書かないと生きられない人たちの存在

秋ですねぇ。

台風後ですねぇ。気圧ですねぇ。

体調を崩す人、しかも根拠も無く、明らかな原因も無く、感染源も無く。

感情の起伏が大きくなる人たちも、みんなじゃなく、現実のリアルにもネットにもところどころに見受けられますねぇ。

みんなじゃない。

体調やバランスを崩すのが、みんなじゃないのが不公平だ。

崩したら、❝怠け者❞扱いじゃないか。

でも皆さん、面と向かって「怠け者」と罵れない時代だから、引くじゃないか。言えなくて抱え込むじゃないか。でも現実の都合があるから見張るじゃないか。

されたほうはどうやって関係を修復していいのか分からなくなるから、自分の中で抱え込んでパニックになって、ストレスにしていくしかないじゃないか。


こうやって、遠慮してお互いに抱え込む時代になってきた。

大迷惑だ

もし私がおかしくなっていたら、苦情を言って欲しいとは、怖いから思わないが、本当は構って欲しいし、話を聞き出して欲しいし、手を貸して欲しいし、解決して欲しいんだ。


一昨昨日ぐらい。

ほのかに具合は悪かったんだ。頭が気圧に振り回されるのが分かる。若い時はもっとパニックだった。

バファリンが効くけど、薬の耐性が付かないかな、とか頭の中で検討会議をしてからにしなくてはならない。うっとおしい。

でももう緊急事態宣言じゃないし、デリケートに休まなくていいし、
でも言ったら言ったで聞かされた人の不安を掻き立てるし、聞かされた人の答えるべき正解が無いし、だから言えないし、
ネットは一方通行しか無い場所になってしまってる。

一方通行か、衝突事故か。

余所の人に気を付けながら左右正面をよく見てネットの情報の中を運転できる人には、私は会えなくなってきている。

むかしむかしあの掲示板のもっと前は、乗客たちが路面電車のようなサイトの中にご挨拶して仲良く座りながら、スレッドの中の話題のテーマから大きく外れ過ぎないようにと、気を付けて乗りこなしていたのにね。

居心地がいいから、過集中になる人も出たけれど。親切心から気遣いの言葉もお互いに書き合えた。20年は前の話だ。



出したいから例として出すけれど、

知ってる人は知っている。

いまだに、地方の町村は、病院の種類が少ない。

それを想像して、思いやる言葉を考えながら長めの文章を書ける人たちも、むかしのネットにはいた。


町村内にはちんまりした内科と外科の病院だけ。町立、村立が付いた病院だけ。

耳鼻咽頭科無い。眼科無い。整形外科無い。皮膚科無い。循環器科も呼吸器科も無い。精神神経科も心療内科ももちろん無い。
どこの町村も老若の女性はいるだろうに、産婦人科も無い。(解かってくれてると思うけど、この場合、出産だけのニーズじゃないよ。婦人科疾患は老若に渡っていくつもあるし、ピルのニーズある人もいるし、特に高齢者はバスに乗って頑張って遠方まで行けない人もいる。運転免許返納は都会でなら分かるけど、地方ではあり得ないから早く自動運転機能の車が一般庶民に行き渡って欲しい。私も欲しい。)
で、歯科だけある……。
保険効く治療しかできないところと、保険効かないこともできるところがバラバラにある……。

そんな地方から、『病院に行きたいけど無い。』とネットに書き込む人たちがいる。

または、長い悩みをネットで話し合った後に『地方だから病院遠い。』と書き込む人たちがいる。

むかしは、プロほどで無いけどそれなりに上手に勇気を起こす言葉を書いてあげる人たちがいた。

書けば受け取ってくれて、書いたことに応じた返信が返ってくる。
なるべくそうなるように、信じあえる信頼関係が日々作られていたからだ。


病院へ行く、という人生を左右するかもしれない行動も、丸投げ合いにならないように気を付けながら、勧め合える関係があった。

結果的に行けなくても、将来行けるように、考える材料がたくさん手に入る場所が、ネットだった。

私の若い頃も『地方の軽度当事者に人権は無いのか 』と嘆きたい時が幾度もあったけれど、私たちが支えられていたのが、そうして長文を書けるネットの人たちだった。


回線接続料だけで思考の材料がたくさん手に入るので、時には依存状態になる人もいた。

認知の狭さの特性のせいで、思考の広がりがあまり無い当事者でも、ハイな時やなにかで追い立てられて衝動性が高まってしまった時は、頭の回転だけが止まらなくなることがある。私もそうだった。

