“悪い噂が立つ”ということ

歴史の中の天才に、菅原道真、という人がいた。


菅原道真、なんて、本当は野良レモンが取り扱うなんて、畏れ多いことなのかもしれない。

国公立大学とかその上の、院とか、歴史と文学を徹底的に勉強してきた、

野良レモンには足元にも及ばない人たちじゃないと、適切に扱えない事例なのかもしれない。


10歳ごろから、漢詩とか創作を作っていて、

18歳で、国の秀才ばっかりが入れられる組織に合格する。

それから、『位』を授けられていき、順々と昇進していく。

詩も読むし、本も編集して天皇家にささげるし、武芸にも秀でているという、

絵に描いたような文武両道、

妻子も側室も得たし、他にも出張先でオネエチャンと真面目に仲良くなった記録がある。

偉くなっていく過程で、天皇家からもバックアップしてくれる人ができる。

間違っていることを間違っている、としっかり言ってしまうタイプ。

父親が亡くなった後は、身内が開いた塾みたいな機関を引き継ぐ。

朝廷の天才秀才を束ねていくような立場になる。

藤原氏、あまり見逃したくない勢いづき方をしていたらしい。

天皇家の偉い人は、菅原道真を使って藤原氏を抑えにかかる。不幸の始まり。

遣唐使を、先行き危ない、危険をおかして行く割には得るものが無い、国内の発展が大事、ということで廃止させる。

娘二人は、天皇家に働きに出したり、お嫁に出したりして、親戚としてもつながっていく。

藤原氏と菅原道真、政治のツートップになる。

「あいつ勉強で昇進しているだけじゃん。家柄がいい人間さしおいていい気になるんじゃねえよ」うさんくさがる勢力が出てくる。

「もう十分働いたよね。早期退職して詩や歌を詠んで遊んでいればいいでしょ。」と勧める。当然断る。

『あいつは現天皇を失脚させて、娘婿を皇位に付けようとしているぞ。』ここで噂が拡散される。

悪い噂、だけで家族ぐるみで裁かれてしまう。

味方がいなかったわけでは無い。正室を逃がしてくれる人はいた。でも子供たちは流罪に。

菅原道真本人も左遷、というか一人きりで流罪。

バックに付いていた天皇家の味方は、当時の現役の天皇に取りなしを言いに行くが、面会させてくれなかった。

菅原道真は寂しがり悔しがりながら亡くなった。

それから、藤原氏の一族が次から次へと亡くなった。

現天皇の皇太子も、孫も亡くなった。会議中の御殿に落雷した。多数の怪我人が出て、

現場を見ていた現天皇も具合が悪くなって亡くなった。

「やばい、菅原道真の祟りだ

藤原氏の偉い人の弟は、菅原道真の理解者だった。その頃には弟が権力を持っていたので、動いて、菅原道真に『位』を戻して子供たちを呼び戻した。

その後、100年くらい、災害が起きると祟り扱いされた。

天才だったから、学問の神様としても、神社にまつられた。





野良レモンも、子供の時、受験の年に「行くか」と親に言われて、

そういうものなのか、神社に拝みに行っとくものなのか、と「はーい」と神社に連れて行ってもらったことはある。

そういう由来の人だったのか。


“悪い噂”の使い方として、成功してしまった例かもしれない。

悪だくみ、策略、というものが、噂を立てるだけで、検証も捜査もされないで、

聞いた人間たちの感情だけで、制裁が実行されてしまった。

噂とは、立っただけでも汚らわしく、腹立たしく、全人格を否定したいくらい、敵意に火を点けてしまうことがある。

特にメンタルが繊細な人や、男女問わず思春期で、純粋で自意識過剰な頃は、

たとえ「学校のトイレでう〇こした」噂だけでも、まるで噂の当人のう〇こが全身に付いているかのような妄想が頭から離れなくなるらしく、

怒り、罵り、距離を置き、全人格を否定して集団で制裁する。
(のちのち、大人になってきたら、『自分もだれでもう〇こはするものだし、話題に出すことの方がレベルが低く恥ずかしいことである。』ことを学んで、言わなくなっていく。)

