もう岩戸の中にいようよ。中で女子会しよう。

いやー、残念だったね、大統領おじいちゃん……。

テレビで会談のニュース見て、ベトナムがそんなに伸び盛りの国だってことを初めて知った。

会談は準備不足でうまく行かなかったけれど、大統領が一貫して穏やかな態度を取っていることに、

野良レモンはずるさとか利口さを感じて、なんとも言えない気分になっていたよ。

ああいう億万長者の大統領の傍には、どうせ、心理学に長けたアドバイサーが付いているだろう。

父親に威圧と脅迫で育てられた若い将軍様をどう攻略するかの、ずる~い入れ知恵を入れて、高~い給料をもらっているんだろうさ。

タワーマンションの、すっごい高い階層に住んでいるんだろうさ~。

“ヘイ、プレジデント、あの若造にとっての絶対的ラスボスは、愛や受容をくれなかった父親ですぜ。憧れと同時に、恐怖も憎しみも抑圧して持ってるぜ。父親に女が何人もいて、母親を苦しませて、競わされて、だから今は若造はまだ愛人や側室を作ってないぜ。愛と憎しみミックスだぜ。だから若造の弱点は、父親的世代の権力者が肯定して受容してくれる経験ですぜ、ベイベー今回では無理かもしれないけど、揺さぶり掛けようぜー資金はありますぜベイベー

チャラいこと言ってんだべやコラ。

どうせすっごい高級車とか持ってて、運転手とかSPが付いて。

高級車、世の中にいくつもあるらしいけど、野良レモンはランボルギーニぐらいしか知らないや。

エンジン音や加速がカッコいい車よりも、未来になったら自動運転自動車が欲しい。

人の心は、温かい心で動く、んじゃなくて、打算や作戦で動かせることを、世界に見せる寸前、にしてしまったような気がして、なんだかやるせない。

そして、大統領おじいちゃんも、凄腕のビジネスマンであるから、秀才にどんな入れ知恵をされても、了解して、理解して、やれちゃうんだろうね。そういう力はあるんだろうね。

命懸けのイエスマンに囲まれてきた若い将軍と、ありとあらゆる利害関係、価値観、文化のビジネスマンに揉まれてきた大統領の、違い 
だからといって、野良レモンは、揉まれてきて勝ち残ることが正義でカッコいいと、安直に思いたくはない。影響を受けたくはない。

ミサイル事件で、頭に来た経験のある野良レモンは、複雑だ。

拉致被害者の家族会の方たちは分かっていた。そううまくいくわけないと。

あの国はね、あの国ごと解体されないと、真実なんて判明しないのよ。だから、アメリカの助けは欲しい。解体に持ち込むにはアメリカぐらい大国の助けが不可欠なんだけどね。

難しいね。一般の普通の社会のニュースの取り扱いは。





自然恋愛に恵まれない女性に求められる『労働力になるメス』になることについて、ネットはいつも考え続けている。
野良レモンは思考する材料が無いが、たまにこうして首は突っ込んでみる。

むかしのむかし、昭和の真っ最中は、私の記憶ではフェミニズムという言葉が強くなってきた頃で、

女性をしょっぱなから『労働力』とか『子を産めるメス』扱いしようものなら、

社会の一部から袋叩きに合ってもいいぐらい、浸透してきた時代であった。

つまりそれだけ、叩き直さなくてはいけないぐらい、女性を人格ではなく、物のように扱うことがすでに容認されてきた、良くない歴史があった。

私も学生時代に、そんな時代と戦ってきた人達の本を少々読ませていただいて来た。


しかし、平成の終わり掛け、一周ぐるっと回って、社会が本音を示し始めた。

あのコンカツの会社の偉い役職のお姉さまが動画で怒っていた件、

40代以上の女子はもう、『労働力』としてしか当てにされない現実があらわになってきた。


むかしはどうしてフェミニズムが社会に浸透できてしまったか。


むかしの女性差別は、地域にもよるが、産まれたばかりの女児からされることが認められてしまう場合が多かった。

しかも、むかしの習慣の良くないところは、

自分の努力で優秀になれた女子も、意志や夢がある女子も、

自分の人間性で自由恋愛をきちっとできた女子にも、築いたものをぶち壊して全否定してでも、

全員ひっくるめて、家のメンツを満たす義務、子育て、妻の仕事、介護の『労働力』を押し付けることを、決めつけてしまえていた点だ。

んなもん適性無いと出来るわけが無い。

これに、現代は多くの老若男女が気付いてきている。

だからもう押し付けやめてと、女性は自由に生きるべきよと、気付いた人たちは声に出し、行動で示してきた。
意識の高い高齢者は、体を鍛え、健康診断を受けて、終活をして、人の世話にならない生き方をしようとしながら、『やすらぎの郷』のような老人ホームに憧れる。 (野良レモンも入りたい。)

