〇ー〇ーは にーっぽんいーちーのーやまー♪

前記事で扱った、“のめり込み”は、

野良レモンにも一朝一夕には解決できない、長期の課題だ。

特性上、心身を安定させるためには、一定の環境に住み続け、一定の相談相手が存在して、困難を相談し続けるほうが理解しやすいし、安全なのは致し方ないし、

でもそもそも相談相手が、現在はいない。

これは、安全な一般の普通の人たち枠内で生きていられる人たちの中でも、一部の人たちにとっては、

嘲笑に値することである。

なんで嘲笑、というものが存在するのか。

多数派と変わっている存在は、目立って、軽蔑に値するから、アドレナリンが湧くように、反射がセットされてしまっているからである。

こういう場合のアドレナリンは、理想的な向上のためではなく、人間覚醒剤の効能を持ってしまう。

いじめの衝動を起こしてしまうし、すでに加害者か被害者の経験をしたものは、トラウマを二度と味合わないように、

上手に立ち振舞おうとしたり、自分が首謀者にならないように、調子こいてる者をけしかけたり、傍観者になったりする。

トラウマが強ければ強いほど、恐怖を強く持ち、一般の普通の人枠に必ず入って、そこから富や名声も得て、

自分を侮辱した人たちを見返してやろうと、そういう発想を持つ者もいる。

自己顕示を諦めたとき、欲求は防衛機制が働き、歪んで出口を求めることがある。

人によってはオタクな趣味に籠ったり、お酒が飲めるお店のネーちゃんや、ホストに入れ込む、借金を作り、肝臓を壊し、アル中になり、人格がころころ変わるようになり、人間関係を失い、孤独死する者もいる。




※ここからは、ネタばれゾーンです。もう観た人が、お読みくださいね。

パシフィックリム アップライジング


ここにも孤立からコンプレックスをばねに、這い上がってきた人物がいる。

しかし怪獣のネーちゃんに可愛がられて、地球を破壊しちゃいかんだろう。たのむから地球をドンペリ代のように勝手に貢がないでくれ。

私たちの、パラレルワールドを見せられたようで、わりとショックだった。

私たち中途診断二次障害野良当事者団は、致し方無しに、一般の普通の人枠の住人の仮面を付けて、生活費を稼ぎながら生きている者も多い。

特技が、収入に繋がれば、そしてその収入が多ければ、不得意なことをお金で解決(ハウスキーパーを頼むとか)しながら、ストレスを限りなく減らした、理想的な生活ができる場合もあるにはあるんである。

そこに、人間の“煩悩”も作用すれば『一発逆転』とか、分不相応な夢も見てしまうんだろう人間だもの。

これはいかん。

ここまでは堕ちたくないものだ。

これから、人間のあらゆる欲望が、機械で解決できる時代が来ても、人類滅亡に加担するところまでは、暴走したくない。理性を持ちたい。

野良レモンは、自動運転機能付き自動車や、家事ロボット、介護ロボットは欲しい。

でも、あくまで野良レモンの拡張機能としてだ。

のめり込みたくない。

でも、一般の普通の人たちができていることをしていない、しようともしていない者は、これからも嘲笑され軽蔑される。

困ったときに助けが得られない。

だから、「遊び相手いやいらない。」と言い切らないで「遊び相手ね~。いたら楽しいんでしょうけど、腰がね。膝がね。血圧がね………」と、煮え切らない言い訳をするのが角が立たない。

遊び相手、欲しいわけじゃない。

ヒエラルキーの中から、余っている人たちを選ぶと、人間覚醒剤が作動するからだ。

余っている人たちは、他の人との約束が無い。他の人への義理が無い。だから交渉しやすい。困りごとを助けてあげれば、役に立てた人になれる。自分に価値が出たような気になれる。

しかしこれが人間覚醒剤作動の引き金だ。だから野良レモンには、こなし切れなくなった。

ブログランキングにある当事者ブログを見ても、そんな経緯で、リアルの現実、ネットを問わず偶然会えた人間の中から友達を作ることを、見切りをつけて、やめてしまったケースがある。

だから、交渉無し、申し込みをすればいい支援者が、近くに配属されると理想なのだが、国はまだまだそんなことはする気が無い。

それでも、人類滅亡にのめり込むことを我慢する道、これはどういうものであるべきなんだろう。

召し抱えられなくても、食えなくても、尊敬されなくても、理性を失わない精神の持ち方

『武士道』が、私たちに必要な精神力なんだろうか。




やる気を起こすのが難しい、複雑な十代を、短時間でやる気にさせる演説も、さすがの詰め込み映画だ。

たしかに短時間の間に、えらい多くの情報を詰め込んで作ってあるなという、

私たちの頭の中のような映画だが、それが面白いんである。


実際は、絶対こうはいかない。

あの震災の時も、いろんなことと向き合うのがとてもわずらわしくて嫌、というお年寄りたちが、

頑として避難を断って、家の中に引き籠っていたという。

おそらく、体の困難があるのに、どうやって逃げようかなとか、なに持って逃げようかなとか、

逃げたらどんな避難生活なのかなとか、なにを我慢するのかなとか、

もう、そんなもろもろの展開を考えたり、見通しを持ったりするのが、つくづく嫌で、うんざりしているんだろう。

痛ましいことだ。

犬、置いてきちゃった、とか、生活用品や貴重品を取りにいかなくちゃ、とかで、マンションへ戻りたい者は絶対出る。

避難生活、いつまでかわかんないもの、いつまでか教えてちょうだい、あと何時間で怪獣がやっつけられるのか、聞いて来てちょうだい、わかんないなら待てないから、やっぱりちょっとタクシー拾って行ってくるわね……と、自分の気分中心にしか行動しない者も絶対出る。


あんな、ビル倒し放題な戦闘して、平和に済むわけない。


震災の後だって、悪さの根源は地震、という自然現象なんだけど、

まるで県などの自治体が自分たちの生活を破壊したかのような、文句の勢いが止まらなかった。

そうじゃなくって……という意見は、無傷の地方の者は言ってはいけない。黙って心ばかりの寄付とか援助とかするもんだと考えたから、言わなかったけど。