ネットには書かれてきた。

やり遂げるまで努力して達成感を追い求める軽度当事者が、醜いとか、

遅れた仕事は勤務時間前に出勤して遅れを取り戻すのが大好きだとか。

個人の体力が許す状態で、かつ周囲から先に承認されていないと成立しない適応方法ばかりが並べられて、

ものの構成を考えて読み取る力、どころか、漠然とした焦燥感ばかりを煽られて、煽られると私は従順に病んできた。

だから働き続けられなくなったら生死にかかわるから私は、好感度を集め続ける鬼女に堕ちたというのに




人間社会の基本『ギブアンドテイク』をしていたら、

現実に私、しんじゃうのかな と、本気で思いそうになっていた。つまり弱気になっていた。

与えると、もらう。

もらうものをぬくぬくもらい続けながら、

「返すつもり。今度返すつもり、たぶん返すつもり。きっと返すつもり。えーと、たぶんそのうち返すつもりてへぺろ

などと、返すつもり詐欺を働くくらい、実行をさぼらないとならないのかな。身体が悪化するから。

それでもアスペ思考は、筋だけは通さないとならない。身体が悪化するから。

どうするよこの矛盾。


もっと本能に迫るなら模範的優等生以外の生き物にはなりたくない。本能に深層で罰される。身体が悪化するから。

それでも、「私できていない。投げ出している。こんなのいけない。」などと自覚しない。へりくだると悪化するから。

一般の普通の社会のだれもがつらい修羅場からあからさまに逃げ出しながら、いっぽうで「私はご恩を忘れないのよ。当たり前じゃないのよ。私はヘマをするわけないじゃない。」と上から目線で優等生的な空想だけしていないと、

私、本当に生きられなくなるのかな、と思うところだった。


上から目線で筋の通った空想だけをもくもくと喰い続け、なあんも立ち上がって動くことをしないで、

サラリーも福利厚生も模範的優等生的な世間体ももらえたら、私たちアスペはやっと迷わず生きて行けるのかな。

でも社会で共有できるくらい大勢の当事者がそうなったら、

中でもものすごく多くの当事者が、ネットゲームとか、ボーダーラインにアタックして承認欲求を満たすゲームとか、無限の嗜癖依存で中毒になって、人間として機能停止するんだろうな。