そんな時、次の展開へ進むために考える材料が無いととても苦しい。他の行動をしても切り替われない。

愛着障害的な衝動と認識を間違って、❝カマッテちゃん❞状態になる人もいるが、明らかにそうではない時もある。

愛着的には問題は抱えてないし、そもそもだれも憎くない

基本、お人好しのADHD傾向にも、基本、理屈で説明が付けば感情が静まるASD傾向にも、特にだれも憎くない時はよくある。

でも頭が回転して止まらない時がある。

でも普段から、ネットの長文の人たちから学んでいると、たとえば躁鬱などにならないように、そこまで悪化する前に、考えて、感覚を感じ分けて、予防してくることができたのだ。



現在は、個人が個人で完結しまくっている。

インスタグラム、ツイッター、フェイスブック、ブログなどにコメントとして付ければ交流が出来るが、

ご主人は『主』なので、出過ぎたことは出来ない。

どちらかが「今夜は寝る。」とやめたり、他のネットサイトに移ることで、議論が打ち切られやすくはなったかもしれない。

軽度当事者たちが、長引かないように気を付けながら、結論が出るまで議論し合ってる文を、読ませてもらうということは野良レモンのネット生活圏内の中では、無くなってしまった。


過去記事に書いたように、本当は、
当事者仲間たちが当事者仲間のことを心配して苦しんで考えてネットにたくさん書くものじゃなくって、
本当は、当事者はワケ―モンの本にあるように、適度に生活に困らないように働いたら休んでいればいいんだと思う。理想はね。

本当は医療や福祉が担当してやってくれるべきことなのだから。



一般の普通の人たちからは、私たちは心情的な距離を置く。
一般の普通の文化に合わせた仮面を被って、偽って努力する。

その癒しを求めて軽度当事者に近づいても、軽度当事者は叫び出す。過剰な反応をする。
何センチ先に何があるか、だれが怒り出すか分からない恐怖が、フラッシュバックしてエンジョウする。


荒野に取り残された個々の私たち。どっち扱いで取り扱っていただけるのか。

孤高なのか。

無様で見苦しいのか。




ASDミックス強め軽度当事者の人の、自伝本を読んでいる。

言語に強い人の言葉は、こんなにも無限に出続けるものなのかと。恐れ入るほど大量の言語表現。登山道はあるけれど遭難しそうなそびえたつ山のチャレンジのよう。頭が上がらない。

本だから、何日もに分けて読み続けられる。
(読み取りの辛い人は、ここも、タダでアクセスできるから、アップされたら1日で読む、とか頑張らないで分割して読んでくださいね。お気持ちはとてもありがたいです。)

こんなにも言葉が出続けて、でも感覚や思考の分類整理が出来なくて、思考の整理や落ち着くことを手伝ってももらえなかったら、統合失調症になるのも無理も無いんだなあ……と思わされる。

「人間社会」アレルギー状態。「人間社会」を受け付けない症状で、でも逆らって無理して頑張って溶け込もうとして、
社会へ出れば出るほど、自分の頭の中が傷付いていくかのようだ。

ASDは社会アレルギー、と言っていいかもしれない。

私にも言えるが生きるのが大変だ。


本の内容は、たぶん多くの当事者自伝にあることと近いかもしれない。抽象的な言葉が辛いとか。

相手の表現の足りなさを、自分の思考で頑張って考えて補うのが辛いとか。

過敏な感覚がいっぱいになって限界を超えると、こんな異常な状態になるとか。


どれもこれも、社会に理解してもらう必要のある内容だけれど、

言いたいことを、しゃべって外へ出すように言わせてくれて、山のような言葉と一緒に吐き出せる時じゃないと、出せないのは………
………言葉が溜まった時がさぞ辛いだろう。
関わり合う人たち自身が忙しくて、だれも、きっかけをくれない時。

