『キャント イート アップル』

懲りずに、新しい造語を考えました。

『キャント イート アップル』

『Can't eat apples』
※ネットの翻訳サイト使用

造語症状発動ですね。自他の境界線意識の不足と、想像力が若干過剰に働くと出る症状らしいです。ごめんなさい……

一方的に使って察してもらうのを待つのではなく、解説しますので。



わたし………ADHDかもしれないと思って……理由は……

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

わたし………ASDかもしれないと思って……理由は……

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

わたし………アダルトチルドレンかもしれないと思って……理由は……

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

わたし………PTSDかもしれないと思って……理由は……

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

わたし………適応障害かもしれないと思って……理由は……

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

わたし………HSPかもしれないと思って……理由は……

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

わたし………HSSかもしれないと思って……理由は……

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

サイコパス 人格障害 精神病 うつ病

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 

…ああ普通普通 だれにでもある 気にし過ぎ 




私たちは『発達障害』の言葉が日本に入ってきてから約20年間、

お医者を含めた、ありとあらゆる人たちに、訴えを聞き流され、うるさそうな顔色をされ、突き放され、逃げられててきた。

障害名の1つ1つは、単体なら乗り越えやすかったり、就労して稼ぐ必要が無ければ、共存が可能だったりするものもあるだろう。

でも、平凡な庶民はそんな境遇じゃない。

いくつもの特性でガンジガラメな上、ブライドも許さなければ、食うや食わずになっても、救助を求める言葉も出てこない、人にも会えない、会いたくない態度しか取れなくなって命が危険な人も私はお見掛けしてきた。



HSP単体だけ性格として持っている人は、生計のための仕事や家族の他に、別の仲間を求めて入って行きなさい、と勧めている医療プロもいらっしゃるんだ。

でも、軽度発達障害も持っていたら、ズレてるからどこに求めても嫌われる。

ASDがミックスしていたら、原因もさっぱり分からなくなる。抑うつなど二次障害も患ってしまったら、原因を探して分析する思考も途切れて、ストレスが放置されたまま、考え事が乖離していくから危険を感じて、むかしの野良レモンは”言うことを聞くための人”を捜し求めていた。

やがて諦めて捜すのをやめたっていうのに、軽度発達障害仲間にも実験モルモット扱いされた。ネットのあらゆる場所で、血を求めるモンスター化した当事者たちに、多くの当事者が煽られてきた。そして二次障害が悪化する。リアルの現実に立ち戻ってきても、はぐらかされたり避けられるばかりで、相談できる人がどこにもいない。一人で抱え込む。

軽度発達障害の二次障害に、統合失調症がとても多い原因の一つじゃないだろうか。



このように、いくつもの原因が複合的にかぶり合って、私たちの多くは不幸になる。

二次障害になる。

そういう状態はどう、表現されるでしょう。

まず、『QOLが下がる』という言い方はよく言われてきました。私も好きでむかしはよく使っていました。ただ反応があんまり返って来なかったので、受け取りづらい言葉なのかな と思って、あまり使わなくなりました。

なんにしろ、

『幸福』ではないのです。

『幸福追求権』という言葉を、義務教育でだれもが習ったはずです。

でも『幸福』じゃないし、『幸福』の目指し方も、探し方も、私たちは分からないのです。

でも口に出して言えない。相談できない。

そんなの主観的な問題でしょ貧困で食べられない人もいるんだよ早くに親を亡くした人もいるんだよ虐待受けてきた人もいるんだよ介護から逃げられない人もいるんだよ注射を打ち続けないと生きられない人もいるんだよ………etcetc……そうやって、相談は打ち切られ、会話を強制終了されてきました。