社会的責任を果たして働いて悪化して機能停止か、

嗜癖依存で悪化して機能停止か、

極端から極端にしか、行けない。


私が働きさえすれば、相談に乗ってくれ、私に冷たくしないでかかわってくれる人たちにガマンさせ、ガマンさせ、ガマンさせ、ガマンさせたその次にも、

身体は治ってこない。

手持ちの薬、過去に処方された残り、使い慣れた市販薬、駆使しても、

次は治ってくる番でなければならないのに、治ってこない。


テレビ様のお金持ちのスポンサーの、気に入る生き方ができない懲罰が、私たちに下される。



受けた仕事は果たしたいし、酸素が欲しい。休まないと回復しない。

問題はそこなんだけどな。

口先だけで偉そうなことをしゃべっても、構ってもらって、ご機嫌取られて、甘やかされて、評価されて暮らしたいとか、そういう点じゃあないんだけどな。

私たちが問題を抱えると、どうして果てしなく広がるんだろうな。


言いたい。

人間が人間を、都合のいいサプリのように使いたいのなら、それが裕福な人の順に、正当化されるのなら、

私たちは誇り高く、満たされるのをやめてしまおう。




ギグニュース

そんなニュースもあったね。

ひどいよね。

思った通り、ネットには嘘と煽りが溢れていた。

男児を生まないから皇室のだれがだれにうとまれていたとか、まともに読んでいないけど見かけたことはある。嘘決定だ

これがまかりとおるなら、

野良レモンていう当事者はこういう噂があるとか、噂が立つような人間ならきっとこういうことに卑しいとか、がめついとか、さもしいとか、

アドレナリンが沸いて投影が攻撃し出す、一部の軽度当事者たちが、書き始めるかもしれないね。

そんな空想ファンタジーをネットの日陰に湧かせることは可能かもしれないね。

だって、空想なんて無限だもの。


自身が、療育を受けられなかったがために生き方を間違いながらも生きて存在してきたことを、

個人的に正当化してあげて、二次障害の精神疾患から回復するまで寛解させてあげる責任を取ってあげる役割なのは、

あくまで側でかかわり合いになってきた大人たちと、医療や福祉のプロたち、ではないかと野良レモンは考える。

どうせ都会にしか無い、いわゆるボランティアや、NPOなどで運営されている当事者会、自助会、ピアグループは、

「足りないですよ 個人の尊厳の回復と、二次障害を治療する医療の場がまだまだ足りないですよ 」などと、

私たちの理不尽や不利益を、声を大にして言い続ける代弁者をするのであって、

個人の二次障害や怨み、つらみを受け付ける役とは少し違うと考える。受け付けるよりも、共感したうえで、集約する、集めるのが適しているのではないかと考える。

十年以上前、むかしのネットのコミュニティにいた人たちは、全力で自分が受け止めて、個人の問題を解決してあげようとする姿勢の人が多かった。

これも寝ないで興奮して集まれる、集団ヒステリーのなせるわざだったのかもしれない。

だから、ネットの優しい人個人よりも、社会に攻め入りたい野良レモンは、しだいに委縮して行って、遠慮をせずにはいられなくなっていった。
反動のように、不満だけは日々溜まる一方だった。

そんな自分の精神状態を、どう書き表していいかもわからなくて、言語化を訓練して鍛えてくれる先生にできる人がいないかも探し続けてきた。

こんな不満の声、を拾える力のある当事者会や組織があるのかどうかも地方の野良レモンにとっては怪しくて、イメージの中では都市伝説化してしまいましたけどね。



話を戻す。

しかし、「保育園落ちたにほんしね」はあれほど日本を騒がせた。

すげーなーと思っていた。


ネットを嘘だと決めつけ、近寄らない、接続しない手もあるが、

それも、国内になにも呼び掛けられないし、なにが動いているかもだれが困っているかも、なにもわからなくなりそう。



テレビの内容を決める者が、この世のどこかにいる。

どこかでお金を出している、お金持ちのだれかさんに、都合のいい社会を作るように、

テレビ様は命令されていて、テレビ様を見る私たちも、そそのかされている。

スポンサー企業の好感度を下げる内容が絶対に入ってはいけない

だから、軽度発達障害も未だに「共感力が無いんですね 片付けられないんですね 心配ですね 」で議論は終わってしまう。


現場の軽度当事者たちはリタリン騒動を経験してとっくに次の段階へ行って悩んでいて、

当事者会や自助会で悩みを話し合って、「前へ進めるといいですねっ 」とお互いに願われて、待たれて、

もとっくに経由していて、

でも内容が結局、自己紹介に終わって、自己紹介は一時的な興奮を呼ぶけれど、自己努力だけじゃ解決しない不適応なのに、

世の中側がまだなんにも変わってくれていないことにも、

”みんなの飽きが来る”壁に当たって自然消滅、解散してしまうことにも、

なんにも掘り出されていない。


ネットで見る限りだけど、現場はもっと掘り下げられていると野良レモンは感じる。

掘り下げられても掘りっぱなし、言いっ放し、喧嘩しっぱなし、忘れっぱなし、で表面上は修羅場していないだけで。


みんなで結束をあたかもしたかのような、集合をした興奮は一時的な興奮剤になって終わりなことがわかってきているし、

集団で協調、協働すると、その中でも変わったコンタクトを取ってくる者は、プロが介入して指導しない限り、周囲を不安にして、集団ヒステリーを起こすし、生産性を破壊する。

本を読んだり、ネットで勉強したりして、当事者個人のコミニュケーション表現の不自然なところをいくら抑圧しても、

愛着の未発達、未経験な不足をいくら隠して、技術で見せないようにしたとしても、

思春期や、保護者からの自立後など、自分の自我が試される場面になると、

ダムの放出のように精神疾患や異常な言動になって出てくるしかない
ことも、

私がここで書くまでも無く、

多くの、リアルの現場の軽度当事者たちが解っていると、野良レモンは察している。


でも、どこのテレビも吸い上げて調べ上げてくれないし、集約も、報道もしてくれない。する気無い。


それが、この国の、私たちに対する思惑の正体な気がしてならない。


いつまでも、救われそうな予感だけして、期待だけして票は入れて、勘違いしながら問題は起こさないで黙っていろ、それがお前たちの能力の限界だと、暗に言われている気がしてならないんだよ。


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春だ!うららだ!呼吸器疾患だ!