ASDは自分自身の不調も、限界も、よく感知できなくて分かんないことがある。
世界中でこうして限界を耐え過ぎたASDミックスの軽度当事者たちが、破壊されている。


もしかすると一般の普通の人たちが心のゴムが伸びて伸びて、切れて、抑うつになることよりももっと、辛いメカニズムになっているかもしれない。

きっと外へ出す時にも超厳しい検閲が頭の中にあって、

教養が高く、賢く、厳しい基準が通常運転状態だから、ただ「なんか辛い……」とか、中途半端に発言するなんて、あり得ない機能設定になってて、

でも介助、として信頼関係ある他人が、柔らかい、ふんわりした思考を入れてあげることや、クッションの役の会話や、援助はきっと必要で、

その辛さを想像させる長くて詳細な『自己紹介』状態の本であると感じる。

どこの未来へ向かって行ったらいいのか、実は、パッと読んだだけでは分からない。

これからはますますそういう迷路に、私たちはぶち込まれていくのかもしれないよ。

だから、助けを求めたいんだよ 



書かないと、吐き出せなくて、限界を超えて脳神経系が破壊されていく、文字通り「書かないとしんじゃう」人たちって、たぶんいるんだと思う。

私は一週間の半分以上、書く以外の行動をしててもしんじゃわないで、どうやら生きられるので、まだお仕事に出られてる。

でも、毎日書く必要がある人たちは、収入も入って来ないと衣食住が買えない。

もし住んでいるのが実家で、書く生活をはっきり了承してもらえていないなら、反対されて逃げながら書くことは、人生に❝不合格❞が存在し得ないASDミックスにとっては拷問です。自尊心や気分の一貫性が耐えられない。現実を思い出しては騒ぐことになるかもしれない。

書く必要がある人たちは、収入も入って来ないと、自活ができない。

でも、「書かないとしんじゃう」当事者のだれもが、衣食住貯金までできる収入を、文章書きでは得られない。
書いてどっかに応募したとしても当たりを掴むのはそんな人たちの中の1パーセント以下。1人か2人しか理解しやすい、入賞などの評価をもらえないし、その後のフォローも、収入も無い。
無いことを前提にして、生きて行かなくてはならなくさせられてる。
支援する人たちは、無いことを前提にして、支援体制を作ってくれなければならない。書くのをやめることは、出来なさそうな人たちがいる。
書き続けたまま、実家に養ってもらうニート状態から脱出させる計画を立てていただく必要がある。

5080問題の本を読んだことを過去記事に書いたと思う。ニートは親側の限界が来る。これに尽きる。
いかに後戻り無く、実家から世帯を分離するか。早く別々に住むか。

評価としての収入じゃなくてもいい。収益があっての収入じゃなくてもいい。収入の出どころは生活保護でも障害者年金でもいいと思う。

「書く」→→「収入」の仕組みで収入が入ってくるシステムが作られて、
「書く」当事者が、自分から必死に説明しなくても(たぶん出来ない人が多いと思う。)受け身でボーッとしてても逆に支援者から説明をもらえて、
書いてたら読んでもらえて、感想を言う価値があれば評価を言ってもらえて、対価として収入がもらえる生活が成立すれば、もっと苦しみの度合いは違うんじゃないかと想像する。
投薬の代わりに、書いて吐き出して、評価をもらえる行動をするわけだから。
精神疾患を悪化させて騒ぎを起こすようなこと無く暮らすという、周囲のメリットがある。支援も介入しやすい。当事者本人の目的にも重なる。

そんな支援があったら、野良レモンも定年退職後に使いたいもん。年金で。
………手数料取られるともったいないから、半年に一回くらいの利用がいいかな。



言葉が溜まって、破壊、の悲劇、あと何百人が繰り返すんでしょう。

書いて、うんうんと自分でうなずいて、問題を抱えたまんま忘れて、流して自己完結して、自閉していられる場合じゃ無いんだよ。本当はね。





お米型のヘアケア製品が出てきた。シャンプー、コンディショナー、ヘアオイル。

ドラッグストアで初めて見掛けてさ。もうとっくに世間に出回ってたらごめん。



もちろんまだ買ってませんよ~。おケチでパターン行動する星の下に生きているアスペがそんな衝動買いするわけないじゃないですか~。


Bluetooth………(フラッシュバックタイム中)


