ログインパスワードが入ってから

すべての軽度当事者には該当しない話だと思うけど、

『発達障害』の診断を告知されることで、解け始める謎がある。

『発達障害』の言葉を知ったり、自覚を持つまでに、積み重なる『謎』というものが私にはあって、

『発達障害』というキーワードが分かり、内容を知っていくにつれ、

自分が特殊な生き物だということをだんだん認識していった。すると、

他者の、一般の普通の感覚や、感情の存在もとても認識しやすくなった。

一般の普通の他者たちには、自分には手の届かない感覚や感情、考え方を持っているんだと認識出来てくるからだ。

それまであった、うちのドアの外の人たちの感覚や感情を即時に分かって共感できなければならない できなければ怠け者だ という強迫観念がだんだん解消されて、減らしていくことが出来たのだ。

それはとても生きるのが楽になる経験だった。


むかしむかし、いくつの時だったかもう忘れたが、

研修で前泊で、初めて行った街で、ビジネスホテルへ戻る道を忘れないように緊張しながら、夕食のために近くの居酒屋へ一人で入った。見渡してもコンビニは無かった。


こんな脳の私なので、たとえ居酒屋でもいいから極力近くにしないと、もしも飲食後にホテルとは反対方向へ歩いて行ってしまったら恐怖じゃないですか。
夜道をホテルへ戻るのに何時間掛かるんだろうと。
もしかするとホテルへ戻れないんじゃないだろうかと

居酒屋はありがたいことに、お酒のつまみの他にも定食的なメニューがあった。定食の他にも単品の、お野菜の揚げびたしも付けた。美味しそうじゃないか 自分ではなかなか作らないよ

忘れられた。揚げびたし。

よく覚えていないけど60代くらいかな、オバチャンは平謝りして「あのお客さんが私に飲ますのよ」と言い訳した。

まだ定年延長の時代じゃ無かったけど、かなり老けた様相のオジチャンが、市役所の職員だと元気に自己紹介までしてくれた。

私は「はあ。」と真顔で返事をした。それしか取る態度を思い付かなかったから。

住んでる町を聞かれた。職業ではなくて町なので、隠す必要も無かったから伝えると、「あの町はもっと特産品を都会に売り込んだほうがいい」と意気揚々としゃべっていた。

確かに。特産品の品質はいい、美味しいと野良も思っていた。今でも町内と近隣の町村で売り切れていて買えない。なんだろう、控えめな町だったんだろうか

謎はそこじゃなかった。

腹八分目ぐらい、たいした健康的な状態でホテルへ帰った。

私は、自分のトラブルへの神経の弱さは自覚していたので、あえて旅のトラブルに耐性が付くように心掛けていた。だから「旅だから仕方ない。」とすぐ思うようにした。

だから怒ってない。平謝りしていただけたし。ただし記憶は今も残っていた。

なぜオジチャンは、飲み屋のホステスさんでもないのにオバチャンにお酒を飲ませたのだろう

オバチャンには接客もそうだが、調理という仕事がある。調理のクオリティが下がったらオバチャンにご迷惑かもしれないし、揚げ物をして酔いで手元がくるったら危ないではないか

実際に、揚げびたしを忘れたことで、揚げびたし分の儲けをオバチャンはもらい損ねている。お気の毒に、損をさせてしまったじゃないか。


あれから何年も、何十年も経ち、私は他人さまのご家族や、自分の親戚などを寿命で見送ってきた。

他の親戚たちも、私が物心ついた幼い時の記憶の姿から、老衰してしまってきた様子も見た。

親の老衰も間近で見てきた。いつ、身体のどこかがへたってしまうか分からないから、用心し、メンタルも丸くなっていく様子も見た。

なにより『発達障害』の情報を山のように知ってきた。

私の内部を知ることと同時進行で、

一般の普通の人たちのことも察しが付き、仮説が立ちやすくなって行った。

謎が解け始める。

『ADHD/ASD』というログインパスワードがようやく入った時と同じように。

それまで記憶として保存だけされていた数々の情報、理解しづらかった人々の話、訓示、指導、文句、お説教などなどの、謎解き、理解がだんだん進む。


オジチャンは寂しかったのではないか。

という仮説
が立った。

全国で若者が草食化し、生涯独身を自主的に決める男性が増えているが、それは見本として年配者たちの様子を見てきたからだと言われている。

社会的地位が上がり、収入も満たされて体面が整っても、心が満たされない人生の結果を多くの年配男性が出しているという。

配偶者と仲良く話し合い、理解し合う積み重ねをする能力がある年配夫婦ばかりではなく、

配偶者が仕事をしていたり、病気があることもあるかもしれない。家事のマイペースが出来上がってしまい、夫の干渉を受け付けないかもしれない。夫婦どちらかの親の介護で疲労しているかもしれない。介護の後に不満が溜まってメンタル的に収束していないかもしれない。

子どもが大学生なら、仕送りのためにある程度高い役職で働き続けなければならないから残業が頻繁にあり、帰宅したくても出来ないから家庭でくつろげなくなったかもしれない。

子どもが家庭を持って孫が生まれていたらやはり配偶者の奥さんが足しげく手伝いに通うかもしれない。

オジチャンが実は寂しい背景を持っていた可能性はいくつも挙げられる。

またはレアケースとして口から先に生まれてきたタイプのお酒好きで、もともとオバチャンとも飲み仲間として仲良しでお酒を勧めるなんてよくあること、も考えられる。

お口の多動、としてとらえたら、私たち軽度当事者の遠い同類項、障害面では遠い親戚状態なのもあり得るかもしれない。


こんなの、飲みニュケイションが得意で察しがいい若者でも分かる答えかもね

アスペ野良がシンキングタイムに時間が掛かり過ぎたのかもね


それは仕方が無いとする。


実はこんな謎が、私たちには、

私たちの思っている以上に、社会にまだ山のようにあって回答を待っているのかもしれないとしたら。


もし解けていない謎の量を知れた時、

一般の普通の人たちの持つ謎と、私の持つ謎の量を比べられた時、

一般の普通の人たちと、私の、圧倒的な差を知れば、

諦めと共に、一般的なペースでの社会適応『外の人たちの感覚や感情を即時に分かって共感できなければならない できなければ怠け者だ という強迫観念』を断念せざるを得ない根拠を感じられるのかもしれない。

強迫観念から脱出して、❝解消❞ というかもしれないが、❝断念❞ して開き直りとも言える状態になれるかもしれない。

十代に学校の同級生に即時に付いていけなかったトラウマを持っていれば、そんな強迫観念から脱出でき、助かる根拠になるかもしれない。

アスペな脳は治らなくても、健康な状態の段階は上がる。

いわば『ADHD/ASD』がログインパスワードとして、頭の中の「謎」の山に打ち込まれることで、

毎日出勤できる、健康さを入手できるかもしれないということになるんではないだろうか。



※ネタバレごめんね。

ハウスオブグッチ。 かのレディーガガ。パトリツィア、ガガちゃんの演技が気になって見てきた。

私は、億をともなうお金のビジネスなんて理解不能だ。

経営とか服飾が好きな人は、その視点から楽しめる映画だと思うよ。

登場する人たちが天才秀才ばかりだということは分かった。私の脳はそこまでですよ。


でも、『お家騒動』でグッチの経営には一族は全員いなくなったという結果が出た。

凄みのある女性の演技は、ガガちゃんさすがで、目が離せなくなる迫力を出す。

で、夫婦模様とかグッチの華やかさとかの感想を書く番だとは思うんだけど、

なかなか私独自の言葉が出て来ない。

アスペによってのフィルターを感じる。

なんというか、怪獣映画のような迫力を感じた と書いて終わってもいいんだろうけど、そうじゃない映画なんだろうなということは感づく。

奥歯に物が挟まった言い方、という私の好きじゃない言葉がある。
そんな感想にはしたくないんだけど。

私はなにを感じてるのかな


アルド叔父さん、アルパチーノも本当にいい演技したと思う。

私は演技の良し悪しなんて見分けられない素人だけど、アルパチーノが出てくると何分でも見ていたくなる。
日本のサムライのように、腹にいくつもの戦略や、先人の教訓や、「こういう時はこうしよう」という自分のノウハウを溜めて、底知れずたくさん持っている雰囲気がすっごくあるのだ。
ワクワクするのだ。ワクワクさせてくれる安心感みたいものもあるのだ。刺激を予見出来て安心するって、ちょっと反省を要する病的さかも。