押し付けの連鎖は、まだ完全ではないが、日本から、みるみる無くなってきているとは思う。

それは良かった。

しかし、若者たちに未解決のまま丸投げされた課題として、自由に生きてもいいけど、他人様の心も、都合も、労働力も、欲しくても自由に手には入らないよ、という問題が残った。

問題の解決方法 (思いやりを持って人と接しましょう、支え合いましょう、という基本に尽きると思うんだけどね。) を、分からないまま親が子供を育て、分からないまま世に解き放たれた子供たちがいっぱいいる。

それを野良レモンは、痛くもかゆくも無い場所から眺めている。 テヘペロ



私の血縁者たちの人生の終わりを見ると、

まだ、独身のままで人生を終える人はいない。

だから、まだ野良レモンのお手本としては近いケースを見れていない。

もう天国へ見送ってお別れした年上の大人たち、全員が既婚者。

だれかが人生を終える時、配偶者は、仕方なくやらなくちゃいけないこと、常識的なことでも山のようなこと、をズタズタになってやる。浸っていられない。

特にいじめとか無くても、常識的で当たり前のことをこなすだけで、限界を超える疲労を背負い込む。

野良レモンは(これなんだ。)と口に出さずに、心してきた。

結婚で、賭けるもの。

富める時も病める時も、し が二人を分かつまで、ずっと分け合い続けるもの。




これは、一般の普通の人たちの中でも、健常者と表現していい、勤勉で健康な人たち、

そして、そうでなくても、心身のどこかに偏りがあっても、神様の意図があって運命に選ばれた人たち、

こんな人たちが、負う試練なんだ。


みんながみんな、恋愛や結婚をやればいいってものでは無い。

恋愛や結婚の中で辛いことをやりたくないからって、相手が自分に都合良い『労働力』でずーっといてくれるように、虐待などで上下関係を強制するものでも、無い。
いや、してはいけない。



私たち軽度発達障害当事者は、コミュニケーション力に難がある状態で生きてきた。

だから、人と話が通じ合うように、他人様の話をよく聞いたり、読んだりして調べた当事者は多い。

だから、人に通じて分かってもらえる言動をしようと、頑張った結果、

人に合わせた言動や価値観が、自分の思いだと信じてしまいがちになる、二次障害も負ってきた。

でも、恋愛や結婚に関しては、人と同じじゃいけない。

通用しない。

愛着障害があるなら、コミュニケーションを感知する感覚を曇らせるフィルターが存在してしまう。

それは非常に頑固だ。

その頑固なフィルターが、運と努力でもし、幸運にも取れた場合、そこからしか、

自分の目で、耳で、思考で、自分だけの価値観を探し始めることはできないんじゃないだろうか。

私はそこまで頑張りたくない。

35いや、30歳を過ぎたあたりの多くの軽度当事者が、感じている努力の限界なのではないだろうか。


それでも、ときめきたい軽度当事者に本の需要はあるようで(もしかすると支援者に需要があるのかな。支援難しそうだもん。)大きな書店へ行くと、時々見たことない本が売っている。

ASD、恋愛、したいんか……

そんな、妥協と我慢と混乱ばかりの、他者承認作業によぅ……

ASDには辛くて苦しい、茨の道じゃないか。

リスク嫌い。不安嫌い。見通し不明瞭、嫌い。ギャンブル、嫌い。

きっとどの本にも書いていないけど、ASDスペクトラム持ちが恋愛関連作業でパニックになって薬を増やしてしまう不健康な状態は、どうしたら解決するのかっていうと、

たぶん、婚姻届けと源泉徴収票を相手から、受け身でもらってしまえばいいんだろうな。

結論を

バッサリと。

そして自分が自分中心で結論を出したり、条件を付けたりできると落ち着くんだろうな。

もっと言うと、人間ドック結果通知と戸籍謄本も付いてくると安心するんだろうか。


でも、
芸能人の人で、50日?60日?で泣いて離婚した人がいたもんね。耐えられない、落ち着かないって。
その人にとって、落ち着く状態が、未入籍で、同居で、助け合いだけしたいっていう……うーん……、そういう環境だったんだねきっと……。そんなに辛かったんだ……。

