自己肯定が、成立する、条件 他うすめネタバレ1つ

うっすいネタバレです。不要な人は、一区切りの後の、レモンのイラストの後からお読みください。

ロケットマン

主人公のお母ちゃんのお肉の付き方ったら ぽっちゃり、の見本のよう。存在感ある 迫力ある 人さまから見たら、きっと野良レモンも胸以外はこう見えているのかなと想像した。

イライラがいつまでも解消されないと、身体はいつまでも待っていられないから無意識に食べちゃうもの、そうして補給しないと抑うつになるしか無いから……という私の仮説を思い出した。ふくよかで、見かけは哀れさの薄いカサンドラ症候群予備軍。

ああごめんなさい……私、お母ちゃんじゃないけどごめんなさい………って、なんかふと謝りたくなった。


メンタルごと、どうしようも無く落ちて、落ちて行って、病んでしまう人って、こういう経緯をたどってなるのかなって、主人公は一つのサンプルだと感じた。

傷付いても、傷ついても、それを受け止めてちゃんと整理する時間が取れない。そしてさらに煽られる。

整理し切れない、消化し切れない、受容し切れないダメージがどこまでも溜まり続ける。

でも逆にハイにならないと本業がこなせない。心を吐露できるチャンスが無い。場所が無い。

家族も受けとめる用意が無い。覚悟も無い。承認をやる気も無い。必要を感じてない。予定も無い。心を通じ合わせ受け止める対象として見ていない。知らない。どうでもいい。

そうしたら、自己破壊へ自動的に向かっていくように、人の精神はできているものなのかな。

最後は、正しい選択をする……





私たちの自己肯定が、なんで難しいか。

ネットの中では、全国の軽度当事者が悩んでる。

なんでかというと、自己肯定するには、条件がついてくるから。


前記事でも例に出した通り、自分のキャパシティのために人を修正し続けることで、やっと自己肯定ができるなら、それは卑怯なことだ。

ネットで読んでいると、承認欲求を満たす試みをしようとする軽度当事者の日常には、だれかしら、肯定に足るだけのお膳立てをしてくれる、苦労しているお世話人がいる。

そして、この事実は、他人さまたちが、私たちを不当にハラスメントするときの、恰好の材料になる。弱みになる。

自分のために人さまを修正する欲求を指摘されるんだよ。

反論のしようが無いではないか。

たとえゴジラでも日本列島上陸を受け入れるほどの努力をして、我がまま、なんて絶対に言われないように周囲に従い続けても、

一般の普通の人たちが作る”空気様”は、私たちを魔女裁判に掛けたくて掛けたくてたまらなくなり、暴走が止まらなくなる現象が起こる。


だから野良レモンは自己肯定に、今でも躊躇をし続ける。

人を修正することに罪悪感を感じるなら依存して服従していればいいじゃないか、とも脅されてきた。

じゃあ服従ってなんだい

対象にする人の言うとおりにすることじゃないか。

私たちは言われたとおりに実行する能力はあったっけ


月日がたてば、自動的にキッチンの油汚れが溜まっていくだろう。

窓のある住宅に住んでいれば網戸も汚れていくだろう。

エアコンも汚れていくだろう。

草も伸び、北日本なら雪も積もるだろうね。

私たちは対処できたっけ

お掃除業者を家に入れられるほど、片付けができましたっけ

まさか言われるとは思ってもいなかった仕事が、後出し、後出しで出されてくる恐怖にどう対処しろと


『言われたとおり』って、ものすごく難しいんだよ 

日常の何気ない一言にも、なんの指示が含まれているか分かったものじゃないんだよ

だから、『言われたとおり』がどこまでなのか、

自分の捉え方と、お相手の捉え方、それと世間一般さまの他人様の捉え方を日々、確認したくなる。

でも確認してもしても、私たちにはこなせない結果しか出なくて、私たちは泣かされるんである。


『軽度当事者は、一般の普通の人たちに言われたとおりにしなければならない。』

もしも、こんなルールが、詳細も、根拠も、条件も無く、世間様になんとなく広められてしまったらどうなるのか

大人たちがやってることは、子どもたちにもなんとなく真似されてしまう。

特別支援の教室の対象にならない、でも特性強めの子が普通学校で狙われたらどうするんだ

特性と一緒にもしも食物アレルギーでも持っていたら

「みんながやってることは同じようにやる 悪いの自分でしょ? 努力はして当たり前なんだよー」と、正義感と思い込みを発動した回りの普通の子に、力尽くで食べさせられて命落とす間違いとか起こすのかい

『軽度当事者はこう扱って欲しい。』と、意志を持って発信する責任は、私たち、大人側にもあると思う。

ぼんやりと、なんとなく黙って 教育が悪いもんねぇ~ と、離れたところから触らないで傍観するだけだと、

一般の普通の”空気様”勢力にいつまでもいいようにされるだけでしょう。



今日の自分を自己肯定できないと、思考が飛んで、病んでしまう。でも今日、生きるためのサバイバルをしなければならない。

今日の自己肯定をするためには、過去の自分も未来の自分も、一貫して肯定の条件をクリアする必要がある。

過去に関わったあの人、この人に、事実の修正でも迫りに行きますか

未来の条件のクリアも確保するために、未来に会う人を脅しに行きますか

なにをする

自己肯定を成立させるために、私たちはなにをする


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