2019/04/21 21:46
書き散らかされた下書きが、収集つかない。

もっと回復すれば、できなくもないんだけどな。



もうしばらく前になってしまったけど、テレビで発達障害の特集がされたね。

とりあえずありがとう。

しないよりはずっといい。しなければ時代の逆戻りにしかならない。

初心者にはわかりやすい。テレビっていつもそう作ってある。初心者に優しい。

なんだけど、

私はこのとおりだったので、ちゃんとは見てない。

おもに休日に更新してるはずのこのブログだって、手を付けられない体だったという自己都合があったので。

でも想像は付く。

こうして発達障害のことが20年広まってきて、助かる人が多くいる一方で、どんな不都合も起こってきているか

テレビは扱わない。

妄想は、波及する。

社会不適合者と混同される発達障害。

犯罪予備軍と混同される発達障害。

狡猾なエゴイストと混同される発達障害。

処理はネットに任される。統率者もいないのに。リアルの現場で当事者がこうむる迷惑は、だれも興味も持たない都市伝説になる。



テレビの役割、は少し勉強してる。

ともかくも、ユーチューブがいっぱい流しているからね。

テレビがルールとして、時に忖度してでも、守っていること。

模倣犯愉快犯などの犯罪を抑制することと、視聴者の目を引くことと、スポンサーイメージを良くすること

つ ま り

良いイメージのルールの宝庫、テレビ様の外の世界では、なにをやっても縛りが無い創造性が試されてきている。

テレビ様に、深い共感力、無いもんね。

共感される創造、もうできないでしょ。



私が働きさえすれば、相談に乗ってくれ、私に冷たくしないでかかわってくれる人たちに

不注意特性をガマンさせ、ガマンさせ、ガマンさせ、ガマンさせたその次にも、

軽度発達障害は治ってはこない。

手持ちの薬、過去に処方された残り、使い慣れた市販薬、駆使しても、

場の空気でいうと、次は治ってくる番でなければならないのに、待っても待っても待っても、治ってこない。

テレビのお金持ちのスポンサーの、気に入る生き方ができない懲罰が、私たちに下される。

テレビは、民放はスポンサーの企業イメージを上げることと引き換えに、お金を受け取って番組作りをする。

NHKは、政府の求める国民像へ向かって視聴者を誘導することと引き換えに、番組作りを許可される。


リアルの現実の現場に生きる私の、勤務外の時間は、

いつまでも回復しない不調、

あるべきものをあるべきところにまとめる家事、

軽度当事者としてどうしてもどうしても出てくる、果てしない残った雑務、が我先に争うように、

時間の取り合いをする。

ワーキングメモリの取り合いをする。

尽きた私は、人さまから見たら、この上なく怠け者で、憎たらしい、裏切り者に見える。




聞いた話だけど、呼吸器系の病院にきちんと掛かると、

二週に一回定期検査に行かなきゃならない。

ご近所3分じゃないんですか

が降っても行ける距離じゃないんですか

働くなと言われてるようじゃないですか


風邪とセットで、アレルギーが強まって、私は呼吸器を壊していた。

初めてじゃあ、ないよ。


ぜんそくに必要な休暇は、経験から理想は約1週間。

レントゲンに炎症は映らないことがあるけれど、

点滴で一時的に呼吸を確保して、吸入薬と一緒に大抵は数種類の飲み薬を出される。大抵は、ね。

レントゲンに異常が映らなければ、次はなにをどうしていいかわからないお医者も、普通に何人もいるよ。

ちなみに炎症が映るのは、肺炎。


私はもらったことが無いが、肌に貼って気管支に作用するテープもある。

肺の中から、ゴンゴン と連発の咳と共に、タンが出てくる。だから、このざまを見られたら患者が恥ずかしく思う人には、見舞いは遠慮して欲しい。

のたうって苦しんでるから、腹に力が入るからお手洗いも近い。鼻水も大量に出る。

でも眠れない。疲労も溜まる。わずかに寝れても悪夢見る。

身体が横になると肺が潰れて、いわゆるむせる形になって、結果、吐きたくないのに嘔吐する可能性もある。

横になることを厳しく急かさないでもらいたい。寝たい時に寝る。当人だって充分寝たいのだ。

気管の腫れを除くのに欠かせないのが水分。差し入れには水分。炭酸じゃない、一般的な飲みやすいやつ。

心ある人は、差し入れをぜんそく患者に押し付けたら、速やかに帰っていただけると嬉しい。

「わたしが機を織っているあいだは、決してこの襖を開けないでくださいませ。」のあいだは、成人としてお見せしたくない、少なくとも自分では見苦しいと思っているざまになってるんですってば。

