見たことない物、知らない物



睡眠中の夢だ。

なんでか、私が『さるかに合戦』を、だれかに説明する役回りになったらしく、

おもちゃ屋さんのような店で、登場人物のぬいぐるみを必死で物色していた。

カニも、さるも、はちも、おにぎりも探していた。

カニは、カニ一匹バージョンと、カニの母と子どもたちの親子バージョンと、どっちにするか

考えていたらしい。

こういう、連想に振り回されるから、私たち軽度当事者の仕事はサクサク終わらない。

かくして野良レモンは相変わらず”使えない”仕事をする人になるんだろう。

夢の中だけど。




軽度当事者が、自分が不幸だと感じていることの中に、『知らないことがある』ことがある。

普通の人たちの人間関係の感覚、通常の、殺伐としない感覚、友好的な感覚、

仲良しの師弟関係、恋愛関係、親子関係、兄弟関係……

安心できる、友好的な関係を、診断無しの時代の私たちは、長期間、知らないままで生きてきた。

だから、当事者の集まりなどで、安心させてもらうこと、フィーリングを合わせてもらえることを知らされると、ガッツきやすい。

そこらへんの依存状態を、言語化して、熱い空気を冷ましがちにしてしまうのが、野良レモンだった。

熱い空気に、熱いまま浸っていても、お金をもらえるようになるわけじゃないから。

生活できるようになるわけじゃないから。

一般の普通の人たちに、私たちになにが起こっているのか、なんも伝わらないままだから。

外へ伝わらない、客観視されない、そういう状態を、俯瞰されない、と言うものなのだろうか

そういう力を付けたい。

一般の普通の人たちに、伝達する力を付けたかった。

結果、憎まれた。

野良レモンの言語化の力は、まだまだ一般の普通の人たちには伝わりきらないが、

軽度当事者や、一般の普通の人たちの中でも偏りを持つ人たちには、人間覚醒剤の効力を持ってしまう。

社会全体から見たら、取るに足らない、生きてても生きてなくてもどうでもいい、税金さえ納めていればいい存在の野良レモンは、

ネットをロムする軽度当事者たちが、今までの人生で出会ったり見聞きしてきた悪い人間たち

……人を上から見下したり人に世話をさせておいて世話人をこきおろしたり感謝をさぼったり回りの人たちを不幸にして他人事のようにしたり被害妄想を持ったりマウントを取ったり関係者のストレスを増幅させて優しい人に八つ当たりや業務の負担が流れて行ったり……