話を戻して。

デザイナーって、ほんとにあらゆる世界からデザインを持ってくる。「米」っていうこのアートさには目を奪われたから、書きたくなったのよ。

香りテスターは嗅いでみた。

匂いがしなかったの………

でも食事は味が分かるし、たいていのものは美味しいから。味覚あるから。大丈夫。大丈夫。




あらゆることを、

納得しなくてしなくて病んで苦しんでも聞き入れたくない、という当事者は老若男女山のようにいる。



一方、ネットの有名人や食べるの好きなのに太らない人、などの評価を見てると、中には、

「陰ですっごい努力している。エライ。」と褒められている人たちがいる。



私たち軽度当事者は、結果を出せないけど、普通の体裁を保つために、すっごい努力している。

レモンマークの2つ上の、自伝本のお姉さんのように、万年通して自分の外の世界との付き合いに最上級の、大正解を、完璧に厳格に出し続けてやっと当たり前の通常運転、でなければ認知と精神の暗黒の奈落へ真っ逆さま、の気持ちもそれなりに解るほどに、多くのASDミックス軽度当事者は努力している。(だから本が売れて出回っている。)



同列に並べてもらえない。


日々、並べてもらえない現実、見せつけられ続ける。


努力を褒められれば、私たちの頭はそれなりに柔らかくなる。

発達障害に限らず、あらゆる頑固な人と、意思の疎通を図る方法の基本としてとりあえず褒める、承認することは、世界中で行われていると思うよ。(儒教が強すぎる残り方をしている国のそういう地域とか、親の権力とか、男性の権力などが強すぎる国のそういう地域は別だとはおもうけどね。)

つまり大抵はこの基本に戻ってくるんだと思う。


それを、暴力も孤立も強いたり、思い出させたりして、共依存まで受け入れさせようとするから、そう聞こえることを言うから、
私たちは脳回路からもう頑なになって、言われたことを受け入れられなくなる。私たちの頭は柔らかくならない。フリーズはしても。


少なくとも私の頭のフリーズを解除して、介入するには、

認識の時計の針は過去に戻さなくてはならない。

一般の普通の人が通常はしない、『蒸し返し』だ。

一般の普通の人たちがどうしてしないのかというと、『蒸し返し』することで自分に必ずしも有利な結果や利益が得られるとは限らないし、恥を搔くかもしれないからだと思う。平常心も壊されるから邪魔くさいと考える人もいた。それに過去は過去なのでものすごく無意味なことと考える人は多かった。

少ないけれどトラブったお相手たちに聞き取るとそんな考えを持ってることが分かった。

私だって平常心から一歩も動きたくないさ。でも何十人の人間に今までの人生で振り回されてきたか。だからこんな文を書かずにいられないんだ。

もっと聞き取りしたかった。でも嫌なんだってさ。(当然……)

過去の『蒸し返し』の位置から前提の書き換え、上書きがされなくてはならないし、私はそれを『お願い』されるか、対価が払われるかしないとしない。
(例外として、リアルな現実でもネットの中でも、心身どちらかの疾患で認知がブレていたり、先天的に始めから認知が特殊な状態が明らかであるなら、配慮として私側から察したり下手なりに歩み寄ろうと試みることはある。
でもそういう配慮の選択肢を持っていたら、だれにでも底無しにすべき、
わざわざ謝らなくても挑発されたら反応するべき、
ルールは守るべきそして破れと望まれたら破って感情を書くべき、
社会のルールを破るのは犯罪者であり、可哀想な人から望まれたら可哀想な人には正当性があるので犯罪者にもなるべき、
ネットに来た自己責任として何度でも犯罪の指示に従って、叱責されても依存するべき、
ネットに来たら 犯 罪 者 になるべき、
否定されたら何回でも書き直しするレスポンスのマシーンとして断らないで生活を破綻させるべき、
できなければ集団からもう相手にされなくなる裏切り者になる、かのような圧を掛けてきて、
あの掲示板で要求されましたね。そういうことです。)できない。

だからかろうじて労働ができているんだと思うことがある。

(働く……合っていることも、それなりに楽しめることも含めて働く。労働……働くためには付いてくる面倒くさいこと。成立させるために仕方なくすること。感染対策とか、聞き取れなかったことを頭を下げて教えてもらうとか。野良レモンのテキトーな書き分けです。)