私は共感しようとしているのかな。

こんなにいいお爺ちゃんなのになんで仲良く出来ないの って。

でも、物語の軸は人情でも正義でもない。

株の半分の50億円なんだ。

だれが持つか、奪うかだ。

うーん、……映画の分析ばっかり。

日本ならあまり起こらないトラブルだと思う。

ガガちゃんのパトリツィアのようにはいかず、日本人は、含めるコミュニケーションをいっぱいするからだ。

マウリツィオも、受かるまで勉強をちゃんと続けて穏やかな弁護士になってしまったかもしれない。


一文無し(でも服がいっぱい)のマウリツィオが、パトリツィアの実家に逃げてきた時、よく受け入れたなと。

そこは、よくやった、よく賭けたよ

パトリッツアは、決してワガママじゃあないんだと思った。

頭が良くて、先見が出来て、チャンスだと思ったことにはがむしゃらに噛み付けるんだろうと思った。

でも、マウリツィオに限らず、もともとがむしゃらになることが合わない男性って、

怪獣のような、大型重機のような言動をする女性には、きっと疲れ果ててしまうものなんだろう。疲れるよね。疲れるよね。そこは分かるよ。

首に手を掛けられても顔色一つ変えないガガちゃんの演技はさすが

いっぽう日本人は、男性のそんなところを汲み取るのが上手な国民性なんだろうと思う。

男性を立てながら、スキャンダルも予防しながら、大金を動かせるのが女性の場合は女性がやっちゃう。あのビジネスホテルの社長さんも帽子をとっかえひっかえしながらやっちゃってる。


マウリツィオとの夫婦関係に亀裂が入って、頼った先が占い師、しかも殺し屋につないでくれる占い師なのがまた面白いところ。

殺し屋に前金を払って、そこからコーヒー代まで出させるなんて、日本人はやらない。

日本人は返って「粋」を見せるために殺し屋のコーヒー代も払うほうじゃないかな。

国を隔てると文化も違う。きっと威圧の仕方も違うものなんだね。世界は広いね。

ここで、パトリッツアの脚が太くなったように見えた。ガガちゃん演技のために太るまでやったんだね。向こうのプロはすごいね。

太る原因は、加齢もあるだろうし、ストレスもあるだろう。女優のプロはそこまで推測したのかもね。

私、一回太ったらもう痩せられない。太るつもり無くても自動的に太る。

でもガガちゃんまた痩せるんだろうな。



集団を揺さぶる生来の特性の人、という特殊な人たちがいるという話をユーチューブなどのメディアで聞いたことがある。

多数派にサクサク従わないで、余計なことを考えたり言ったりして、組織に回る場所と回らない場所を作ってしまい生産が計画通りに行かなかったりする原因になる。

だから避けられる。日本では特に。

引っ込んでてください、ということを遠回しに言われたり、ようするに黙っていなさいとか、出て行ってください、と言われることが往々にしてあるんだと。

ユーチューブ聞いてて痛かった。

痛い。痛い。

的中しているそんな人たちが、この映画には出過ぎなぐらい出ている。

億を動かしながら、揺さぶってばっかりなのだ。

パトリッツアは特に強すぎるのだ。周囲が疲れ果てるほどに。



トンガがこれから大変になったんですね。

先週日曜日、起きてからニュースを見て、なにがあったかを見聞きしていった。

日本はとりあえず落ち着いたけど、

これからトンガに緊急支援が世界中から必要になるんですね。

もうツイッターなどから呼び掛けがされているのかしら。

日本の、来る来ると言われている南海トラフ地震の規模、ガス抜きになって少しは小規模にならないんですか、と知りたいけれど、まだ分かんないだろうな。

学者さんたちも憶測いっぱいでしゃべるしかなさそうだし。


衛星写真からは、島が消えたという見え方をする状態だそうだ。

思っているより現地はひどいと思われる。

回線ケーブルが壊れて情報が入らない。本当になにも分からなくなるものなんだね。

たぶんこれから惨状がどんどん分かってくる。



若干17歳で。産まれてきてたった17年で、

東大前で傷害罪の犯罪してしまい、

社会に順応して生きる限界に突き当たってしまった子どもが出た。

17歳で正気を失う。なんといたましいことか。

大阪の放火事件といい、

つらい人生を生きるために、ガスの抜き方をあまりに知らないと、こうして正気を失うしかすることを知らない人たちは存在する。


海や雲や、虫を見てボ~ッとしたり、ふらっと一人旅に出たり、一見、理屈で説明が付かない行動をたまにすることが、脳を休ませることが出来たりするのだ。
万能薬ではないけど。

幼い頃から、安全な外の世界をほっつき歩いて、お散歩して、一人遊びして、そういう回路は身に付くと思う。
大人になっても、ふと思い付けるように、回路が幼少時に作られるものだと思う。

昭和の地方生まれ。私はたぶんそうだったと思う。

ADHD/ASDの、辻褄の合わなさ、整合性の取れなさ、結果の出せなさ、ドーパミンの出づらさ、許すも許せないも出せず身動き取れなくなっても、

現実からプチ逃避する能力は、結構多くの軽度当事者が知らずに身に付けている。

でも必ずしも全員ではなく、身に付けられていない場合、ガスがいつか爆発するという想定が無く、だれからも逃避の機能設定してもらえなかった人になるのだろう。

とてもいたましい生き方をしなければならなくなる。

非常に気の毒で、同情では済まず、きちんと支援や治療がされるべき、病んだ状態だと考える。


医者志望か……。

聴取がまだ進行していて、それを報道するかどうかもまだ分からない段階だ。

医者にどんな夢を抱いていたのか。

人を救いたかったのか。

見える圧力や見えない圧力を掛ける存在がいたのか。この子にトロフィーのようになって欲しがる劣等感の強い家族でもいたのか。

それとも、今どきのコンカツが安易に指定してくる「医師との出会い希望」「女医に釣り合う男性がなかなかいないから同職の医師希望」の煽り文句を本気に取って、
東大卒の医者になることが人権を得る唯一の道、みたいに思い詰めてしまっていたのか。


人権とは、教育を受けられるとか、ご飯が食べられるとか、安全だとか、そういう分かりやすいもの、というよりは、

集団の中の、存在する人権。

ただ凡人が存在しても、なにか補われなければ安定しない状態であれば、

『人を救いたいと志している人』という尊敬される状態で、やっと補われるのではないか、集団の中に存在すれば補われるのではないか、と本人が思い込んでいる状態。

欲しいもの、必要なものがもらえるのではないか、人権が満たされるのではないか、と本人が思い込んでいる状態。なのではないかと私は想像する。

とりあえず、無責任な私の想像である。

ただし、なんで書きたくなるかというと、

他人たちに、こうして、あんな想像、こんな想像をさせるようなとんでもない非常識なトラブルをごくたまに起こして生きるしかない人種としても、

「なんかつらかったんだね。」と。溜めているものの言いづらさ、抑圧のつらさ、伝わらない苦しさが存在すること、なら分かるからだ。


ただし、原因は、個人個人のものなので、言語化 されないと分からない。

これを言いたい。

ここまで壊れる前に、溜まる人たちは、言語化力 を身に着ける必要がある時代なのだと言いたいからなのだ。

繰り返すけど、聴取がまだ進行していて、それを報道するかどうかもまだ分からない段階だ。

一体なににつまづいてここまで壊れたのか、17歳の子、個人の真相はまだ分からない。


いつもここでつつましやかに書いてるだけだけど、

SOSは、暴れても伝わらない。

現に、こうして犯行の恐さや衝撃が報道されるばっかり。

本人の言いたかったことを皆んながテレパシーで的中させて分かってくれたわけ無い。

やっぱり皆んな、まだ分かってないのだ。


もし、自分に人権がまだ得られてないと感じてる子がいるなら、

その不本意さ、理不尽さを、書いて伝える力を付けて欲しい。


メンヘラになるのは何歩か譲って仕方が無いとしても、

自分を貶めたり、傷つけてもこのSNSの現状の通り、伝わらなくなった。

集団でお察ししてくれて、口を閉じていても、間違わないで的中したことを言ってくれて、救われる言葉を選んで言ってくれて、自分の好みの言葉でチヤホヤ言ってくれて、温かい言葉の温泉で抱き上げてよしよししてくれて怒られないという時間は、

