雑談、三つ

   

睡眠中の夢を見た。

「て、に、を、は」とか、接続詞とか、

そんな言葉が、自動販売機で売っていた。

非常に安いらしく、私は迷わず次々に買っていた。

椅子に座ってボタンを押していたら、

なにか突っ込みをしたかったようで、弟が私を引っくり返してきて、私は大笑いをしていた。


   




トモちゃんすごいや……

動機はどうでもいい。

野良レモンオバサン心配になってきてもう。大して歳が変わらないけど。

子供が二十歳になったらトモちゃん64か。

一時期、お酒や処方薬依存になっていた噂があるから、循環器系がちゃんと働くかも心配。

妊娠って、精神も含めて全身の身体器官を大騒ぎで巻き込んで、でも母のホルモンがなんとかしちゃって、

母体の神秘パワーがエネルギー総動員で波動砲を撃つように、9か月間頑張る大仕事。

だから35歳過ぎたらもう、相当に苦しいはず。

当人の感覚もそうだけど。母体が。

だから49歳で出産してしまったジャネットジャクソンは世界のニュースになっちゃったくらいだ。

もうもうなんもしちゃ駄目よ

お家か病院で、立ち歩かないでずっと寝てなさい




とある本を読んでいる。地方住みの私が滅多に増やさない、軽度の発達障害の本だ。

この若者……元気なワケ―モンは、20年前から私たちが見てきた軽度発達障害の流浪の歴史は全部は知らない。

支援に行き着くまでは“オレサマ”な生き方をしてきたそうだ。

18歳を過ぎてもコンサータが貰える時代、つまりごく最近の時代に支援を受けているようだ。


すごーく主体性が高い。

なんせ自分でなんとかしようとしてきたんだ。

ライフハックも、自分で考え、作り上げ、見つけてきた。

このワケ―モンと、野良レモンが違うのは、そこかもしれない。


私は、というか、多くの当事者たちは、ライフハックは「自分で考えて。」と突き放されるものではなく、

一般の普通の社会に従順にする努力のご褒美として、

考えてもらって、提案してもらって、実行したら評価してもらって、継続できるかどうかも調べていただき、
継続することの価値とはなんぞや、みたいな疑問を解決するために、山のような当事者たちの前例を提示してもらう、
そうして自己肯定感とか、承認してもらった実感とか、そんなものを長期に渡って学習させてもらい、獲得させてもらう、

……だいたいそんなイメージをして、理想としているのではないだろうか。


このワケ―モンは、その前に転職も結婚もしているもの。

主体性、ハンパ無い。



私たちは、”従順”と”依存”の区別もちゃんとは付いていないかもしれない。

だって、知らないものは知らなかったんだもの。

知らないものは、教えてもらわないと分からない。


当事者と分かった時から、私たちはそのへんは叩き込まれるように実感して来たのではないだろうか。

たとえば女性は、初潮が来た時に、なにがなんだか分からない戸惑う体験をしただろうし、

たとえば男性は、空を飛びたくなったからと言って、どこからでも飛び降りればいいってわけじゃないことを、
ヤキを入れられながら学んだかもしれない。

外で気になる美人さんを見つけたからと言って、好きなだけ側へ近づいて見つめていいわけじゃないことも、
教わって初めて分かった青少年も何人もいるのではないだろうか。

“依存”するな 自分で努力して学べ と非難したとして、売り言葉に買い言葉で「あーいいよ 学んでやるよ 」と学んだ結果、

なにをするか分からない人間を量産していいのか

失敗経験をたくさんして自分で学ぶことが大切ですよねっ という理屈で、

全国の美人さんが接近されて追い掛け回される事態になることは、決して正しくない。
書くまでも無く間違っている。


だから、主体性さえあればいいってわけではない。


この社会は、好きなだけ自己正当化をしていい楽園ではない。


“従順”に教わらないと、逮捕されることも世の中にはある。

“従順”に教わろうとしても、教え方が分からない、一般の普通の人たちや家族に、私たちは囲まれてきた。

嫌というほど、絶望をしてきた。


学べと怒られて学ぼうとしたときに、“従順”と”依存”の区別の分からなさが立ちはだかる。

ある人からは“謙虚に従順に学ばないと駄目”と責められ、

頭を下げて「教えてください。」と伝えたら“依存しやがって仕事から降ろしてやる”と、取り上げられたこともあった。

当事者は、“主体性”が悪い騒ぎを起こし、

当事者は、“従順”にする自分の信念に自分が裏切られる。

“依存”は第三者からも責められる。



しかし、主体性って素晴らしいんだよ、ということも分からなければ教わる経験が、あってもいいと思った。


昭和の有名なマンガ『どろろ』の百鬼丸は、

見えない、聞こえない、嗅げない、声帯も無い、感覚刺激から学べるものがなんも無い状態で生まれてきて、棄てられた。

親切なお医者に拾われた。

お医者は百鬼丸にお粥を与え、生かした。

やがて百鬼丸は自分で動き、お粥のある所を探し当てて、空腹を満たそうとした。

自分で決めて、自分で動いた行動だ。


野良レモンに対して、不満を晴らすターゲットたる務めを果たさない憎しみを持つ人たちがいたとしても、

こんな子が持つ主体性を、責める者は、きっとだれ一人いない。


主体性を持たざる者、そして知らない者もいるが、こんな本が書ける形で持つ者はせめて賞賛はされていいんじゃないかと考える。


野良レモンは自然な発育では主体性を持てなかった。

知的には山(知能指数分布グラフ)の頂上のへん、不注意あるけど視覚あり、聞き取り違いあるけど聴覚あり、常識的な家庭料理を日常的にいただける味覚あり、一般的な食習慣あり、睡眠リズムあり、

でも、”主体性”の障害があるのかもしれない、と思う。


ちなみに本のタイトルは書かないよ。

ワケ―モンは、決して「オレ様がヒーローだー無能どもめ、さあ崇めろ」などと書いてはいない。

ただ、目立つと、アンチ、という生物が沸いて、叩き潰すまで炎上する謎の法則は働いているようだ。

一生懸命、気を遣って、引き際をちゃんとしようとしている気配は伝わってくる。

それをジャマしちゃいけませんぜ。

だから書かないよ。

本の言いたいことが、正確に伝わるか分からなくなるもん。