働いている、当たり前に生産の場にいる女性たちの姿からは想像もできないだろうけど、

または想像できなくてぜんぜんいいんだけど、

『キャント イート アップル』男性たちにとって、難しいのは、

結婚や出産が絡むと、とたんに ❝女性❞ が違う生き物になったかのように変容する、ということなのではないだろうか

そこに上手に対応できないと身の回りや社会から自分がバッシングを受けたりするもんね。自分可愛いもんね。
痛い思いは怖いもんね。

じゃ模範的な対応ってなあに と。どうすればいいの と。

分かんないらしい。

だから有名人でも40近くなっても結婚に踏み切れなかったり、出産前後のスキャンダルはザクザク大量発生するからパパラッチが撮りやすくなったりする、
という目も当てられないことが起こるのかな。

ではその前に、『キャント イート アップル』が教育で身に着けておくことってなにか無いのでしょうかね。



とりあえず、社会で働いている女性たちは社会性があり理性と知性のある人間です。当たり前です。

そうでなければ異常です。

結婚すると 『鬼』 に化けます。当たり前です。これも当たり前の仲間に入れてください。

これ日本の言い伝えでもとうに言われているんですよね。だから角隠しが存在する。

その存在を野良レモンが知った頃は、子ども心に(なんであんな重そうなものでなければならないんだ なんか納得いかない )という思いがよぎったものでした。私には縁が無い物ですが。

出産する時も 『鬼』 です。痛くても無痛でもどっちもです。本能です。命を掛けるってそういうことだと考えてます。


喜んで 『鬼』 になる必要はありませんが、表面に出さなくても、魂の中で 『鬼』 にならない女性の方が心配ですよ。
野良レモンがそういう過剰にのほほんとした女性の母親の立場なら、孫は生きているかをメールで確認したくなるかもしれない。


たとえプロポーズ前に天使のようでも、『キャント イート アップル』にとっての貴重な支援者のようであっても、

女性は本能の中に、魂の中に、『鬼』 を持ってます。優しさが変わらなかったとしても、 『鬼』 ごと、敬意を払うものなんですよきっと。

だからといって逆に、自己愛や発達の未熟さや婦人科疾患やあらゆる体内物質バランス不足で、ヒステリックに怒ってばかりいる女性でも我慢 というわけではありません。

書くまでもないですが、身体が原因の場合「治そう」の気持ちが発動していなければ、病院なり支援センターなりへ自分が一緒に付き添って行く、という行動にも繋がらないでしょう。
そんな解決へ向かえる未来が見えなければ、被害者は身体的な損害を負うものなので、距離を置く、という結論につながるでしょう
落ち着く、という状態に価値を女性が感じているんでしょうか
ちゃんと目指しているんでしょうか
そうじゃないなら、たとえ『キャント イート アップル』でも、つけこまれる理由にはならない。

私たち『キャント イート アップル』は、それぞれに原因があるので、リンゴを食べる権利こそ無いでしょうが、
虐待から我が身を守る人権はあるんですよ。

逆に身体が原因かもしれないのに、調べることに協力もしないで「性格が悪ければ俺たちの未来が見えないんだー 」と決めつけてなにも行動も調べもしないなら、
どっちにしろお別れの未来しか無いんでしょうね。

どんな問題を乗り越える時にも、言語化 して話し合う、という行程は外せない、ということなんですよ。



『鬼』 の取り扱いに話を戻す。

だから男性は、結婚して欲しい時、手を付いて「お願いします。」に、基本、なるんじゃないかと思うし、
本人だけじゃなくてご両親にもなるものなんだろうし、必要に応じて土下座なんだろうし、
(あくまで基本だから、各自でアレンジするべきですよ。)

結婚前に、想定外におめでたくなってしまった場合も、基本形は、土下座で「最高に嬉しいです。育てさせてください。お願いします。」という内容が、
明文化して(各自で女性のニーズに応じてアレンジして)伝えられなければ、

