つまりは外出自粛でものすごく多くの人たちが暇だったということだ。

SNSで過剰な排他中傷が発生して、自殺者を出した。

不謹慎なのであまり言葉にされて言われていないが、やっぱり在宅する人口が増えて、

暇な人が全国的に多かったんじゃないか。

在宅が増えたことは、だれも悪くない。

国に、医療に協力したということで、とても大切であり、必要なことであった。

特に、身内、他人の別無く、高齢者やリスクのある人たちを守る、という目的でも、大事なことであった。

だから、解っている人は多いと思うが、

在宅ではなく、

問題は、SNSを攻撃に安易に使う人たちの考え方、すごく軽い価値観にあるんだと野良レモンは思ってる。



テレビでも、ユーチューブでも、

自殺した女子レスラーさんが出た番組で、なにがあって、なにをして、どこが原因で、SNSがエンジョウするほど中傷を呼んでしまったのかを解説していた。

マスコミから経緯が知らされるのは分かる。そこまでなら分かる。私も気にはなった。そういうものなんだろうと思う。

しかし、問題は、エンジョウのきっかけの出来事ではなく、

出来事が、どんな、見苦しい物であっても、反論したくてたまらなくなるものであっても、それを集団ヒステリーに変換して、浸ってしまった視聴者の思考だ。




SNSの規制と罰則を作ろう、の意見がネット内では盛り上がっている。

盛り上がってはいないのかもしれないが、そう見せている人が仕掛けているのかもしれないが、仕掛けがよく分からないので、私には、意見がそれなりの量に膨らんでいるのではないかと思う。

私も緊急事態期間中は、ユーチューブの利用が格段に増えた。少々インターネットの歴史も齧ったが、

むかしのインターネットは、匿名ではあっても、まず出会えなさそうな、あまりにもマニアックな会話をして遊んでくれる貴重な人が、多くつないでいたそうだ。

だから、必要があれば、居住地を調べられるし、必要に応じて、プライバシーを部分的に明かし合えたし、

今でも都会はあるそうだけど、オフ会などの名目で、リアルの現実でも会えたケースが多かったみたい。

ちゃんとした人が、ちゃんとした人同士、それこそツール、連絡手段として丁寧に使っていたようだ。

だからそこでトラブルが発生した時、人と人との距離は明確になりやすかったし、どんな関係性で被害者が発生したか、加害者が考えていたことはなにか、被害者が考えていたことはなにか、なども、仲裁する人も把握しやすかったのではないだろうか。

仲裁してくれる親切な人がいれば、だろうけど。

でもたぶん、いたような気がする。野良レモンがネットを始めてから出会った人たちの中には、親身な文章を書ける人がいたし、仲裁も素晴らしい文章力と共感力でしてしまう人がたまにいた。

こんな能力、欲しかったもん。可能なら学ぶために付いて行きたくなったぐらいだった。



今のインターネットは、ほぼ全国民が持ってるスマホからも、手軽に、だれからでもどこからでも、子どもからでもつなげる。

野良レモンも参加していたこともある、ここの読者の人ならご存知、スレッド式掲示板や、

ブログ、ミクシィ、ツイッター、フェイスブック、インスタグラム、ユーチューブなどは、発信者がいて、それにレスポンス(ツイッターはリプライっていうんだっけ)がくっ付いてくる感じで、成立する。

「発信者」と「コメント付ける人たち」の関係図になる。

マニアックな人同士、運命のような貴重な出会い、の関係が、ほぼ、薄れて、見えなくなって、消えて無くなってきてる。

その代わり「発信者」の責任は重くなり、
(だからだれかさんもコメント欄使ってないでしょう。)

「コメント付ける人たち」は、どこまでも無責任で、感情的にやりたい放題に、人生や社会の恨みつらみを吐き出して依存していい場所として、インターネットが使われている。

「発信者」をたとえ束縛しても支配しても、別に代わりになれるわけでは無いのに、

言葉遣いを見張り、飲食のマナーを見張り、容貌を見張り、ファッションを見張り、上下関係のマナーを見張り、「イイネ」を返してくれるか見張り、コメントにレスを返してくれるか見張り、本音を言うか見張り、本音や信条や主張が公序良俗に沿った好ましいものであるかどうかを見張り、嫌味が無いか見張り、卑屈さが無いか見張り、見栄え良いものであるか見張り、弱者に配慮されているか見張り、世間の風潮に逆らっていないか見張り、媚びてないか見張り、コンタクトする相手によって態度変えるかどうか見張り、子どもでも見聞きできるものであるか見張る。