いやいややっぱり難しいわぁ。
責任、で縛られるって、きっと耐えられないぐらい苦痛なんだろう。
私が分からない、スペクトラムの位置に住んでいる人たちの、自分の主体性に迷子のように悩み、彷徨う人たちの内面世界。
でも、お相手の意志や主体性は、ケロッと受け入れられる、価値観。分からないわぁ。



幼いむかし、日曜日の親に、「今日はデパートでお子様ランチを食べましょうね。」と、連れて行ってもらうお出掛けは、楽しかった。

稼いでいないし、移動手段も無いから、当然、受け身だった。でも、親の保護下の限られた生活の中で、華やかで新鮮で刺激的で、美味しい思いをさせてもらえる機会は、親の愛情を感じる、とても嬉しいものだった。

しかし、大人になると、「今日はデパート行きましょうね。」「わぁい 」で、めでたく成立するお出掛けばかりにはならない世界になっていく。

受け身ばかり、人の車に乗せてもらってばかりな出掛け方をしていると、頭を下げてお礼やお詫びを言わなければならなくなったり、気遣いをして、ガソリン代として相応のお礼の品を時々用意したり、なにか奢ってご馳走したりする必要が出てくることもある。

そういうの、面倒そうでやだなぁ、できないなぁ、と限界を感じる軽度当事者の中には、ネットで目にするような、
“愛玩動物”ポジションの結婚をして、外に気遣いをしなくていいように、お相手に全部面倒を見てもらい、教えてもらい、退屈しないように楽しませてもらう願望を持つケースもあるようだ。



たぶん、ネットで積極的に寂しがっている軽度当事者たちのほとんどは、そんな全部面倒を見てもらえるゴールインを狙って夢見ているのではと思う。

隠れていたい。待っていたい。誘われたい。お願いされたい。だから自分からは手足の一本も動かしたくない。そうして岩戸の中に隠れている。

積極的どころか、そんな接近したり、探ったり、待ったり、恐ろしい戦争のような駆け引きから、怖くて逃げたい、無関係になって遠ざかりたい野良レモンたちも、岩戸の中にごっそり隠れている。やだよ。自己開示とか、能動性とか、基本、やだよ

プライド、じゃあないんだよ。

たまに誤解されるけど。

自閉の限界で、なにも出来ないんだよ。出来ないもん。

だから野良レモンも自分を、たぶん受動型だと目星をつけているんだよ。



特性として、いるんだよ。

開けてもらえるまで引き籠ってないといられない、外へ出るなんて考えられないアマテラスオオミカミのような女子たち。

なら、もう出なくていいよ。

岩戸の中に隠れていよう。出ることを考えるだけでもストレスだよ。
ピザとケーキとたこ焼きで女子会していよう。トッ〇バリューの安いお茶と紙コップも持ち込もう。

働いて稼いだお金で。

それでいいじゃない。

だれも岩戸は開けないよ。





麻薬中毒から脱した人に起こるという、フラッシュバックとか、飢餓感の再燃

一度、過適応してしまった刺激の世界があまりにも強烈に焼き付けられ過ぎたとき、

刺激三昧な生活から縁を切っても、それは起こるという。

二次障害を負った軽度当事者893集団のシゴキがあまりに強く、期待もあまりに強く、依存先が無くなったダメージもあまりに強い場合、

私たちにもそういうショック状態は、起こっているのかな。気付いていないだけで、時々よみがえっているのかな。


私たちに愛着障害が残る確率を、大きく下げられる方法、

それが幼少時からの支援と療育なんだろう。


愛着障害、辛いね。

そして、愛着障害を克服できて、健全な相互の思いやりの関係を築ける人たちも、辛いね。

辛い宿題。

神様からの宿題。

当たった人だけやる宿題。