もしもぜんそくの人が入院になって、点滴をぶら下げられていたら、呼吸は中途半端に確保されていても、頭が暇。

差し入れする心優しい人がいたら、水分の他にコンビニで売られている易しい安いマンガ雑誌もあったら嬉しい。

気管支拡張剤は、神経がざわざわするから、難しいことを考えづらい。

だから易しい単純なマンガで良い。

ぜんそく治療の面倒くさいところは、この副作用の神経のざわざわ。思考もものすごく忘れやすくなる。私、まだある。指先使う事させたら震えますぜ。

昭和の昔は、子どもはどこで休みを打ち切って登校させられるか、自分の根性と向き合って決めさせられた。

今はお勧めしない。

登校しただけで、『元気になった』と勝手に脳内解釈されるクラスメイトや先生に囲まれて、プライドが傷付かずに授業は受けてこられないだろう。

学校で生徒会などなにか役職がある者は、業務連絡もうまくいかないだろう。

いつ、無理が効くほど完全回復するか、確約できないからだ。

夜間に一時的に炎症による酸素不足が再発するかもしれない。

そんな裏事情を汲み取れない人たちは、当人を怠け者、裏切り者の目で見るかもしれない。

気が利く人がいれば、「まだ無理しないでね。放課後も出来そうになったら出てくる、で大丈夫だから。わたしたちで進めておくから。」と、柔軟に助ける意志があることを言葉で伝えられるだろうが、

そんな優秀な言葉を知っている若者は、ちゃんと一から育てなければ、これからももっと希少価値の生物になっていくだろうな。

つまりそれだけ気が利いてくれて察してくれる人には出会いづらい、当てにできないんだ、と野良レモンは、一般の普通の社会には不信を持っている。

朝、昼、夜間とも、炎症が再発せず、24時間呼吸が保てるようになれば、数種類の薬は副作用の方がきつくなっていく。手足が震える。ひどいと視界も震える。

それでも出された日にち分、服用するのが正しいんだろうが、野良レモンはきつかった。

次は、薬が抜けていく番になるんだが、神経を興奮させた成分がごそっと抜けてしまうと、想像つくだろうが、脱力が起きる。

また物が考えられなくなる。

野良レモンは登校も出勤もしてきたが、軽度当事者は副作用で不安定になりやすいので、ここも休むことを勧めたい。

そうなると、お仕事場にとっては、熱も無くて食欲もあるくせにそんなんならもう戦力外だ、と、はじく対象になっていき、

社会的信用度が危険になる事態になる。

そのへんの回復具合に、個人差があるから、病院でも扱いづらいのかもしれない。

夜間じゃなくて昼間、酸素飽和濃度を測っても、こういう時は回復している場合が多いから。
(だったら市販の酸素飽和濃度測定器を買うようにお医者から勧めて、夜間の苦しい時に測らせて、記録させてくればいいのに)

今までの人生で診ていただいたお医者の先生たちに、副作用のきつさを私から話を振ってうったえ、同意を求めたが、同意で返ってきたお医者はほんのわずかだった。

だったら休んで早く治しましょう、と暗に言いたいんだろうと思った。でも説得、足りない。

逆に私からの発言を待ったり、黙り返したり、切り上げたり、逸らしたりされてきた。足りない。

特に軽度当事者は社会的信用度合いが低い。日ごろからすでに戦力外圏内なのに、症状が始まると休まざるを得なくなる。

なら辞めるのか

ぜんそくごときで辞めた労働者みんなが、帰れて生計が立って暮らせる実家なんて都合よく存在するのか

私にはもう存在しないぞ

実家はあるが、都合が良くないぞ


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まあだだよ

2019/04/13 23:56
まともに書けない週が三週目になって、

"これはいよいよ野良レモンも精神崩壊の仲間入りか"

"○○失調症か うつか 躁鬱か やっぱり鬱か ヒステリーか パニ〇ク障害か"

などと、ワクワク、ゾクゾクした人がいたかもしらんね。

残念でした。

残 念 で し た 

弱っているのは、内臓だ。

ごめんよ。


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