いくら欲しくても、SNSからはそんな時間はもらえなくなった。


自分が防衛機制してしまう人を見つけて貶めたり、傷つけても伝わらない。

どこかの大人が見つけてくれて、分析してくれたり、共感してくれたり、言語化 して言いたいことはこういうこと と代弁してくれることも、むかしより無くなった。

乳幼児は、自分の不快感情や感覚や、見慣れない人を見た不安などを、まるで相手のせいかのように泣いて愛着対象に訴えることでしか伝えられない。身を守れない。

第一次反抗期も、自分でやり遂げたい感情と、出来ることの限界や時間切れが来て、折り合いが付かずに自分の中で衝突、怒って当たる相手は愛着対象。

人間は他のおサルさんたちよりも未熟な状態で出産されてくるから、どうしても這う前に、立つ前に、大人に生活を依存しなければならないプロセスを踏む。

そこから記憶してきて、理解してきて、自我が出てきて、反発して、でも守られて、信頼して、甘えながら確認して、お友達にはエエカッコして外面を覚えていって、勉強していきます。

依存が強かったり、不便な環境がなにかあり干渉が多かったりしたら、一時的に攻撃性も出てくるかもしれません。

でも、プロセスなんです。つらいけど越えなきゃ。

本来は、自分のペースや権利や自尊心やプライベートゾーンを外敵から守るために存在してる攻撃性なはずです。

自分を正当化してバランスを取るために、八つ当たり用途の対象を決めて暴力をふるって頼っていないと正気を保てない、は違うんです。

暴力に正当性は、付けられないはず。

被害者を出さないために違う人が保護してあげて、役割として殴る蹴るされてあげて痛く感じてあげて、でもまた暴力しやすいように頑張って密着しててあげて、自己肯定できるように気分が良くなるように都合良く虐待されてあげる、っていう関係性は存在してはならない。

故意の傷害罪は、してはならないことであり、

その攻撃欲求や衝動を近くで引き受けてあげるべきだった義務のある人は存在しない。

だからって、一つ覚えで我慢の『アンガーマネジメントしようねっ 』という話でも無い。

『無かったこと』にはならない、『泣き寝入り』もできない、溜まってること、これがなんなのか

正体を探ることが、犯罪前に、近くにいる人たちのすべきことだった。



むかしのネットが決して十分満ち足りていたわけが無い。

親切な人はいたが、やはり医療を勉強していない多くの庶民の当事者たちの共感は、十分とは言えなかったことが多かった。

足りない言葉のところどころ、行間を察して温かい気持ちを受け取って癒されるのが、一般の仲良しの人たちにによくあるコミュニケーションであるのだが、

私たちにはそのお察しがとても不得手で、苦痛で、下手〇ソだ。


今は、そのむかしの量からまだ減っているのだ。ネットが私たちに提供できる資源としてのコミュニケーション量が。

あの掲示板のように、ルールと目的と善意に守られながら会話できる場所が、潰れて無くなった。こうして減ってしまったのだ。

大人の救済を待っても、私たちババジジは当てにならないんだよ。破壊しちゃうから。

むかしを知っていても、そのむかしが、不十分だったの。お医者も今よりも少なかった。

コンサータの旧型のリタリンという薬を、お話しもたいしてしてくれないまま一つ覚えのように出された当事者がたくさんいた。

リタリンを遊びに使う悪い人たちが増えて、急に処方停止になった。代わりに訓練やお話しを増やすかというと、私たちは無視された。

それから子どもたちにだけコンサータ処方が再開されました。大人は何年も、何年も、無視されました。

コンサータが欲しい大人と、欲しくない大人の当事者同士は、ネットで喧嘩になることもありました。仲良くなれなくなりました。

ADHD/ASDが健康と適応力を取り返すためには、認知療法や肯定や承認を回復させるお話しや相談をたくさん、たくさんしなければならない話には、なかなか話題が戻りませんでした。

みんな孤立がつらいはずだったのに。

今はコンサータを飲んで大きくなった若者たちや、いまだに『発達障害』を分かっていない当事者たちもネットの会話に入ってきて、話題が戻るどころか、ほぼ喧嘩しか無くなりました。

今はお医者が増えても届かない。予約電話も繋がらない。

傷付いた当事者たちに掛ける言葉、柔軟で賢明で解かりやすい言葉は作られてきたのかもしれないけれど、重度で、都会に住んで近くで、必要なら前へ前へと出られる性格の人たちがもらっているようだ。あるらしいんだけど、液晶画面の中のように、手を伸ばしても手に入らない。
医療の資源、としての資源は、地方でひっそりと病んでいる当事者には届かない。

都会の医療の一つ、大阪のクリニックは今まで存じなかったが、放火で潰れた。優良な一つの貴重な資源が無くなった。


野良たちババジジが、じゃあどうして東大前で傷害罪しないで済ませて生きてこられたんだい

聞きたくないかもしれませんが、聞きますか

『発達障害』の情報が入ってくる前、

野良たち40代は、20代でした。
バブル後の不景気真っただ中。バブル中のバブルは野良は田舎の高校生だったので知りませんでした。

今50代の人たちは、30代でした。
終身雇用制度が崩れる直前。バブル中はすでに大人になっていてバブルの世の中を知っていたはずです。

今60代の人たちは、40代でした。
20代の一番エネルギッシュな時代をバブルで暮らし、そこから落ちていくショックを経験していますが、定年延長施行前に滑り込みで定年退職することができます。

たぶん、ババジジみんなみんな、人生の一発逆転をまだ信じていたんです。

なにか良くなるかもしれない。漠然と妄想していたんです。

なんかすごいうまいことが起これば、億万長者になるかもしれない。

今の恵まれない暮らしが変わるかもしれない。カエルから王子になれるかもしれない。

スカウトされたらアイドルになれるかもしれない。追っ掛けしてたら彼女にしてくれるかもしれない。結婚できるかもしれない。

漠然としていました。中途半端でした。適当でした。ダルくてユルユルでした。

リアルの周囲の人たちも、ネットの人たちも、当事者会のような集団の人たちすらも、とても情報が足りなかった。

「ほらエジソンになれるかも、アインシュタインになれるかもしれないよ 芸能人にも発達障害っているよ。マネージャー付いて楽に暮らせるようになればいいじゃん。お金が儲かるかもしれないじゃん。」

万分の1の夢を、無知ゆえにいとも簡単に当事者に言い「無理だって」と当事者自身に反論されても、
「だってしょうがないじゃん分かんない 」と逆切れしつつも、
いつの間にか当の当事者自身がそのままダラダラ歳を取ってしまい、ババジジたちは失敗はしても犯罪はしないできてしまったようなのです。

