“空気様”を関わらせずに、命が掛かった暗黙の了解が機能するのか?

9.11あのビルにユダヤ人が一人もいなかった説がある。

どうしてそんな申し合わせが可能だったのだろう。

日本人にそんな申し合わせは出来るのだろうか



一般の普通にいる『止まらなくなる人たち』

言い触らし、妄想、噂を信じる、

説得されて染まってしまう、操られる、丸め込まれるetcetc



キムタクが時代劇で主演をやった 『武士の一分』 覚えているだろうか。賛否両論あるけど、野良レモンの理解力ではなんとか分かった。

登場人物にオバチャンがでてくる。せっかく周囲の全員が主人公に黙っていたこと、奥さんがいなくなった理由を、全部ペラペラしゃべってしまって、盲目になった主人公の復讐心に火を点ける。

周囲が黙っていたことを、聞かれたままペラペラしゃべることで、どんな展開になるか、想像力は働かない。

当時、男性よりも圧倒的に教養を身に着けるチャンスが無く、電化製品も無く、炊事洗濯を時間を使い日々繰り返すのが当たり前だった女性たちとして、”深慮する”みたいなストレスは受け付けていられなかったのかもしれない。

そんな女性たちを見て育ち、世間を知らない狭い女子トークで社会性を身に着け、それが当たり前だと信じていれば、無理も無い。

女性たちが炊事洗濯をすることで、日常は当たり前に回っていったので、男性側もオバチャンに前もって口止めなどしなくても、

いつの間にか毎日は回っていってしまう。

身内から重病者が出た、そして美しい奥さんが犯罪に遭った、という非常事態に際して、日ごろから非常事態にはどうしたらいいのかの知識も、見聞も身に付けて来なければ、関係者の全員が、自分のペースで思ったままの意見や疑問を言うばかりで、結果として具体的にあんまり行動できない、という、

まるで軽度当事者が大人数集まったかのような騒ぎしか起こせなくなる。

見た物、聞いた物に脊髄反射的に喰いつくしか行動力が働かない、当時(令和の今も。)は、当たり前に無数にいたであろう、井戸端会議でドーパミン補給して生きて行けるオバチャン。

昔の井戸端。今の女子トーク。介入が無いと止められるわけがない。これは認知の歪みを促進させる中毒物質を生む。

リアルの現実でも、ラインでも、危険な脳内物質の出方をする、ハイになるやつ なのである。

ダッテダッテ、しゃべりたいんだもん しゃべりたいしゃべりたい お口が先に動くんだもん 考えてる暇なんか無いよ放っといてよー………

こんなオバチャンとも、どんなオバチャンとも、う ま く やってこなければならなかったのが、日本の社会だ。

オバチャンだけじゃない。


ネットの噂で恐縮ではあるが、結婚式の上司挨拶ではいまだに、お嫁さん側に内助の功も、従順も、犠牲も強いる言葉を、平然としゃべるジャパニーズビジネスマンの成れの果てのオジサマが後を絶たないと言う。

でも野良レモンの身の回りでは、そうでもないからホッとする。

日本の高度成長を支えたプライドとはちょっと違う質の自意識を持っている地域の人たちに、運よく囲まれたんだろう。

しかし、同じ日本の国内なのに、いろんな文化、いろんな価値観の人たちが交じり合わなければ家族、という形態は維持できないのに、一方的にお嫁さんは弱者と決めつけてはばからない意識が、まだ日本人には根付いているそうだ。

働いていようがいまいが、病気を持っていようが、もう我が子がすでにいようが、実親の体調が悪かろうが、お嫁さんに圧力を掛ければ、みんなが許す、喜ぶ、支持される、だってお嫁さんだから全然構わない、という残酷な暗黙の了解。

踏み絵を踏ませて、傷つけて、困らせて、戸惑わせて、脅迫する、楽しみ。

だから国内の婚姻率も出生率も、いつまでも下がっているんだろうが

見た物、聞いた物に脊髄反射的に喰いつくしか行動力が働かない、今も当たり前に無数にいるらしい、見識良識無し、プライドだけの塊のお代官様と悪の越後屋たち。

ダッテダッテ、しゃべりたいんだもん しゃべりたいしゃべりたい お口が先に動くんだもん 聞いた方が察して当たり前だろうが 年上は偉いんだぞ敬えよー………




『あのビルで働いているなら、一日だけ仕事を休んでくれる  』


の指示に、問い返さず、言い触らさず、深く突っ込まず、怒り出さず、ツイートせず、ラインせず、有給休暇や、病気休暇、実親の付き添いを理由に介護休暇、実子の病気を理由に看護休暇などを、偽装して、大人数が、取れるとは思いづらい。