裁判に掛けられているかのようだ。

裁判に勝ち残ったら、承認欲求が満たされるというゴールを切れる。そんなゴールが存在するのかどうかも知らないけど。


たぶん、今の時代は「会いたい。会ってみたい。」ではなく、「発信したい。」という動機でならインターネットが使いやすい時代なんだろう。


一時期、野良レモンもインターネットをつかみ切れず、不満に悩んだが、

主体的に発信する場所で「価値観や特性や感性の近い人と会ってみたいだけなのに。」とブーたれても、

かなり無理な、狭き門だったということなのかもしれない。納得してないけれど。




問題は、

「発信したい。」言いたがり屋さんのコメント付ける人たちが、うら若き女性を追い詰めていたということ。

リアルの現実で、なんの関係も無い人たち。

顔も知らない人たち。

なにかものすごく不便なハンディを抱えてて、生きるのに支障があって、テレビ番組に頼って救ってもらわなければならない、というわけでも無い無関係な人たち。

家電製品を使う時に、互いのうっかり不注意で発生したトラブルを、穏便に話し合うコミュニケーションスキルを与えるどころか、

まるまんま収録して、放送して、あえてエンジョウ狙ってトラブルを放置した、番組製作した組織。

人間が、コミュニケーションを成長させないまま、ケダモノのように執着していくさまに、興味を持って、興味を持って、興味を持って、

興味津々で寄り集まるやじ馬の人たち。

メインは別で、添え物的に心理的遊びをちょっと入れたよ、なら分かる。だれにでもある本能的な反応を、遊びに差し込んだよ、ならまだなんとなく分かる。

でも、常軌を逸してる。ネットの人たちの一部は、現実社会の小さな箱から蓋を開けて出てきたら、ネットのバーチャル世界で過剰に本能欲求を開放、獲物の血を求めて牙を剥く

ついにはターゲットに、攻撃したくなる言動を、空気を読んで、キャラをわきまえて、あえて取るように要求し出す人たち。

ターゲットは攻撃されるまで逃げないで待っているように、レスを返すように、会見を開くように、引退するように、惨殺したいになるまで叩き潰した手応えまで欲しがり出すようなモンスターたち。

モンスターは感染する。増殖する。どうしてくれる


こんな、麻薬中毒のような人たちが、現状は、世論を動かし、結構強い権力を持っていられていることだ。

こんな現状が、野良レモンは、とても気持ち悪く思ってる。


前の町で書き溜めた下書きから。


学生時代に、親から注意されたメモ書きが出てきた。当然『発達障害』を知る前だ。

20年以上は経ってる。たぶん悔しくて取っといたのだろう。

私がリビングを散らかし過ぎて、お客様を家に上げられなかった。

たぶん悔しかったはずだ。

したくてこうしてるわけじゃない。

でも、社会へ出てからも、キャパオーバーで抑うつで自分に向けて怒るたびに、記憶のデータを全部吹っ飛ばしていたんだろう。私のことだから。

でも、客観視してくれる人たちからは「その仕事が合ってるんだろう。」と言われたことがある。

なんでか、もうすでに適性がある仕事をしているらしいから。でももう選べない。

フィット度はこのとおり不健康圏内なのだ。

なぜなら現場で「もっと。もっと。」と、課題を引き上げられ続けるからだ。私は合格していない。

だから処方薬に頼る前に、調べたり、本など新しい知識を買い込む。

物が増える。

捨てようとするとせっかく減らしたストレスをまた湧きあがらせる。





コロナ対策の営業時間短縮で、お店に受け取りに行った物が受け取れなかった。

閉店時間から40分は経ってしまっていた。

社会の後出しジャンケンに負けたかのような気分になる。他の買い物を済ませ、外食をして、炭水化物をモリモリ食べて帰る。

効果の出るストレス解消法が限られている私たち。地方暮らしだとますます方法は無くなる。限定される。

解消を我慢すると思考は飛ぶ。思考の中が真っ白になる。だから暮らすためにやめられないことが出て来て、そんな自分が憎くて許せなくなっていき、助けを待つ、繰り返しを、もう20年間。