当事者が悩みをぐしゃぐしゃに溜め、ネットに相談を書き出す気にもならないぐらいメンタルを病んでも、

むかしは「結婚できるかもしれないじゃん。えーと、えーと、ほら、結婚できるかもしれないじゃん ほら、あのさ、出会い系サイトって流行っているよ」リアルから、ネットから、何年も何年も前から無責任な声は当事者に飛んだ。

「無理だって」とはねつける人もいたんだろうけど、

当時は出来始めだった出会い系サイトには、悪者もたくさんいたが、真面目な人たちもいたんだそうな(また聞き話。)。そんなものも使っているうちに自分の特性をよく知って諦めたり、悟っていって、ネットにもまだ会話場所が残っていて、話しているうちに、
いつの間にか怒りの行動化はしないで歳を取ってこれたと、そういうババジジもたぶんたくさんいたんだろう。

だから、今とは条件が違うんだ。

むかしは情報が今より少なかったし、みんなで必死に探っていたし、

だから真面目だったり、真面目に趣味を優先、でも悩みながらぼやーっと生きてる当事者だったりした。

だから発達障害診断済みの中からは、報道されるようなひどい犯罪者はそれほど出て来なかったんだよ。むかしはね。


ババジジに世の中を反省させる力も、変える力も、出せなかったんだよ。

ぼやーっと生きてるうちに、ガラケーはスマホに置き換わり、ウィンドウズの数字がみるみる上がり、SNSが戦場になった。

あれれ 暴れないで待っていたのにな、万分の一の夢はかなわないまま、カエルはカエルのまま、カボチャは馬車に化けずカボチャのまま、

令和に至ってしまった。

どうだ。使えないババジジだろうよ

だから若者と子どもたちが、書くことから始めて、返信を当てにせずに、世の中を動かしてもらうしか無くなったことを知らせてる。


どこかの偉い権力者が世の中を変えてくれるのを、受け身で待ってたら、

自民党が保身しながら、むかしながらの伝統を踏襲して忖度して権力を発揮しているだけ、

なにか実行している人がいたらブレーキを掛けて、疲労させたり、遅れさせたりしているだけ。

私、自民に投票したこと無いよ。

だけどいつの間にかだれかが投票して当選させてるんだ。

そうして構造が作られ、日本が回っていってしまってるんだ。

もう庶民の中でいっぱい変えなきゃいけない。

育ち方も、考え方も、生き方も、コミュニケーションも、距離も、価値観も。

ババジジは変えてあげられないよ。ごめん。

若者と子どもたちしかする人いないでしょう。

だから、まずは書いて 、SNSケンカじゃなく。

「書いて 」と書いている。


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『お断り』が出来ない人々

 を見た。

むかし話に出てきそうな旧家に住んでいて、

汁椀が、使えないくらいハゲてボロボロだったから、だれかが隣家からお椀セットを借りてきた。どうやら母親が借りてきたらしい。

私が家族6人分(なんでそんなに)作らなくてはならないんだけど、

ご飯とみそ汁で手いっぱいで、おかずに手が回らない。

おかず皿に配るものは缶詰にしようか、でもそんなに在庫があっただろうか と考えていた。

いざいただく時になり、ご飯椀にいくつもしみが付いているのがどうにも気になった。

模様なんだろうか。

確かめるために箸でほじくりたくてしょうがなくなったが、隣家のお椀を壊してしまっても良くないと、悩んでいた。



これからの時代で、どこで生きても、だれといても損せず、悪く思われず、全員から良く思われて好感を持たれるシングル大人像。

※真面目に書いてません。怒ってます。真面目に真に受けないように。

※【】カッコ始め。
『これを目指せ』

・政治にも政党にも興味が無い。公平。同じ年代の人たちから浮かない。

・年配者の価値観にも同調できる。政治の動きは偏りなく押さえている。懐メロを知っている。男女ともに料理断捨離整理掃除の家事ひと通り出来る。

・ユーチューブもアニソンも映画音楽もドラマ主題歌も一通りを知っている。

・その地域で上の下の大学を出ている。一目置かれるが、そのくらいだと妬まれない。アスペを疑われない。いじめられない。

・男性なら世間の女性が『普通』と評価する『ホシノゲン』くらいの容姿で、時々天然なボケをかませる。このくらいだと組織で不正が行われていても、仕事はこなしながら「気づきませんでした」で通せるし、そこそこ賢ければ、悪だくみにも乗せづらいため距離を取られる。でも孤立しない。だから潔白でヤバいことには無関係なキャラを通せる。

・女性ならムカつかれないための全てと怖がられないための可愛げの全て。にこやかにアクセルとブレーキ同時に年中押していろと。大人し過ぎず、うるさ過ぎず、聞かれたことに的確な答えを出来て雑用が出来て空気を読んでふざけたり集中したりすることが苦でなくてビジネスメイクと飲み会メイクがほど良く違って手早くて年配者から防衛機制されず同年代からも認められ若者からも好かれでもバリバリでなく容貌も派手でなくまとまりがあって幅を取らないように細身で控えめで落ちこぼれでも優等生でもない……このくらいだと組織で不正が行われていても、仕事はこなしながら「気づきませんでした」で通せるし、そこそこ賢ければ、悪だくみにも乗せづらいため距離を取られる。でも孤立しない。だから潔白でヤバいことには無関係なキャラを通せる。(…………書き出すのが疲れる。)

・組織の独身が勝手にざわざわしたり振り回されたり防衛機制したり「出産には25歳前までが適しているけど子育てには社会性も必要で社会経験を積まないとならないけど人生計画どうするの 」などと嫉妬を変形して向けられたりしないように、シングルは短く、男女とも早く結婚してしまう。

※【】カッコ終わり。

書き出してちょっと疲れました。

今どきの安全なキャラは、

年配者受けも、同年代受けも、年下受けも全部良く、

仕事を出来過ぎもしないし、出来なさ過ぎもしないし、浮かないし、足を引っ張らないし、公平、

周囲の人間が距離感を悩まなくていいようにとっとと結婚してしまえと。

感情も含めて、文字通りの『歯車』なんですね。

いつまでもいつまでも65歳の終身の最後の日まで安全に働きたいんですけど

現状をもとに考察すると………

これだけそろえば、野良が知ってる限りの社会では、たぶん問題を起こしません。
(関東とかもっと都会は知りません。距離なんてあっても無くても関係無いモンスターがいるかもしれませんしね。)

無理ですから


でもここから一つでも変わってると多数派は叩きたくなるじゃないか。

多数派は一人二人が消えていっても入れ代わり立ち代わり発生するし、その周りの多数派は無意識に保身して強そうな多数派に同調するよね。

叩かれたら病んでも社会的に許されないし、上の権力者は逃げたくなるし、

病まなくてもアスペ呼ばわりされたり変人レッテルされたり離れていかれたりかまわれなくなったり『欲しがりません勝つまでは』の精神はこの国では容認されがちだけど矛盾していようがいなかろうがパワーゲームの被害者って怖いからいなくなって欲しいって怖がられたりまるで反抗したかのような妄想をして逆ギレされて防衛機制されたりして許されないでしょ

矛盾してなくても矛盾しながらでも許さない。だれがある日突然許されなくなるか分からない魔女裁判

無理ですから


私は未経験だけど、親は、我が子を育てるからには、社会に出て問題を起こさない人間を育てようとしていて当然であろう、と思ってる。

こんな人間を目指させるの

優秀な『歯車』になりなさい 完璧でなければなりません 人さまよりも劣った『歯車』は生き残れないじゃないですか

あなたが優秀ならあなたのために回りの人たちが動きます。天変地異も無かったことにするぐらい人を動かしなさい。あなたの好感度であなたを正当化させなさい そのくらい好かれなさい 
あなたの手を汚したり災難に遭うようなことがあったらあなたの努力が足りないせいですよ あなたの好感度であなたを正当化させなさい 
自分で自分を自己弁護するようなみっともない負け犬はうちの家系には必要ありません。………