こういう、試されるトラブルは本当に面倒くさい。

関係性を作るときにちょっかい、挑発、喧嘩をプログラムに入れられるのは、私以外のASDも多くが、受け付けられないぐらい嫌なことのはずだ。

トラブルを起こされる、起こすつもりでASDがわざわざ社会へ出ていくわけが無い。

起こして良いものか、駄目なものかでいえば駄目なものなんだから、一日の予定に"トラブル"が入っているわけが無い。予定に無いものはASDは基本、大嫌いだ。

野良レモンもエエットアノーデモデモダッテダッテ……で、慎ましく控えめで目立たなく引っ込み思案で打たれ弱そうで謙虚でおとなしく従順で静かに恥ずかしげにお気遣いをするキャラでつらぬくこだわりは、社会へ出てから20年以上、今も強まりこそすれ、諦める気は毛頭無い。

大嫌いなものは周囲が取り除いてあげないと、ASDはいつまでも原因追及し続けるし、

もし重症化するとフラッシュバックや記憶再燃を起こして、トラブル相手と似た人間や相手を思い出させる言動をする人間に戦闘態勢で喰ってかかるぞ。

それはそれで理不尽だ。



妄想が現実と混同する例は、社会の経験不足からも起こるらしい。

20年前、いやもっと前か。

バブルの頃かもしれない。

私が雑誌で拾い読みした話に、赤ん坊を生んだばかりの若いお母さんが、公園にベビーカーで日光浴させに行った話があった。

同じように赤ん坊を公園デビューさせたお母さんたちと仲良くなった。

しかし、毎日集まるもの、という圧力がだんだん発生していった。

1日休んだ人に対して「家族で買い物行っているのかな。」などの想像力を働かせる人が、だれもいなかったらしい。

女子中学生が休み時間は必ず集団で行動を一緒にしてトイレも連れだって行ったりするように、話し合いもせず、なんも考えないで『一緒の行動しない人は裏切り者』という暗黙のルールができていった。

言葉のコミニュケーション、するでしょ。人類、会話大好きでしょ。
でなきゃいろいろ発展した結果、平成の今にラインが世界中で大人気になるわけないでしょ。なんなの。サルですか。

二人目の子を出産しに里帰りして、家に戻って、公園に行ったら、以前は仲良しだったお母さんたちが顔も合わせずに、無視して、ササーっと離れて行ったんだとか

怖い話でしたね……




"悪い噂"に対処できない、すぐ信じてしまって、敵意を持ってしまう、

原因の一つに考えられるのは、想像力の欠如、なんでしょうね。

だれだれの策略かもしれない、なんでもない話の伝達がどこからか間違ってしまったかもしれない、

なにか事情があったかもしれない、今、だれかが本当のことか間違いか確認しているかもしれない、

そういうことを想像する習慣も、訓練も足りなければ、反射的に信じるしか能が無くなるのかもしれませんね。

あとは、自意識が過剰で、潔癖で、"悪い噂"が立つこと自体が、汚らわしくて、拒否感が止まらなくなる場合。

被害者の気持ちも考えないで……。

想像力を働かすこと、よりも、自分の耳や目に入る情報が、理想的で、美しく、

正義に満ち溢れ、自分の正当性を強め、正しく美しい自分をに映してくれ、

チョーイケてる自分の中を余分に引っ掻き回さないでくれることが、最高に大切、だったりするのだろうか。

だったらだれが黒幕で、だれが被害者か、なんでどうでも良くなってしまうかもしれないね。

ASDの一部にとっては、自分の思考の中の平和を保ってくれる介助をしてくれる人は、

手放せないくらい大切かもしれないでしょう。

あの時代にだれがどんな特性持っていたかなんて、知る由も無いけれどね。


もしかすると、目の前の報酬にばかり気を取られる者や、自分の自意識ばかり優先しているボンボンばかりに囲まれても、

「政治って人民皆のためにするものでしょう。違うんじゃないの。」と、

空気を読まない正論を言ってしまっていたのが菅原道真であり、

周囲の、解ってくれた理解者たちであったのかもしれない。


報酬への誘惑、自意識への誘惑、これに振り回されず、乗り越えられたのは、学問という基礎を積んでいたからかもしれない。

学問は、すればいいというものではなく、そこからなんの力を得るか、得たら使うか、も問われるのかもしれない。


学問はすれば良い、不正は正せば良い、リタリンを乱用している輩がいたら、処方全てを禁止してしまえば良い……

いやいや、いやいや、現代の政治の不便やトラブルは、現代の人間で対処しなきゃ駄目。

人類はたくさんの発展をしたし、たくさんの経験を積んできたんだから、もう祟りとかそんな手段は使われてはいけない。