そんなことを悪意でする人たちへの、復讐心を、

投影されることを

引き受けさせられる

そんな役回りを、望まれ、

私自身が向上できる、勉強になる会話を、禁止される。

謎の嫉妬が発生する。

野良レモン、うらやましがられるもの、持ってない。



野良レモンだって知らないよ。

言葉でしゃべらなくても、大人たちがちやほや察してくれる世界があったとしても知らないし。


テレパシーが使える人たちがもし多数派だったら、人類のあたりまえだったら。

使えない野良レモンは、盲聾障害の方たちや身体障碍の方たちと同じ、障害者ですよ。


『子供を産めばわかる。』という言葉があるけれど、産んでないし。たぶん育てられないし。だから知らないし。

本物の無償の愛、という言葉も世界中にあるけど、知らないしー。

ASD、そんなん目に見えないし、国際基準も国内基準も無い製品の『無償の愛』なんて、

一般の普通の人たちと同じ感覚では、たぶん認知できていないかもしれない。


世の中には自分の見たことも、もらったこともない、理想的な愛情が本当に存在するんだと
たとえ知らなくても

野良レモンのように二次障害で実感しづらくても、

存在はあるにはあるんだから、

存在していることを前提に世の中へのこのこ出て行けるかどうか。

自分がもらえなくても、

一生もらえなくても、

時に自分より障害の重い人たちや、自分より努力がいくらか足りないのではないかと思われる人たちがいたとして、

そういう人たちがラッキーでちゃっかりもらえていた、としても、

それでも自分はもらえなかった、としても、だ。

自分には無いから知らないけれど、世の中あるにはあるんだから、それ前提に人と接するしかすることはないんでしょ、と。

それが出来ない人が、

人の持っている物を否定したくなったり、人の物を欲しくなったり、

当然の権利のように欲しいと求めている、子供、病人、高齢者、貧困者などの弱者を相手に問題を起こす。


そんな問題を起こしたトラブルメーカーを、一般の普通の人たちの中でも常識的な人たちは、責める。

「そんな自分勝手で意地悪なことはないよ 普通はそんなこと言わないから。あなたは弱い物いじめをする意地悪な人なんだね

問題を起こしたトラブルメーカーは、大抵言い訳する。

「みんな我慢しなきゃならないのに、あの人たちだけ甘え過ぎだと思った。みんなもあの弱者を甘やかし過ぎだよ。」

そして、他人に当然のことと信じて課すルールは、自分も守らなければ不公平だとして、真面目に自分にも適用して守って具合悪くなったり孤立するのが、ASDスペクトラム。

他人は他人、他人は許さないけど自分は自分、自分はルールを無視しないまでも、自分の都合や欲求で脱線して、周囲に怒られがちなのが、

ADHD寄り軽度当事者か、一般の普通の人たち枠の偏りの強い変人か、
軽いうつ、更年期、妊娠、認知症初期など精神的な病気が原因で思考が自己中心に寄っていって理性が弱くなっている人たちか、
たぶんどれかの人たち。

中途診断二次障害野良当事者団が自分の特性を知って、グレた精神を治して、世の中へ出直して行ける割合をもっと上げるなら、

この『知らないものでも、存在していることを承知しながら、
持っている人を憎まないで対等に受け入れながら、
知らないものを謙虚に教わりながら、
それでももらえなくても世の中へ出て行けるか。』が、

ハードルになっていくんじゃないだろうか。

軽度当事者同士でも、それで衝突しやすいし、折り合うどころか、人間覚醒剤が作動したら正気を失いやすいし、

効果が出ないので、当事者も、支援者も、家族などの関係者も、カサンドラになるなど病んで、多くが諦めてきた。


たぶんそれでも世の中は回ってきたし、

差別される人を差別したままでも日本の国力は上がってきたし、敗戦しても復興して高度成長できたから、

弱者が弱者のまま見捨てられることも、どうでもよくてもどうでも良かったんだね。


しかし現代はインターネット社会。〇春もえげつないことして責められても開き直る社会。

だんだん、人が人を許さなくなってきている。

弱肉強食が相変わらずのさばっていても、正義の味方も過剰なのが過剰なやり方で動画拡散でもなんでもする時代になった。

野良レモンはそんなバトルに参加が怖い。アカウントとか接続の自己責任とかそんなものが絡まって付いてくるパソコンを、もうとても今以上には使いこなせない。

精神破綻者正義の味方のガチンコバトルは、チラ見でたくさんだ。

だから野良レモンは議論に参加できないが、

愛情飢餓により認知が歪んだ人たちが、そのまま開き直って、のさばって生きていくことももう、当たり前にはできない時代が来つつある。

(だって知らないものは知らないもの。)と言うしかないんだが、

知らないから、他人や家族にも“求めるな我慢しろ”と脅迫、支配するのでなく、

知らないものは聞く、教わる、与えられないものは外部に発注して補ってもらうよう頼む、方向に、

舵を切っていくしかない時代が来つつあるんじゃないだろうか。


そのためには、社会に、“私たち”を見てもらうことが、まだまだ足りない。

お医者たちが中途診断二次障害野良当事者団教育支援適用済み当事者団を、放っておけなくして、

『とにかくあの当事者たちを物理的に落ち着かせなくちゃならない。薬だけじゃなくて、人員も予算も投入して、食べたい物も食べさせてでも、なんででも、静かにする仕組みにはめ込まなくてはならない』などと、

慌てていただけるところまで、わたしたちはまだまだ、国の医療を問い詰められてはいない。

私たちは犯罪予備軍ではない。そこは違う

二次障害に引き金を引かれる、病人予備軍だ。

だから、生活できなくなるから、

予防をしてくれと言っているんだ




ちなみに、ブッダについて、子供レベルのおさらいをすると、

若いブッダは、既婚子持ちの王子様の身で、知らない世界へ、

身分差別制度がある、貧しい弱肉強食の庶民の世界へ、飛び込んだ。

満たされた世界に住んできたから、満たされない世界の人心を、修行することで知っていった。

聖人のすることはやっぱり違う。

満たされない世界の住人が、満たされた世界を知っていくことは、めでたいことであり、喜ばしく、応援してもらえることである。

ブッダはその逆をした。

残された両親や、お嫁さんは、どんなに混乱し、心痛めたかと思うと、痛々しくてなんと言っていいかわからない。