………ここまで言われたらバイトの一つも、日々のゴミ出しすらも何も出来なくなっちゃいますね

そして、さらに親とは、子に自分の人生を自分の気の済むように精いっぱい生き切れて欲しいと願う。充実してたら嬉しいなとも思うんだろうな。

でも充実させるには限度があるだろう。私立大学を何年も留年してのんびりしたいから生活費と授業料を払ってくれ、とねだられても無理だし、宇宙旅行行きたいってねだられても当然無理だろうね。

どこにでもある企業から選んで採用されて入ると身動き取れなくなる。
人生充実するためにはそういう歯車の場所から飛び出さないと無理、と考えるメンヘラは増えつつあるけど、せっかくボクが充実して快適になってあげてもだーれも喜ばないから収入が無い。
親は自分より先にいなくなるって分かっていても、親の脛でしか暮らせないということになる。

『歯車』にならなきゃ駄目よ

充実もしてね

両方してね

で も 親も老衰するから、お金が続かないから 自活 してちょうだいと。当然言うよね。私は子どもの時から言われた。

『歯車』、充実、自活。3つ以上は、天才じゃない一般庶民の頭の中では、ぐっちゃぐちゃになってヒューズが飛びます

どーでも良くなります。

もしかして イマココ なんでしょうか。

……親は子より先にいなくなるから、まず物理的に、自活せざるを得ないものだろうと思うんだけどね。

物理的な問題って、社会の中でも優先的に先に解決が図られるものだと思ってたんですが。

それがどうして無理な時代に、社会になったんだろうね。


視野が狭くて、すぐ〇にたくなりがちだからだろうか。

芸能人はハードな仕事だけど、

そういう有名人たちに影響されて、ただの庶民の子でもメンヘラになるハードルが低くなって、そんな子同士で群れやすくて、

〇なれると困るから、子ども部屋でいつまでも引き篭もれるという価値観の家庭が増えてしまったんだろうか。

全国でいじめが増え過ぎたころに、「不登校を許してあげて」という声が増えたのは知ってる。

むかしよりも病的ないじめが増えて、加害者が自分を保つためにいじめに依存するような、〇人までエスカレートするケースが増えたから、被害者の人権を守るために不登校させてから裁判、という形がじゃんじゃん増えてきている。

でも、

不登校と引き籠りは違う。

不登校がきっかけであったかもしれないけど、「だから引き籠りも許してあげて。いつまでも養ってあげて。」と世間が言えばいいかというかとちょっと違うし。

才能かなにかに挫折して実家で引き籠っても、放っといたら自分で立ち直る才能のある者もいるけど、これも才能だと思うし。

立ち直る才能をだれもが持ってるかというとそうとも言えないし。

親は「立ち直ってちょうだい。」と願うかもしれないけど、子に才能がそなわってるかどうか、まで見抜いてるかどうかはどうなのかな。

立ち直る才能が無い者は、とってもつらいんじゃないかな。


あとはだれでもできる単純作業の仕事が減ったのもある。

挫折して、立ち直るまでに食いつなぐ仕事、というものが少なくなって、適性が無い人は全然働けなくなっているんだろう。

今どきのコンビニだって凄いと思ってる。調理も飲み物も作れないとならないし、機械いっぱいあるし、レジ袋お使いになりますかって忘れないで聞かなくてはならないし、お客のよりどりみどりのエコバックに上手に品物詰めるし、品出しも掃除もある。私にもきついぞ。


ネットを見ていると、

「自分が出来たことを、自分が出来たからと言って、出来ない人に出来て当然とか、どうして出来ないの、って言うのは上を取ってるだけでしかない傲慢な言動なんだよ」という ❝脅し文句❞ が出てきて、恐ぇーなぁー と思いつつ、

私も気を付けられて当然と思わず、振り返っていくべき……

……なんだろうけど、自戒はリアルの現実でさんざんやっている。

だから、やっぱり書きたいことを書きたいから書いている、ここはこれに尽きるんだろうなと思ってる。


でも、ユーチューブでも、優秀で細心の注意を払ってしゃべれている人たちが、うっかりした言動でエンジョウしているのは見ている。

仕事でしゃべって、あれだけ量をしゃべるのはたしかに大変だ。

配信頻度はたくさんであればあるほどいいそうだから話題も時には精査し切れない、選んでられないかもしれないし、

野良のような学歴も高くない、聞き落としもモリモリある庶民にもしゃべらなくてはならないので、率直な言い方に直さなくてはならない時もあるだろう。

AIがネットから書いていることを機械的に調べて、人を評価したり、解雇したり、左遷したり、降格させたり、身分を決める時代も来るよ、中国はほぼそうしてるよ、という説もあったりする。

しゃべる、書くとは、恐い作業だなと思った。



アスペルガーの積極奇異以外と、自閉の多くは、人生が受け身でエスカレーターのように決まって行かないことで返って二次障害を起こす。

基本は自分から能動的に挑戦していくことに合っていないのだ。野良もそうだ。

だから、引き抜いてもらい、近い支援者たちから「行ったらいいよ。大丈夫大丈夫。」と言われないと、スイッチは入りづらい。

失敗経験を積んでいるから、自分で道を切り開く、という冒険に苦手意識を感じる。

自分で考えて、失敗経験を積んでいくとは、交渉という作業も入ってくるし、時に『お断り』ということもしないとならなくなる。

自閉、ASDミックス持ちは、この『お断り』の仕方がものすごく分からない。

訓練を積むまでは、脳が、接してくるお相手の子どもか奴隷のような、信者のような反応しかしない。

その他の発想がどうしても出て来ない。分からないのだ。

『発達障害』の当事者の本をたくさん読んだ人ならこのエピソードもご存知だろう。

別居中のアル中の親の泥酔に出くわして絡まれて、タクシーに乗せて家へ帰した後に、
いつもの自分の手順でいつもの時間のバスにきちんと乗って仕事に出勤したと思ったら、
違法薬物中毒のお友だちと一緒に行動して、お金が無くなったら血を売って暮らして、
異性と同棲したらDVされたけど人の後に付いて歩かないと生活できない精神状態だったから言葉で不満を言われそうになっても怖くて聞きたくなくて耐えられなくて逃げても戻って蔑まれても言うなりにしかなれなかったとか、

文字にして読むと、とんでもない非常識な行動になってしまうことを、自閉、ASDミックス持ちはしてしまう。

知的障害じゃないです。どこにも言語化 されてテキストになってないことだから、社会常識や、人がなんとなくやれていることがどうするのかさっぱり分からないだけなの。
全部分からないから、仕方なく継ぎ接ぎ(つぎはぎ)して奇異な行動になるの。本当は人情や愛情がいっぱいでもなるの

生き方が分からないから。一つ一つを〇ぬ気で本気で必死でやっているのだ。決して平然とやってはいない

が、❝愛着対象❞ への反応か、❝まったく無関係❞ な人への反応か、どちらかしか知らないのだ。訓練無しだと。

が特定の動きしかしないのだ。訓練無しだと。

だから関係性に疲れていても、共依存はまっぴらで、逃げたくても、「やめなさい」だけだとやめられるわけないのだ。

「反省します」と言わされたとして、なにを

反省して、戻る先はどこ どんな正当な状況へ戻れと指示されたのですか

戻る先はどこですか

私も聞きたい。約20年間、聞きたい

どこ

教えて

私たちの頭の中では『お断り』なんてしている場合じゃ無いのだ。

『教えて教えて』でいっぱいでいいくらいなのだ。

それを、社会的立場のために、物事に整合性を持たせるために、無理な状況の時は無理して『お断り』をすることを覚えるのだ。

本当は、そこにさらに、お相手が感情を害するとか、無理な状況を変更するよう交渉されるとか、ハプニングがねじこんで来られると負担以外のなにものでも無いものなのだ。

しかし、『変更させられたくないからスケジュール全部管理して始めから決まった物を提示してください』まで投げ出してしまうと、お相手に負担が増え過ぎて、私たちの社会的立場が無くなるから我慢して言わなくなる。