不便だ。本当に不便だ 扱いづらい 腹立たしい

私たちは、考え事をすることすらも禁止され、精神を病んで、人から「心が弱い。自分に甘い。」と罵られてきました。



『キャント イート アップル』

りんごが食べられない。


だれもが絵本などで知ってる、人類の始まりのお話。

寂しかった神様が、話し相手として作ったアダムとイブ。りんごを食べるまでは、なにも面倒なことなく、神様と仲良く、

キャッキャウフフ とおしゃべりできていたのだ。

ヘビがイブを煽り、イブがりんごを食べてアダムを誘ったから、二人とも食べてしまったのである。人類の面倒ごとは、ここから始まった。



自意識とか、自己顕示欲とか、防衛機制とか、虚栄心とか、そんな複雑な心理の問題で、私たちはメンヘラになりやすくなり、満たされづらくなってしまった。

メンヘラどころか、歴史の中で戦争も起こしやすくなってしまった。命が駒のように使われることを、肯定する権力者と、否定する人たちが入り乱れて対立してきた。

本能から満たされた幸せな感覚を思い出すために、人々は時々りんごを食べてきた。

禁じられたはずのりんご。食べずにはいられなくなっていった。

本能的にすぐ、インスタントに満たされる、嗜好物が世の中には溢れてしまった。妊娠の危険がある行動も早くすることがステイタスになり、時代を経るごとに軽々しく扱われ、命を扱う責任の重さは多くの庶民に向けて軽量化されていった。



世界は、人と人とを分け隔てた。食べられる人たちと、食べられない人たちに。

食べられない人たちは、時代が進むにつれて、声を上げてコンプレックスを叫び羨ましがるようになっていった。インターネット時代になり、声はますます共有されやすくなった。

軽度発達障害の話題で盛り上がった会話は、りんごを食べているか、いないかの話で、いきなり打ち切られることも出てきていた。

不便だ。本当に不便だ 扱いづらい 腹立たしい

声の共有だけじゃない。とっくにりんごを食べている幸せかもしれない人たちの一部からも、私たちは煽られ、勝手な想像を膨らまされ、〇カにされ、侮辱され、軽蔑され、憎まれている。



本能から満たされた『幸福感』を得られるエデンのりんご。

それは特定の行動かもしれない。

いや、もっと広く、自己実現、と呼ばれるものかもしれない。

食べたくないんじゃない。

たぶんそんなわけじゃない。

食べようにも食べられないんだ。さまざまな理由で、食べられない境遇の人たちは世界に多数いる。障害の他にも、戦闘地帯で命が危険過ぎるとか、秘境過ぎるなどさまざま理由はあるだろう。

そして私たちもその一部なのだ。なぜかこうなった。

しかし、食べられないことにも、悲観しない、苦しまない人権も、私たちにはあるのではないだろうか。

卑下せず、安売りせず、怯えず、尊厳を持って暮らす。そんな権利を使わないと、人類は成長しないのではないか。

食べても、食べられなくても、どっちでもいいんだよ、人間としての尊厳を失ったと、悲嘆にくれる義務は無いんだよ、と、次世代の、同じ境遇の若者や子どもたちに見せる。私たちが、生きて見せる。

野生動物から進化した、人類。

霊長類、人類。

自己コントロールの進化を果たした、人類。悲観しなくていい、人類。不名誉ではない人類。戦争をしなくても自他の境界線を理性で守れるように成長した人類。

『キャント イート アップル』

それでいいんじゃないか ということを閃いたが、

まだ、私のゲンゴカー で、引っ張りまわして、深めないと、足りない気がする。

まだまだ磨きが足りない


エデンの園から出てこない、りんごを食べないアダムとイブも、憎まれないで、仲良く地球上に居させてくれる世界になったら、神様は私たち人類に、評価を何点、くれるだろうか