誠意の言葉の、ハズレくじを引いた女性の怒り は、限りなく広範囲を焼き尽くす。

男性ご自身の しの床にまでのしかかる 呪い になるのかもしれない。

たぶんそのへんが、世の『キャント イート アップル』男性にとって面倒くさいんでしょう


軽度当事者を含めた、臨機応変の利かない、思い付かない『キャント イート アップル』男性が、失敗したくなければ、

になる』と『土下座』の二つだけを頭に叩き込めば。

二つなら、パニックでも脳から飛んでいって、消えて、忘れてしまうことは防げるんじゃないですか


『鬼』は怖い。嫌だ。と言いたいボウヤもいるかもしれませんが、

時々『鬼』 になってもそれでも人生をご一緒したい、人生ごと欲しい人間なのであろうか、ということが、結婚したい人間なのか、ということになるんじゃないでしょうか。



難しい

『キャント イート アップル』にとって。


私は、私に無い実行機能能力を持って、新居作って、電話線引いてネット引いて光熱費の契約も免許の住所やナンバーの書き換えも苦も無く出来て、大量の関係各所に義理も果たせる羨ましい能力の人たちが、

なあんで不適切行動で、作り上げた生活空間をぶっ壊すことが出来るのかが、不思議でならない。

じさつ は共感箇所が多々あるけど、ただ、ただ、痛ましい。やめて欲しい。

けれども不適切行動にはなんで と思う。

私のように大きな引越しをやって燃え尽きてしまう経験すると、ただ、ただ、もったいないというか、実行機能を分けて欲しい。引っ越し一回分1万円なら、買ってもいい。




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(16)100%たとえ話『植物星から来たお花星人 お花レモンちゃん』その16

一話目
二話目
三話目
四話目
五話目
六話目
七話目
八話目
九話目
十話目
十一話目
十二話目
十三話目
十四話目
十五話目



花びらの中から出ている顔でコミュニケーションを取りながら、元気に花粉を振りまき、花の香りで蜂が寄ってくる、お花レモンちゃん。地球の人間社会に適応しようとしてる。

暖房と水のある家に住み、養分のサプリメントを買うために、企業に入って働きます。




館長が、逝去した。

働き過ぎの傾向はあったが、好きな仕事を倒れるまでやって、大往生だったのではないかと、親戚たちや看護師たちの意見は一致していた。

最後の時、『オシベ』は、ヒョロに呼ばれて館長の片手を握っていた。

「いいんですか。みなさん家族がいるのに、ぼくが手を………」館長の腕は2本しかないのに。『オシベ』は遠慮しようとした。

ヒョロは言った。

「テレパシー使ってみて欲しい。なにか見えるか……聞こえるかしたら、教えてくれる 」

『オシベ』は館長の意識に波長のチャンネルを合わせようとしてみる。

見たことが無い大海原。『オシベ』はまだテレビでしか海を見たことが無い。

でもこれはホールのショーのプールじゃない。

水面にシャチ、小さいサメ、イルカ、アシカ、ペンギン……まだまだいる。

アザラシ……マッフの家族たちだろうか。

見えたものを『オシベ』はつぶやいて伝えていった。

「みんな迎えに来たんだ 」

「『オシベ』くん通訳ありがとう 」

「じいちゃん、『一匹でもいい、水族館でしんだ動物たちが迎えに来てくれたら嬉しい。だから宗教はいらない。』って言ってたもんねえ。」

『オシベ』の視点は大きな大きなヨットの船上に乗っていた。川辺の生き物たちも船上に来ていた。

ワニ、カバ、ラッコ、ビーバー、カワウソ………

海面の生き物たちがかなり大きく動いているはずなのに、ヨットは揺れることなく穏やかだった。

みんなが、それぞれの気遣い方で、館長を出迎えて、歓迎しているようだ。

海上なのに、真夏のように眩しい、暑い日差し。

現実の館長の体温は下がっていたが、ここではとても暖かい場所にいるようだった。

水平線の向こうには、港や、飛行場、浜辺、岩場、背の低い林、山のようなものが見える。それらを伝える。

『オシベ』は港に行ったことが無くて、どれがどんな場所なのか知らなかった。それでも一生懸命話して伝えようとすると、「オホーツク」「イリオモテ」などとヒントになる言葉がどこからともなく、頭の中に入ってきた。それも必死で伝えた。