「あなたがこの日に取るなら私は違う日にするわね。」と気を利かして、通常業務のペースが落ちないように配分してしまう、お気遣いだって多くの日本人が出来る。このくらいなら想像力は訓練で身に付く。私も、発想しないわけでも、ない。

なによりも、ここでも、やっぱり、軽度当事者が大人数集まったかのような騒ぎしか起こせなくなる。

いくら善意で、陰から、家族や恋人を通してでも都合を動かそうとする人たちがいたとしても、思惑通りにことが動くとは考えづらい。

ビルの勤務者の中から、リストアップした全員の都合がちゃんと付けられたか、確認して統括する人が要る。

そんな人がいたとしても、統括する人との、信頼関係が普段から無くてはならないし、統括する人の言うことを、なんで聞かなければならないのかも、解りやすく説明してもらって、身近な親類仲間たちと「ねー」「だもんねー」と、同意し合わなければ、分からないものは分からないだろう。

難しい話をするときに、面倒だから飲まずにはやってられない日本人たちもいる。

飲んだら忘れるだろう。

約束事があってもうっかり忘れるだろう。

口止めされてもばらすだろう。

ばらしちゃいけない理由なんて難しくて忘れてしまうだろう。

ツイートもラインもザルのようにしちゃうだろう。

だって難しいから。

察して想像するって難しいから。

我慢、て難しいから。



香港のデモ騒動は、だいたいの概要なら知っている。

こんなにニュースに流れてくればね~。

テレビにも、ラジオにも、ネットにも。

他人事じゃ、ないんだけども。


日本人は、この平和に慣れ過ぎて、甘え過ぎて、メンヘラが増え続けている。

それは、優秀な人たちが、外交を気を付けて、気を付けてやって、決してヤケを起こしたり、プライドが追い詰められても逆切れを起こさないから、保たれていると私は察している。

平和な国内。平和過ぎて、共感性なんて身に付けなくても、未来に危機感を持たなくても、なんとかなってしまいそうな気がしてしまう、国内。

水面下で、私たち日本人はとんでもない危険を育てていないか、という嫌な予感がよぎる。

すごいことを、忘れているのではないか。漠然とした嫌な予感がよぎる。

野良レモンの表現力が至らないので、こんなことしか書けない。

野良レモンの、ゲンゴカーは、まだまだ未熟者だ。


野良レモンより学力が高い、軽度当事者は国内に山のようにいる。

分かるように、よりたくさんの人に分かるように、だれか表現して欲しいなあ。



『上から目線』という悲しい自然体

記事を休ませてもらった。

そのくらい忙しかった。しんどかったー

やれやれと思ったら、今回の三連休は雨 が降るのかい。台風と温帯低気圧かい。

全国の軽度、重い、まとめて、発達障害のみなさまに、頭痛と不穏と不定愁訴が頻発するんですね。お見舞い申し上げます………

私にも出る可能性はあるんだよな。やんなっちゃうな~




周囲の人間が、自分をどういう人間だと捉えてきてるか どうなって欲しいと思われているか

それに気付けなかったり、鈍感で分からなかったりすることのほうが、

手間や損や苦労を背負い込むことよりも、もっとも恥ずかしいこととされていた、そんな常識があった時代があった。

そういうことが、武士道の一部じゃなかったのかなあ。


もう武士の時代じゃないのに、こだわってそうあろうとすることのほうがKYなのかもしれないけれど、

自意識過剰、という概念をどう扱っていいか分からない層はいるんだから、

一定のもの が用意されてもいいんじゃないかと、うんざりすることはある。

鈍感、にスイッチチェンジして自意識を捨てても恥ずかしいし、自意識を持ち過ぎても、恨みを買う。

ちょうどいいってなに

分かっていれば、軽度発達障害なんて調べないよ。



私たちASDスペクトラム、特に男性当事者の理想として、『こいつでいいや。』と、上から見下しながらガールフレンドを決めたいという思いがあることは見聞きする。

『こいつ』じゃないのね。『こいつ』なのねそうなのね。
豚肉のバラ肉が280円と290円と300円で売っていたら280円でいいな~って買ってしまうけど、だいたい同じぐらいの分量で、安い物が私もいいけど、『』いいのねそうなのね。