第三者に、見苦しく抵抗している私たちの姿もさらしたくない。のちのちの関係性で損をするじゃないか。不安になるじゃないか。

だから始めから指示者が決まっていて、しかも納得できることを言ってくれる信頼関係があって「はい、はい」と従ってエスカレーター乗って見せることが、本当は一番脳の負担が軽いのだ。


だから、たとえばクリエイターものストーリーの主人公にいいマネージャーや相棒が付いているように、橋渡しができる能力のある『もう一人』が付けばかなり安心なのだ。

いわゆるネットの世間で『ちゅうに』『ちゅうに』と呼ばれている、空想癖の強い特性のまま大人になってしまった人たちなんかは、自分からなにも動き出さなくても、家族などの近い人との関係性をなにも変えないままでも、そういう『もう一人』マネージャーがある日、降って、落ちてこないかな、と空想しているんだと思うし、野良もそういう気持ちはわかる。

野良のリアルな現実の人生でも「そばに付いて助言してくれる人がいたらいいわねー」と言われたことがある。「いたらいい」で終わり、どこかから探されてくるとか、野良を見るに見かねて進んで付き添いに来てくれるとか、無かったからね。今アラフィフだからね。

だからこれが現実だから、社会に圧を掛けて、どこかから探されてくるとか進んで付き添いに来てもらう人員を社会に用意させないと、今でも待ってる何十万人はこれからもずっと助からないんだよ、って私は書いてる。



想像です

これからの若者、大人にあまり逆らわなくなった若者の中でも軽度当事者が怖がらずに生きて行ける支援体制。

会社的なものを作って、所属させて、『福祉支援を受けている』雰囲気を寄せ付けない雰囲気で雇用する。

(初心者はようするに)自己中をしに通勤できる『コンセプト飲食店』みたいな勤務先。

真相は違うけど、

まるでギフテッドが集まってる天才集団の企業のような錯覚を作る。

そして、プライドの高い親世代にも、なんとなく名誉なような雰囲気を持たせる。

パソコン、手先仕事、汚れた車や汚れた骨とう品の掃除、申し込んできたSNSの高評価付け、「イイネ」付け、イラスト描き、安価でおしゃべりの聞き役を求めている独居高齢者とリモートでしゃべる、
などなどコミュニケーションから軽作業まで各自の好きなことばっかりで構成された仕事を預け、

ミスや不正が無いようにダブル、トリプルチェックする人と、
看護師さんみたいな人がカルテを作ってくれて、毎日体調を気に掛けてくれて、1人用に区切られた休憩スペースで横にならせてくれて、

だれからも否定されないで退勤時間が来て帰宅できる。

軽度当事者のADHD部分は注意力を散らし、衝動的に集中先が移り、お尻は椅子から無意識に離れ新しく変わった道具ケースを見に行き、飲み物をこぼす。
『違うこと』したい。『違うこと』したい。本業をデスクに積み上げて取っときながら、空いている壁や棚に100均からお飾りを買ってきて飾り付けて他者さまのフィードバックを欲しい。人がいる。エモノがいる。一日中何時間も他者さまの感想を聞いて拘束してされてお茶を飲んでおしゃべりに没頭してキラキラしたい。ルール無視して乗っ取ってジャックして仲良しグループサロンにしたくてムズムズするっ。でもここで稼がないともう家賃が、光熱費が、回線接続料が危険だ。ローンはいけない。リボ払いは決してしてはならない……。

軽度当事者のASD部分は勤務時間と自分の一定時間の生産力を掛け合わせて計算し、自分の生産力は他者さまと比べて上か、下か、同じくらいかを測り、心配する。
昨日と比べたい。過去と比べたい。向上したい。ドアのちょうつがいの変化も気になって問い詰めたくて我慢がつらい。人と比べたい。人と比べたい。でも人と比べたらコミュニケーションしなきゃいけない。コミュニケーション下手だと暗黙の暴力で、仲良くなった錯覚をさせられてから自分の知らないうちに疎外されるかもしれない……。

双方が衝突し、板挟みになり、自分の脳を締め上げ……てもそれぞれの問題には支援者がそれぞれの返答を用意しており安心させてくれる。

自分の都合中心で他者さまに存在してて欲しいし、放っとかれることも両方必要なら、支援者が向かい合ったまま黙っててくれる。

❝支援者が動いた❞ ということで、複数作業の中では、自分はお仲間に負担を掛ける我が侭なことを望んでしまったんだ、まずかったのかもしれない、失敗したのかもしれない、と悟る手掛かりになる。でも孤立するわけでなく、そこには支援者がいる。衝突を防げる。

自分の自己顕示欲の思い通りに動かせる他者さまが何人も必要なら、支援者が複数人付いてくれる。生産量が他のお仲間よりも上でも下でも同じでも「同じだから大丈夫」と毎日言ってくれる。


こうして、創作物販売やクリエイター以外で、『本人に合ってて否定されない仕事』をみつくろうのは大変

ものすごく大っっっ変

配慮事項がどっさり山のように

支援者人数も、所属する軽度当事者の三倍は要るかもしれない。薄給なら集まらないよ。



古今東西の芸能人や文筆家や漫画家やインフルエンサーや犯罪者が葛藤してきたこと。

何者かにならないと、挽回できなさそうで、この世で生かしてもらえないと悟らされるほど、『変人』やらかしてしまうし、それだけのイメージを他者さまたちに呼ぶ失敗をどうしてもしてしまっていたんですよ。

でも、犯罪者以外は、成功すれば自分の能力以内で働いて収入があるし、
頭を下げたり、上手に助けてくれる人が空いてるか、人に取られないか嫌われないかビクビクしなくても、ずっと面倒を見てもらえる。

予定管理され、うやまわれ、話しかけたい時に話を聞いて理解してもらえ、遊んでもらえ、家事してもらえ、外部の話したい人に連絡を取ってもらえる。
特別支援の現場のように面倒を見てもらえる。

そんなあこがれのセレブ『面倒』を用意すれば、上から目線症状の強い人でも、逃げないで通い慣れる。
セレブと結婚したがる人たちも、標的はセレブ人自身じゃないですよね
標的は、付いてくる特権ですよね

でも慣れたら寮などを用意して住まわせると、本人は不満があっても、老いた親は休ませてあげられる。



それからこの場合、知的に平均か平均以上の当事者たちが望むのは「名誉が欲しい。承認されたい。自分からは行けないけど関わられてつながりたい」欲求ですよね。

全員では無くても、長所が伸びた人には、一般企業からの引き抜きも掛かるようにする。
積極的に売り込む手伝いを支援してくれるし、希望すれば売り込み方を講習してもらえる。いわば予備校的な機能もしてくれる。

自分より先に引き抜かれていった人はなにが出来ていたか。

引き抜かれる方程式や一例を知る手掛かりになる。

普通学校や大学や新卒で入った企業で孤立しながらだとよく分からないことも、支援者に聞けば説明してくれる。キレてそのへんの同僚に当たるような事故を避けられるのだ。

劣等感の強い人。将来を妄想する時、なにを妄想して失望するだろうか。

お相手が見付かって「この人と結婚したいです」と先方の親元へ一緒に行った時に、「大企業に努めているのか。素晴らしい。頼もしくて安心した。セレブになれるよ。良かったね。」と、自信が無いから面倒くさそうな面接抜きで、一発合格(現実はそうでもないらしいよ。私は未経験だけど。)できるわけじゃない、上に立てない自分のプロフィールの全てが嫌、だったりするんじゃないだろうか。
上に立ったらなにが得ですか 面倒くさそうな否定されそうな面接が無くなり、口を利かなくてもうやまってもらえそう、とかそんなところじゃないでしょうか (現実は違いますよ当たり前じゃないですか私未経験だけど。)