どうやら、館長の好きな場所や、思い出深い場所の風景が、大集合して現れているらしかった。

それぞれの動物たちと目が合うたびに、名前も『オシベ』の頭の中に入ってきた。名前も順につぶやいていった。

水族館に関わったことがあるらしい人たちは、『オシベ』のつぶやきを聞くたびに「おおーっ」と声を出していた。

最後に「みんなみんな、ありがとう。ありがとう。いい人生だった。元気でな。」の言葉を『オシベ』は伝えた。

医者がその時を伝えると同時に、『オシベ』が見えていた映像も、画面が暗くなり、終了した。




「セシュの叔父さんに『オシベ』くんがこのまま残れるように頼むから。」

とヒョロは『オシベ』に言った。『オシベ』は混乱した。

「その叔父さん、という方のお名前が、セシュ、っていうんですか 」

ものすごく疲労している時でも、人間社会のことを基礎から知らない者に教え続ける、という役割を担っていたのがヒョロだった。

しかし、ヒョロには休憩も必要だった。泣きはらした顔で微笑みながら、『オシベ』に小銭を握らせた。

後ろから、高齢女性の柔らかい声がした。館長の妻だ。

「『オシベ』くんも水分補給していらっしゃい。涙が滝のよう。水でしか食事できないんだから、不足しないようにしないと。」

ベンチやソファのあるロビーでも、館長の親戚たちが休憩していた。

自動販売機でペットボトルの水を買うと、窓から、夜明けの、その前の気配を知らせるように淡く白い光の色がロビーに忍び込んできた。

そんな時間になっていたことを『オシベ』は初めて知った。



館長の葬儀は、無宗教。そして基本、家族と親戚だけで行うことになった。

エンディングノートにも書き残され、まだ話せるうちに、ヒョロたちに口頭でも話していた通りに準備された。

しかし、従業員と『オシベ』だけは例外となった。従業員たちは、速やかに水族館の業務に戻れるように、作業着での参列も認めると、水族館に伝えられた。

でも、従業員たちは数人だったが、全員喪服を着てきた。女性は、業務中同様、ほぼスッピンだった。

『オシベ』も、家から取ってきた喪服を着た。『お花レモンちゃん』たち一家、全員で礼服店に行き買ってきた喪服だ。「御霊前」と書かれた香典袋には『お花レモンちゃん』が5千円を包んでいた。

無宗教だが、焼香があった。

従業員たちは、泣きはらして親族席に座るヒョロに代わって、『オシベ』に動き方を教えた。



親族同士、初対面の親族が沢山いた。

それぞれが紹介されながら、『オシベ』はやっとセシュの謎を理解しつつあった。

故人の一番近い親族が、喪主。この場合、妻。

妻だけでは準備が大変過ぎたら、代わりに中心になって準備を進めるのが、施主。この言葉、セシュと読む。

館長の息子たちの中の長男が施主。ヒョロにとっては叔父。

アバシリから来たヒョロの父親は次男。

その次の三男は、オキナワから一人で来た。

四男はブラジルから家族親戚連れで来た。

末の長女はアフリカから家族連れで来た。

家族、親戚限定の葬儀にしても、かなり大人数になった。

無宗教ではあったが、親戚たちがそれぞれの好きな宗教で祈る、自由な空気があった。

故人の回りは、シンプルに花だけで囲まれていた。止めても聞かない親戚たちが自由に祈りをするためだ。

無理に止めることにしても、妻や日本国内の子どもたちが大変な思いをする。海外からなら大金を掛けて来たに違いない。したいことを止めるのは申し訳ない。だからあとは「自由にやってくれ 」と館長が言い残していた。

ただ、「お願い」が参列者に伝えられた。『オシベ』をSNSに載せないこと。国へ帰っても言わないこと。


「こうみょ~ へんじょ~ じっぽう せかい~ ねんぶつしゅじょう~ せっしゅふしゃ~ 」

「主よ、みもとに召された人びとに永遠の安らぎを与えてください。あなたの光の中でいこわせてください。アーメン 」

大人たちが仏教、キリスト教などの祈りをささげる。

会場の隅で、黒くつやつやした肌の混血の女の子と、褐色の髪の混血の女の子が、英語でささやき合っていた。

「ねえ、あそこに座ってるのズーウーマン 」

「まさか 日本にもズズがいたの ねえ話し掛けに行く 」

7歳と4歳の女の子たちは、それぞれの親に許可を取ると、葬儀のマナー『笑わない』も忘れて、嬉しくてたまらない笑顔で『オシベ』に近づいてきた。

7歳、黒い肌の女の子が年上らしく、精いっぱいの勇気を振り絞った。

「ハロー、ズーウーマン

『オシベ』は2人と目を合わせた。レディーと挨拶する時は、目線が上にならないよう、自分が背を低くする、とズーウーマンが動画で話していたことを、『オシベ』は思い出した。