翌日にまた受け取りに行く。

往復時間何十分犠牲にしたんだ

次の翌朝に目覚める。

思い出す。数々の落ち度。失敗。

終わってしまった、人生の体力がある期間。終わってしまった、身体も思考もそれなりに動ける若い期間。

もしも「黙れ」と言われても認識できないくらい、ストレスが文脈の無い言葉になって溢れるほど、病んだ時期もあった。

リアルの人、そしてインターネットは、「黙れ」と言わない代わりに、さまざまな遠回しな方法で私に、要は、「うるさい」と言い続けた。そして逃げて、傍観して、例え話をし続けたり、ご自分の話をし続けたりして話を変えて、”私”を無視し続けた。

学生時代に親に書かれたメモ書きを思い出す。

こんな潰された私、私の怒りの、『敵(かたき)』を取ってあげたいと、自分に対して固く思っていた頃を思い出した。

こんな生き方じゃない。

私はこんな生き方しない。こんなんじゃない、と。

思っていたあの頃を、思い出す。私は忘れられない




アメリカのスクールカーストの名称

アメリカのスクールカーストの名称、というものを見つけた。

その前に、カーストってなんだかは知ってるよね

人と人とを階層に分けた構成図です。

インドで歴史的にやっていたから、歴史の授業で習ったはずです。

ちなみに日本には法的に存在しません。人の上に人を作りません。基本的にはそういう思想です。国民同士が勝手に感じて、勝手に作って並べて、さも、あるかのような気分になっているだけなんです。

本当はアメリカもそういうスタンスのはずなんです。でも人口も国の広さも膨大過ぎて、こうなってる。

いいですか。ここはもう、それなりに大人が見てくださっていると想定して書いてます。キッズはもう登校しました。キッズは下校したら手を洗って宿題をしててください。



 ヒーロー、スター的位置。スポーツのリーダー。

【日本】暗黙の了解で一目置かれてしまうので、特に呼び名無し。リア充の頂点らしい。

  【アメリカ】ジョックス(男子) クイーン・ビー(女子)


取り巻き。側近。

【日本】優等生のヒーローと健全に仲良くしているのは大抵はただの友達や、ライバル的、理解が深い参謀的な存在ではないだろうか。特に友達の威光で承認欲求が満たせるシステムにはなっていないので、呼び名無し。
「パシリ」「いじめっ子」「ヤンキーの子分」「キョロ充」も含まれるらしい。関係がネガティブにつながった場合でしょうね。

  【アメリカ】サイドキックス、プリーザー、ワナビー(そういえばスパイスガールズのデビュー曲、ワナビーじゃなかったっけ。そういう意味なの? 私好きだったよCD持ってるよ!……間違った。スパイスガールズはイギリスだ。) 


引き立て役。言い触らすスピーカー。わき役。

【日本】休みに集まってチャラチャラ遊んだり、ラインで構い合う関係なら、リア充圏内であろう。日本なら、とりあえず安心できる立ち位置なのではないだろうか。そして、控えめな位置を取っていても、本性は承認欲求が食いしん坊さんで、まだまだ満たされなければ、ツイッターやインスタグラムで積極的に自我を出してるのもこのへんなのではないだろうか。

  【アメリカ】メッセンジャー、スラッカー


裕福層の坊ちゃん、お嬢様。

【日本】野良レモンの知らない世界に住んでいる人たちかも。幼稚園から制服があり、運転手が送迎してくれて、返ってきたら家政婦さんや家庭教師がいて、汚れた世間を知らない………。日本なら、むしろここの子たちの方が羨望と嫉妬のまなざしを受ける。

  【アメリカ】プレップス


マニア趣味を持ち多くの時間を費やして掘り下げられる人たち。暗く消極的な人たち。恋愛対象から外される人たち。

【日本】オタク、陰キャ、変人、コミュしょう

  【アメリカ】ナード (ギーク、ゴス、サブカルチャー、ブレイン)


いじめ(犯罪)の標的

【日本】いじめの標的は、日本は一貫せず、さまざまな特徴の子がなるから、これ一つ、というものは挙げづらい。

  【アメリカ】ターゲット (障害者、障害者の子などさまざまだとのこと。たぶん宗教的差別、人種差別、犯罪者の子なども含まれるのでは。恐ろしいし、心痛む話ですね。)


特別(特権階級)

【日本】不良、個性が強すぎる不思議ちゃん(むしろいじめられやすいのはこっち。大人も悪口を口走りやすい。)