「砂糖って甘いんだなぁ」


砂糖甘いって、率直に思ったことを思ったままに言っただけなのにね。


ツイッターで面白い画像が出回っていたんだそうだ。

私はツイッターやらないけど、これは面白い。ネットの病気の部分がよく表されてると思う。

画像の引っ張り方は分からない。引用して書き出すなら出来る。


元ツイート 「砂糖って甘いんだなぁ」

・主語決めつけ型 『甘く思わない人もいる。〇〇の総意みたいに言わないで欲しい。』

・自分語り型  『私は毎日砂糖を食べていますが、甘いと思ったことはないですよ。』

・家庭事情申告型  『私は昔から親に砂糖を禁じられていました。そういうことを言えるのが羨ましいです。』

・斜め上から型  『世の中には味覚を感じられない人もいるんですが?』

・独り言型  『うーん、砂糖が甘いというのは一理あるけれど、レモンが酸っぱいと感じるのは私だけ?』

・一概には言えない型  『砂糖にもいろいろあり、人が感じる甘みは〇〇だけじゃなく〇〇にもよる。一概には言えないかと。』

・クオリティ追求型  『砂糖が甘いというなら塩がしょっぱいということにも言及すべき。』

・〇カ  『甘いから何? 嫌なら食べなければいい。』




お ー す ご ー い 

拡大しても全部読み切れなかったけど。〇にしたけど。

緊急事態の在宅期間で、テレワークの評価が上がったりして時代の変化を感じる昨今。

でもネットで賄うコミュニケーションは、一方的な公開裁判ゲームで終わってしまう危険もあることが、図式にされて、私にはよく伝わってきた。

批判してみたい、挑発してみたい、反応を試してから悪者にしてみたい、悪者にしてから自分が被害者ということにして悲劇のヒロインになって同情されたい、メンヘラになって承認欲求を満たしたい、粘着してみたい、脅してみたい、自分が乗っ取ってみたい、むかし人に出来なかったことをこいつにして反応をもらってみたい………

そんな攻撃性が、画面からグラグラと立ち上ってくる気さえする


例として、テーマは平凡な「砂糖」になってるけど、これが違うことだったら。

学問であったり、政治であったり、福祉であったり、有名人の批評であったり、経済であったりしたら。

そんな攻撃の欲望を、なんでも叶えられるかもしれないですよね。

自分が努力しなくても、自分が別物になれた世界を見られるかもしれない。

いや、努力してないとは言い切れない。主観的にあげるなら、私たちのような、『繊細で激しい変人』の人間たちは、

過敏や飢餓感や記憶再燃や気分変動や慢性疲労症状や不注意多動やPTSDなど種々の症状に耐えるだけで大変なので、

生きてきただけで、 ”自分は努力したのに” と憤っている人も潜在的にたくさんいるかもしれない。

恨みつらみを晴らせるかもしれない、褒められるかもしれない、認められるかもしれない、構ってもらえるかもしれない、満たされるかもしれない、愛されるかもしれない、別世界が待っているかもしれない、

目の前に出くわしただけの人に、全 て を 賭 け て …………

そんな誘惑に駆られるのが、怖い怖いインターネットなんだろうと思った。



じゃあ別世界に行ける正解の答えはなんですか

聞きたい人もいるかもしれない。

聞かれたくありません。私、答えたくありません。知らないもの。

しいて言うなら、自分に別世界を提供してくれそうな人の、ニーズに的中することを、行動出来て、結果を出せたら、ということになるんじゃないですか

的中することって、なんだか分からないけれど、私は考えようとするだけでも、不気味さでうすら寒さと震えがきそうになりますけどね。

そもそも的中することを読み取れるようになるための、認知力から私たちは壊れていました。

(たぶんここの読者の人たちの) 私たちの多くは、大人になってから、後出しで障害を知らされました。

世界を認識するための認知力の矯正や、修理を、外から働き掛けてもらいながらじゃないと治せないのに、

自分では間違ってしまって、間違ってしまって、間違いまくってきてしまいました。不合格も、後出しでずっと知らされてきました。なのに、

人が発見していないことを読み取れるようになって、ニーズを的中させる、ってなに 気持ち悪い

今の世界も苦痛だけど、別な世界も恐怖です。

SNS、使わない。増やさない。野良レモンは改めてそう思った。

ネットで買ってみたいものもあるけど……キンドルとか使ってみたいけど……やっぱりまだにする。

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