ようするに口を開きたくなくて仕方ないんでしょ 上から目線なまま、うやまわれてチヤホヤされたくて仕方ないんでしょ

願いがかなう方法が単純なのがいいんだよね 複雑だと難しいもんね。簡単なのがいいもんね。

だからまさか妄想が現実になるわけ無いんですが、
「大企業に行けるかもしれない。今はその下積み時代だ。大企業、楽してモテる、大企業楽してモテる、大企業楽して………」と妄想して、それがそこの会社的なところを見下してくる結果になったとしても、

引き籠もりは防げるでしょう。外へ出られるでしょう


アスペルガーの積極奇異以外と、自閉の多くは、人生がエスカレーターのように決まって行かないことで返って二次障害を起こす。

基本は自分から能動的に挑戦していくことに合っていないのだ。野良もそうだ。

だから、引き抜いてもらい、近い支援者たちから「行ったらいいよ。大丈夫大丈夫。」と言われないと、スイッチは入りづらい。

自分から福利厚生や、職場の雰囲気を聞いたとしてもまさか「上から目線してもいじめられませんか」「謙虚さが足りない人はいじめられますか」と聞く者は滅多にいない。本当に謙虚を欠いている人間はそんなこと始めから聞かない。そんな関係性が視野に入っていないから。

でも本気な態度で説明されたら、道端で掴まった詐欺のセールスの人と、社会福祉に誠意を持っている人、の区別は付けられるのか、野良も自信が無い。自分に害をなす人と、自分のことを親身に分析して共感してくれて支えようとしてくれている高い能力の人
(失礼で申し訳ないが、『発達障害』の基礎知識と指示する能力が無い人はいくら野良をかまおうと思ってくださったとしても野良と一緒に方向性の迷子になるだけでしょう。正論と自己責任の方向の使い方がごっちゃになることはよくあるあるです。と書いても分かりづらいですね。)
の見分けを付ける能力が、たぶん欠損している。

そんな失敗経験を積んでいるから、自分で道を切り開く、という冒険に苦手意識を感じる。

だから、たとえばクリエイターものストーリーの主人公にいいマネージャーや相棒が出てくるように、橋渡しができる能力のある『もう一人』が付けばかなり安心なのだ。

いわゆるネットの世間で『ちゅうに』『ちゅうに』と呼ばれている、空想癖の強い特性のまま大人になってしまった人たちなんかは、自分からなにも動き出さなくても、家族などの近い人との関係性をなにも変えないままでも、そういう『もう一人』マネージャーがある日、降って、落ちてこないかな、と空想しているんだと思うし、野良もそういう気持ちはわかる。

野良のリアルな現実の人生でも「そばに付いて助言してくれる人がいたらいいわねー」と言われたことがある。「いたらいい」で終わり、どこかから探されてくるとか、野良を見るに見かねて進んで付き添いに来てくれるとか、無かったからね。今アラフィフだからね。

だからこれが現実だから、社会に圧を掛けて、どこかから探されてくるとか進んで付き添いに来てもらう人員を社会に用意させないと、今でも待ってる何十万人はこれからもずっと助からないんだよ、って私は書いてる。



話を戻します。

面倒くさいですねー。引き籠もりを防ぐために、あえて見下させる、という過程まで踏ませてあげる 私とてもそんなとこでは働けないよ。職員出来ないよ。
でも他の方法はだれか思い付きますか 監禁されるような更生入所施設は嫌でしょ 私も嫌だよ。

それに、ブライドの高い親御さんがいても説得材料にもなるでしょ。
子育てが大変過ぎて傷つき過ぎてメンヘラになってらっしゃる親御さんは少なくないはず。一概には言えないけれど軽度当事者の子には、特性の種類は違っても親御さんに軽度当事者特性が見られることはわりと多い。

親のイメージの中にも「ここは予備校。ここは予備校。予備校……」と入れてしまえば、数年は持つかもしれない。


その数年の間に、グループホーム的な住居なり、野良のように社宅や寮付きの職場なり、自分の意志を認識して言葉に出す訓練をさせて、都会など自分の生きたい場所に賃貸を借りさせるなりの手立てを取れるかもしれない。
共依存から逃げ出せるかもしれないでしょ。

『独り暮らしを始める時は、中身が見えない木製タンスなどはさけましょう。思考することが沢山になるからタンスを無意識に開けなくなります。貴重品もタンスの中で失くすことがあります。中身が透けて見えて部屋の模様替えもしやすい軽い収納にしましょう。』
『ローンやリボ払いを安易に組んではいけません。もう責任を負うのは自分一人なんです。』
『マッチングアプリは特性として使いこなせないので合いません。そこにいる人も信用できません。やめましょう。』
『人が不満を話し始めたら動揺しても遮らず聞きましょう。自分にとって不利過ぎる言い分や、たとえば借金の保証人になるなどの背負い切れない指示をしてくる人なら、そんな人と関係性を作ったことに対して反省する必要があるのでここの職員に話して来てください。同時進行で警察や弁護士、病院、内容によっては児童相談所に入ってもらい、損失を負わされる関係性に具体的に対処しなければなりません。一人で対処は出来ません。遠慮し過ぎたり、泣き寝入りが人に褒められる言動であると過剰に無意識に信じていることがあるからです。』

などなども詳しく講義できる。知的な高さと理解力があれば、よくある福祉作業所や施設よりもどんどん詳しく教えても吸収できるはず。

共依存はものすごく抜け出しづらいのは少々知ってる。逃げてもまた戻りがちなのも知ってる。

それでも全員でなくても、抜け出せる確率は上げられると考える。



年数を重ねれば重ねるほど

希望しなくても、生産性を出さなくても、たとえASD特有の他者さまを見下したような言動を治せなくても、

一対一や、内容や人数や指名を希望すれば一対複数人で、褒められることを約束、契約できてしまうという構造にする。

お金じゃなくて、賞賛の終身雇用制度

(初心者はようするに)自己中をしに通勤できる『コンセプト飲食店』みたいな勤務先。


支援先の職員でなく、お仲間とつながりたい人は、希望して講習を受ける。

受けた人同士で交流時間に、交流場所で交流できるし、クリスマスとかイベントも企画したり、準備、片付けから参加したりできる。

これなら私たち特有の問題……ラインアカウントを脅し取って共依存にさせるとか、お金を脅し取るとか、複数人を集めて煽って防衛機制しやすい個人をいじめるとか、これらの乱暴行為を異性に恋愛として持ち込むとか、を、高確率で予防できる、はず。

人と仲良くして馴れ合いたい人がそうすればいい。

人と関わり合いたくない人はしなければいい。

人と馴れ合いたいけれど人から誘われたければ、始めの採用の時に申告する。最近よくある『ダイレクトメール送っていいですか』の項目のように。

変更したければ、定期的な支援者との面接で言えるようにする。

だから面接は定期的に設定。

だから、恐がらないで、

怖がる要素を排除して、出勤し続けることができる、はず。


ここまで考えられるぐらい伸びたら、もう、❝初心者❞ では無い。

立派な、気が弱いめの一般の普通の一社会人だ。



車を運転していた時。

白銀とアスファルトの灰色がまだらに混ざった道路の向こうに、口を縛られたレジ袋が見えた。

野良の車のタイヤの走行位置にはぶつからなかったので、潰さなかった。良かった。

白の中にうっすら灰色の中身が透けている、あやしいレジ袋。



ユーチューブ、見る私も悪いが、ごくたまに歌舞伎町系というか、関東の都会のふざけた人たちのも見る。

コロナ禍で、飲食店系の人やエンターテイナーの人たちもユーチューブしますしね。増えましたからね。だからお勧めに出てくるとつい。

話や掛け合いが面白いだけならいいんだけど、

ごくたまに、モザイクで隠しながら、黒ビニール袋に酔いで嘔吐する場面も流されてる

無理してるとか、病気の場面ならシビアな話になるけど、

楽しんでて、注目されたくて、再生数を増やすためにあえて編集カットしないで配信してる

いいんだけど。人を笑わせる出し物の一つに、組み立て上げるまで、お下品な材料でも使って仕上げてしまえる人たちだから、いいんだけどさ。

ゴミ、どう処理されるのかなあ と思ってしまうんだよね。

あのまま燃やしたら、ダイオキシンが出るでしょう。

でも、今どきは特に、厳重に縛られた嘔吐物ゴミっていうのは、ノロウイルスなども入ってる危険性があるから、他の燃えるごみとは一緒にしない扱いになる場所もあるでしょう。