  【アメリカ】バットボーイ、バットガール、フローター (校内で静かにじっとしてるらしい。校外では、スゴイらしい。)





野良レモンはどこに属するのかを考察してみた。


アアアアアもういやあー

3つ以上増えたらもう覚えるの、いやあー


………ナードでしょう。即答ですね。


そういえば、むかし、マイケルジャクソンのPVにも、あちらの国の不良たちが一緒に踊っている場面があった気がする。BADだっけか。後で調べようかな。

アメリカの不良って、こんなんかー、わー、日の丸ハチマキするのもいるのかうわー、と、異文化を見た記憶がある。

日本で生まれて日本で生きてると発想もしないようなことを海外では、やっていることがある。頭から嫌って掛かるべきじゃない。解るまでは静観する、でいい。褒めはしなくても。文化とはそうやって尊重し合うものじゃないかな。

アメリカは自己主張あると否定されないで聞き入れられるけれど、無いと、痛い思いをする国だというイメージを持っている。

で、ファッションで日の丸やっちゃうのね。ファッションなのね。ファッション。

スタイリストが考えたんだと思うけれど、たぶんリアルさを出そうとするものなんだろうから、当時のアメリカの不良に、近い実態があったのかしらね……。

それにしても、日本の日本人たちが、海の向こうにそんな不良がいるなんてツユほども知らないのに、戦前の日本に忠誠心示されても………まあいいや。


レディプレイヤーでガンダム出た時は、カッコ良かったもんなあ

たとえオタクでも、自己主張や、譲れない趣味、愛する世界を持っていると、報われる。そんな、製作者からの、若者への愛情を見た気がした。

映画見たいなあ。この町から通う映画館探さないと………いや、やっぱりまだだ。なんかメンタルがまだそこまで高揚しない。



はい、話を戻して。

調べて、書き出して見て思うに、アメリカもやっぱり承認欲求の国じゃないか、と思えてならない。

スポーツのヒーローとチアガールが、食堂の中央を占領して、自己顕示欲いっぱいでランチしているのが勝ち組。

喧嘩になりそうな予感がする関係性からは手を引けない、掛かっていっちゃう人たち、アメリカン勝ち組。

「中国ムカつくし~ WHOにお金出さない

勝ち組のやることは難し過ぎてよく分からない。

でも、本当にそれでいいのか 世界がコロナとの戦争してる今、それでいいのか と、トランプおじいちゃんのやることには相変わらず私はハラハラしてしまう。



で、話を戻して。

社会へ出てから強いのは、自分の向き不向きと、適性を把握して、深く研究して身に着けた人たちなんだそうだ。

社会では、ジョックスがギークの下で部下として働く構図になることがある。

社会では、学生時代のいろんな力関係に、変更が入る。

だから、好きな分野を研究していっぱい勉強しようねという結論に持っていくことも出来るだろう。

たぶん、日本も、アメリカも、だいたいそんな指導をしているんだと察する。


でもね。


でもね。


ネットで、悲しんで、イライラしてるのは、

好きな分野も無い、勉強しようとしても薄くしか出来ない人たち。

実践経験が少なすぎて、想像力も足りない人たち。どんな行動したら、どんな展開が来るのか、想像が難し過ぎて、行動やめちゃう人たち。「2人ぐらいだと思ってたのに…」の件はそもそも駄目だけど。京アニ側が、なにも言うこと無い、のもごもっともだけど。

私は、食堂の中央でだれがランチ食べててもいい。
食堂から追い出すことだけはしないで。と、望みたい。
例え、分かるかな。例えだよ。例えだからね。

スポーツ、経営の、勝ち組中心にいろいろが回っていく社会じゃなくて、

個人個人が安全圏で生きて行ける社会が必要なの。

座らせて。ランチ食べたいの。午後の授業に出なくちゃならないから。

難しいところまでは書けない。分からないから。

でも、勝ち上がらなくても、食べて行けて、そこそこ楽しい思いも出来て、病んだら治療できる、

そんな社会を、私たちは日本で、探して求めて行かなきゃいけない。





通常の状態の生活にやっと戻った。

体調のリズムはかなり戻ったよ

不眠は怖い。なにがというわけじゃないけど。自分が自分でいられているのか、不安で、揺らぐ。

だからまとまった時間、睡眠出来てホッとしてる。

だからこれからも全力で、寝る