『オシベ』は椅子から降りて、床に片膝をついた。挨拶をしながら握手のために右手を差し出した。

「ハロー、プリンセス。ナイストゥミートゥ―。アイアム ズーウーマン。マイネームイズ、オシベ。」

女の子たちの顔がはじけたようだった。驚きと喜びで彼女たちは、ウワアーオ と感動の声を上げながら、『オシベ』と握手した。

「オシベ― オシベ ママ― 」

「ナイストゥミートゥトゥー スミマ…セン アリガトウ 」

女の子たちはそれぞれの母親に英語でお願い事をしていた。かなり早口で『オシベ』にはもう聞き取れない。

母親たちが申し訳なさそうに言って来た。

「絶対SNSには上げませんから……ヘックション ……一枚だけ、娘と写真に写ってあげてもらえませんか 家族だけの秘密にして、……ヘックション ……一生の宝ものにしたいからって……ごめんなさいね 」

『オシベ』は女の子たちと1枚ずつ、それから3人そろって2枚、笑顔で写真に写った。

悲しむと、ストレス性の花粉が増える体質であることは、この時の『オシベ』の記憶からはきれいに消えていた。





忌引き休みが明けてヒョロが水族館に戻ってきた。『オシベ』は、意を決して話をした。

「来週、給料を受け取ったら、南の島の植物星人に、会いに行きます。だからお休みをいただきます。無事に帰れたら、またお世話になります。我が侭を聞いていただき、すみません。ありがとうございます。」


資金が、溜まった。

『ネクタ』の冷蔵庫代の立て替え分も、『ネクタ』は全額返してきた。

そのうえで『セント』の旅の資金も、溜まった。

「そうかー。行くのかー。……寂しいな。」静かに微笑みながらヒョロは返事をした。




最後のバイトが終わった。

初めて会話をした夜と同じ、満月の月の下。目の前にはマッフがいた。

「どうしても会わなければならない人がいるんです。水族館に、しばらく来れません。許してください、マッフ。」

「休むの 次は 明後日来るの 」

「すみません。いつになるか、ぼくにも分からないんです。水族館は楽しい仕事でした。マッフとたくさん話せて楽しかった。ありがとう。」

マッフは、考え込んだ。そして言った。

「知らないわ いつまでもいる❝優しい人❞だと思ったのに わたしだけにボールとエサを投げていたらずっと楽しくいられるって教えたでしょ なのに ❝優しい人❞はいなくなってばっかりいる 」

マッフは、人間の耳には「ゴッ ゴッ ゴフゴフゴフゴフー 」の鳴き声にしか聞こえない文句を言った後、

『オシベ』に背を向けると、水の中へ飛び込んでいきそのまま出て来なかった。



ヒョロは残業しないで帰った。あとをマッフの飼育員たちに頼んでいた。


まだ館長の危篤から葬儀までの疲れがあり、それでも初七日で祖母を手伝い、次に迫る四十九日の準備も手伝っていた。

無宗教なのに、「来たい」と電話をしてくるお客たちが後を絶たないからだ。

館長の付き合いは広く、初七日は無償でお経をあげさせて欲しいという海洋学者が来た。出前を取ってもてなし、館長との思い出話を聞く。

疲労から回復していない祖母は、身なりを整え、黒い正装を着て待機するのが精いっぱい。出前の手配と家の中の掃除に、ヒョロは半日有休を使った。

その後も、館長の葬儀が家族葬だったことで、葬儀に来たくても来れなかったお客たちが、香典袋を持って連日館長の家に来る状態になり、祖母は応対でダウン寸前であった。一番近くで暮らすヒョロの手伝いが欠かせなくなっていた。


ヒョロの頼みを受けて、のぞき見していた飼育員たちは爆笑していた。

「キャッキャッキャッ 怒らないで― さぁ引き留めまーす ピンドーン ………延長入らなかったか。マッフ嬢でも無理だったか。立ち尽くして見送ってるわ『オシベ』くん。」

「ギャハハハハ 面白過ぎる。キャバクラアザラシ。いつまでも見てられる 宇宙人でもいいから無事に帰ってきて欲しいなあ。いいやつだったなあ。」

『オシベ』は、水族館みんなから、いなくなることを惜しまれる存在になっていた。





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