病院から出たゴミなどはきっとそうでしょう。

コロナウイルスが入ってる可能性のあるゴミなんて、どこへ出されるんでしょう。

特殊な回収業者さんとかいるんだろうか。よく知らないけど。

歌舞伎町とか飲み屋街は、酔った嘔吐物が毎晩のように出るだろうけど、どうなってるんだろう。

ビニール袋ごと、みんなで燃えるゴミに出してしまってる

みんなでやれば怖くない

まさか燃えないゴミなわけない。燃えないゴミの集積所、どんだけ悪臭になるんだよ。周辺住民病気になるよ。


燃やしてもダイオキシンが出ないビニール袋を発明して、どこでも買えるようにして欲しい。

それと、まさかユーチューブのノリを真に受けていたら目も当てられないけど、

嘔吐物は窓から放り捨ててもいいもんだと拡大解釈をしてる者がいたら、お話しにならない

カラスがつつくでしょ。袋はいつか破れるでしょ

ユーチューブにもそんな動画流れてないわ。流れたらツイッターに貼られてエンジョウするわ


私が見た物体は、故意じゃない、なにかのうっかり事故があった物なんだと信じたい。

 

『お下品』な場面入りユーチューブの話、ずーっと前にもここに書いたことがあったんだ……。

もっときついこと書いた気がする。

そしたら、ここの読者として時々読みに来てくれていた(ブログの管理者ならまれにたどっていけるツールがあるんだよ。)人、なんかういういしい創作と発信をしている人だったけど、来なくなって。うん。ういういしい。頑張ったんだね……。

ごめんねぇ……。

今でも悪かったな…と思い出すことある。

きみのことじゃないんだよ……。

今でも作り続けてるといいなぁ。作っていれば、向上するよ。



※ネタバレごめんね。

マトリックスレザレクション について、まだ感想が出てくる。

ネオとトリニティが受けていたのは、まぎれも無く虐待と侮辱。

機械たちは、好き合っている2人を、あえて好き合わせたままああして微妙な距離に離して、社会的に無理なプロフィールを用意して、容姿まで変えて、

どうにもならない葛藤を燃料にして電力源にして、オモチャにして、うまくいかせないようにして見世物にして、興味を満たし楽しんでいた。

❝人妻が気になるの 仕事がせつないの 自分を曲げさせられるの 
もっと説明して どんな気持ち ねぇそれどんな気持ち 
オッケーきみは正気だから薬を飲むよね。クレイジーという言い方は使わないよ ❞

ふざけてますね~

これぞ虐待と侮辱だと思いました。

燃料とオモチャ用途に使うなんて。

燃料が燃えてたら機械たち自分たちが元気になれるから。都合が良いから。ずっと感情が燃えていればいいじゃないですか


本当に魂が別物に生まれ変わって、次の人生を生きているならまだしも。

たしか「ソースが起動しない。」という過程があったはず。

記憶データも、遺伝子データも、全部本人たちのを使って、発電所させていたんでしょう。

〇カにしてますね~


だから、2人とも、どっちの人格を選ぶか選ばされることに立ち向かって、戦うことに正当性が出てくる。

映画を観ている観客たちも、2人に感情的に応援したくなる。


本来なら、2つの人格から一つを選ぶなんて、統合失調症 などになる可能性がある危険行為だろう。


なぜ、それだけの危険行為をしなければならないのか。

❝人間❞ であること。

発電機じゃなくて、❝人間❞ であること。

オモチャじゃなくて、❝人間❞ であること。

❝人間❞ が ❝人間❞ であることを取り返すために、代表して立ち上がった2人。

いくら人類の多数派がSHEEP(ひつじ) だからって発電機にしてもオモチャにしても自由なわけがない。

家畜は人工添加物をたらふく食わせて従順で便利なメンヘラ状態でいたらいいわけがない。

メンヘラは回復する人権がある。
もともと備わっている回復力を、抑止されず、邪魔されずに自分のために使う人権がある。
人類プログラムのバグとして、機械との共依存の自覚も無いままに、傷ついた感情が報われることも無いまま一生終えるまで這いつくばって罪悪感で分からない答えを探しながらエネルギー燃料を貢ぐつもりは無い


7回目のマトリックスと人類の再起動のために、あらかじめ救世主の存在は予定されていた。設定済みだった。

その救世主が、まぁ、突然変異を起こして ❝人間❞ の主体性を取り返したと。

そういう話なんじゃないかなーと私は勝手に考えてる。


トリニティは強かった。

女性強(つよ)っ と思わされる存在になっていた。



ユーチューブの考察動画では、バックスが2人の子どもなのではないか説が出ていて、

そういう目線で思い出すと、なんか納得できそうな気がしてくる。

バックスバニーのバックス。白うさぎのタトゥ。

2人の身体を再生する時、トリニティが本人もまだ気づかない妊娠をしていたら、

そこから取り出されて、こっそり再生されて、どこかに隠されたとかなら、あり得そうな気がする。

記憶なんて、いくらでも偽造データを機械たちは作れるんだから。

だれがバックスをかくまって育てたんだろうね。

機械同士も戦争をした経緯があったそうだから、どさくさにまぎれて、なにか目論見を持った意識 プログラム がしたんだろうか

マシンシティから決別して、人間の仲間になったプログラムで、科学の力で出来た粒子の存在もいるから。

あるいはバックスが、新燃料開発実験で、マトリックスの中で機械たちに防衛機制されて(ネオが嫌いだから娘を代わりに悪運にしていじめてやるー的な)いじめられる設定をされてて、
それはいかんと良心とか目的のあるプログラムが目覚めさせた、などもありかも。

機械同士の戦争中に、対抗勢力の隠していた弱みとか脅迫材料みたいな用途で、バックスを目覚めさせたプログラムがいて、当人は姿を見せずにどこかに隠れているとか。セラフやサティは絡んでくるのかな。

バックスが2人の遺伝子を持ってるなら、ネオの気配に気づくのも分かるし、トリニティと脳神経回線を共有して目覚めさせやすいのも分かる。

なにより2人ゆずりの勘の良さと、度胸と、勇敢さと、賢さ強さ。



スピンオフはどんなのが出てくるんだろうね。あるかどうかはわからないけれど。

楽しみだね。

マトリックスはこうして無責任な考察もどきをしているだけでも楽しい。

ただし、作るなら早く作ってあげないと、

主役2人の身体がいつまで映画に耐えられるほど動くか、分からないよ。

50代はつらいよ。

絶対つらいよ。

ケガも治りづらいよ。太ったら痩せづらいよ。


身体が楽な演技をさせる道も無くはないけど。

たとえばバックスにアクションを任せて、孫の面倒を見る2人はちょっとねぇ…… 違うような。


キアヌやキャリーたちのインタビュー動画も見た。英語分からないままに。

キアヌは日本向けには意識してあえて、短文を、何本かしゃべってくれると感じた。しかもゆっくり。

キアヌ、キャリーは、英語をヒアリングできない者にも、なんとなく聞き取れる言葉を選んでくれてるように感じた。

ムービー、カーズスピン、アクション、ラーメン、エキサイト、プラクティス、イントネーション、マイキッズラブイット……

これも心遣いだとしたら、どれだけ大きな器を持ったスターなのか


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