プロ彼女、という言葉がある。

平成時代に、突然、ある日、出現した。ように私は見えた。なんだこれは。

どこかにプロ彼女養成所でもあるのかと、本気で疑った。

つまりは、自己都合が大切な男性の願望を全て叶える、都合の良さ、家事能力の高さ、男性の自尊心の支え方、舅姑ともうまくやる忠誠心や自己犠牲の忍耐強さ、浮気を黙認する自己評価の低さ、どんだけ遅くまで働いても早く起きてお化粧が出来る自己管理能力の高さ、などを兼ね備えた、

美しいプロ奴隷

う~~ん、根性あるストーカーがもし、解りやすく教えてくれる養成所で訓練受けたら、こんなプロにもなれるのかもしれないね。

そんな養成所、もしあっても、カルト教とかが運営していそうで、やだわ~。看板も見たくないわ。近寄りたくないわ


   

「お前は若くて可愛い。今日は見逃してやろう。これからずっと、だれにも、今日のことは言ってはいけないよ。」

雪女は、とても上から目線だ。

しかし、そこを偽装して、しおらしく、夏には時々熱中症っぽくなりながらも、たっくさん子どもを作って育てる、いつまでも美人で老けない、献身的な奥さんになった。

その献身を支えた思いは、どんなものだったんだろう


野良レモンはいらん想像をする。


夫がとうとう、昔に会った雪女の話をしてしまった。「それはわたしだよ

言い当てるなよゴルァ

自分の都合目線である。妖怪であることがばれたくない。そんな過去の事実はあってはならない。無かったことにならないと、世間にもばれるかもしれない。ばれたら一緒に暮らせない。

雪女は、たぶん分かっていた。一方的な自己都合目線で「言わないで。」と望んだこと。

それでも、好きになったから、『この人なら黙っていてくれるかも。』と、一か八か賭けて、嫁いできた。

妖怪のままだと、夫婦、という生活形態は取れない。

『鶴の恩返し』のように、外部の人に知られたらどうせ、探られる、脅迫される、責められる、ラインで村八分、〇春が来る、『変わってるくせに好きな人間と一緒に暮らせるなんて誤認知です。訂正しなさい 』とねじ込まれる、挑発される……

変わった者への罰。暴力で罰され破壊される。

もし雪女を切れさせたら、爆弾低気圧を呼び、地域住民総ざらいにして凍死なんてわけないだろう。

でもきっとそんな悲劇を望んでいるわけでも無いんである。

だから、哀しい偽装をした。



軽度当事者も、偽装無しのまる出しだと、人との共同生活は無理なんである。


私たちは、一日にこなせる行動と思考の量に、非常に低い限界がある。

限界を超えると、抑うつ状態になったり、虚脱になる。

なったら、ワケ―モンの著書にも解説があるように、なにもしないで回復に努めるしか無いんだけれども、

周囲の一般の普通から取り残されることに我慢がならないと、支援が無い当事者の多くは飲酒などの嗜癖依存にふける。

配偶者への暴力のケースもある。


ネットによくある打ち明け話では、日常がうまくいっていても急に電源が落ちるように機能ストップするんだとさ。

絶望的な気分になるだろう状態は分かる。しかし配偶者には、お相手の機能ストップや充電切れを、暴力に耐えて詫びる義務は全然無い。

安易に配偶者のせいにする防衛機制の間違いを正してこなかった、親、支援者、医療に、指導して正してくれるよう求めるべきではあるけれど、配偶者には不可能だ。

騒ぎを起こされたら周囲も迷惑だ。仲良くてもいいから 別居して お 友 達 関 係 に 戻 れ  

嗜癖依存に走ったからと言って、行動力と思考力の限界が早く来たことが社会的に許されるわけが無い。

酔っぱらって現実を忘れられるのは自分視点でだ。周囲の現実までコントロールしたわけでは決して無い。

仮に嗜癖対象がお酒じゃなくても同じだ。自分視点の大人と、同じく自分視点の大人、そんな大人同士が寄り集まると碌なことが無い

子育てとか、生(なま)の生き物を相手にする責任あることするならなおさらだ

子どもの育ち方、感じ方、言動を、有料でいいからト〇イみたいな個別指導で、集中講義をして自治体で叩き込んで欲しい。事件が起こってから、法の裁きやなんかで、後から指導する繰り返しはたくさんだ

言葉にもしないで騒ぎだけ起こされて、いつの間にか沈静するだけで解決の目途がいつも立たない。

迷 惑 だ  

迷 惑 だ 
 

偽装しなきゃ暮らせない、そんな、一般の普通から外れた者の哀しさを、雪女は表現している気がした。