良い子は真似しない

前記事の、心配事が一つ。

野良レモンは、明らかな風邪症状があるのに、一緒に付いてきた目眩症状を、更年期の可能性がある年代の、婦人科系の不調ではと疑うだけ疑っていた。

実はあれから、記事アップして一晩経ってから、微熱が上がっていた。

これを読んだ、読者の人の中で『野良レモンが病院行ってないならこういう時は自分も行かないで頑張らなきゃいけないんだ これが軽度当事者の社会過適応なんだ 』と思う人が、まさか出てきてないだろうか。

出てきたなら、間違いですよ

インフルエンザ検査を受けてくださぁい

野良レモンも

行ってませんよ。地方町村の日曜日だったんですから。

野良レモンが受診してなくても、読者のみなさんはこんなんなったら検査受けてください。


体調ね……

ビタミンミネラルサプリメントの助けも借りて、体力はかなり戻ってきた気がして、

でも楽しいことでも集中力が続かない。普段ならできることでも、頭の中から血の気と言うか、思考力になるものが、途中でザザザザーっと引いていくのが分かって、これは危ないな、と。

就労経験がある程度ある軽度当事者なら、たぶん多くが経験しているんじゃないだろうか。

体調がまだ不調なのか、回復したのか、グレーで感覚が分からない、腹立たしい期間。

こういう場合は休日にぶつかったなら全力で寝て、100パーセントじゃなくても可能な限り回復させておくしかない。

周囲の人に回復を聞かれても、元気なのかまだ不調なのか、自分でものすごく分かりづらいんだよね。

聞かれると、悲しくなるぐらい分からない。

夜間にまた咳込み出すとか、微熱が上がるとか、ものが考えられなくなるとか、中年ではない若い時から私たちは普通にぶり返していた。

軽度発達障害特性と一緒に、アレルギー体質を持っている当事者もとても多い。

でも、元気、の基準が、一般の普通の人達は、私たちと違うから。

一般の普通の人たちに聞かれても、私たちは答えづらい。

こういうことが不便だ。元気を出せ、と言われても、暗くなる。



茄子の頭だけを取って、一本まま料理してみたぞ。

どこまで手を抜けるか。

野菜を食べないと風邪を治す努力をしたことにはならない。

では、食べられる状態にするために、どこまでなら手を抜けるか。後片付けも最小限に出来るか、を試みた。

自炊生活初 の、茄子の一本ままを料理した。

今までは、最低限、縦半分には切っていた。

茄子の頭を取って、皮に浅くちょんちょんだけ切り込みを入れた。包丁は水洗いと拭き取りだけで、しまっていい、ことにした。
料理道具の扱いなんて、野良レモンはいつもこうだ。生きていくためだ。

くるんでレンチン2分してから、フライパンでバターでひたすら焼く。

十分な焼きナスが出来た。



溜めていた下書きだ。


『もっと世の中に聞いて欲しいと、思うだけじゃダメ。
表に出て来ている人たちは、陰に何人も協力者がいて、何人も人が動いているから出てこれているんだ。
だから、そのくらいじゃ全然ダメ。』

むかしむかし読まされた、そんな言葉を思い出す。何回も思い出す。

日常のお仕事をもっと頑張ることや、自分の生活をきちんと管理することに、長いこと私は罪悪感を持たされた。

苦しい日常を大事にすることが、とても贅沢で、我が侭で、自己中心なことであると言われたような気がしたのだ。

日常のお仕事を頑張らなくても、それはとても態度が悪いこと。自分の生活をきちんと管理できないこと、それもとても態度が悪いこと。

でも、お仕事や生活をいくら最善を尽くして誠意を持って管理したとしても、注意散漫の不自由も二次障害の苦痛も世の中に何も広まっていない。だから、罪悪感も持たなくてはならないということなんですよね

頑張り足りない、不合格、やり直し、役立たずと言われたような気がしている。今でも。

しかし、

表へ出てしゃべったり、表現している人たちは、いわばアート。

自己表現はそりゃあ、競争しながらやるでしょうよ。



私たちは、構ってもらえないけれど、障害者だ。


視覚、聴覚障害の人達や、白血病、肝炎、脳性麻痺、そして後天的に脳梗塞や認知症になった人達に、

「一般の普通の人達は自分の生活でいっぱいで気が付かないので、努力して自己表現して関心を勝ち取ってください。」とでも言うのか

違うよね。

診断した病院から診断書をもらって、自治体から手帳をもらって、相談に乗ってくれる人たちからこれからの生活の方法や、訓練先を教わるよね。

子供なら、適した学校へ行くために見学を勧められるよね。

そうやって動き始めるよね。

だれが私たちを動かし始めるのかな。

私たち、中年の中途診断二次障害野良当事者団は、センターも無かった、なにも無かった時代からの翻弄を知っている。

だれも私たちを動かし始められなかった。困ったよね。

じさつ者も出てるよね。

そんな私たちは煽られてきた。

さあさあ自己表現 競争競争 努力努力 自己顕示甘くないよ やってもやってもまだ足りないよ


違うんだよ。

違うんだよね。

リアル、ネット、出会った多くの人に、野良レモンは「はい」「はい」と言ってきた。頑張って言わなきゃと思ってきた。

しかし、

賛同者をたくさん得た人たちは、ミクシィ、ツイッター、フェイスブックなど、SNSにもっと手を広げていくばかりで、ついでに恋愛にも手を付けてリア充したりするばかりで、

肝心の私たちの人権については、なにが広がっていっているのか、なにが動き始めているのか、なにも見えなくなっていった。

そして二十年近くが経った。

簡単に経った。

怯えたまま経った。

今に至った。

まだ怒り足りない。

まだ、怒りたい



言葉をたくさん使えて、障碍者の生活も解っている人として、乙武さんが全国の種々の障害者たちから期待されていたはずなのに。

それがこの有り様だからもう……

どんなハンディでも乗り越える頭脳持ちリア充の実力、は見たけれど、

煩悩にここまで負けて、

すっかり表舞台からは見えなくなってしまった。

ツイッターもSNSもしない野良レモンからは、ネットの活躍も、見えない。


だから、私たちの現状を語る人たちが、どこにもいない。

栗原さんも頑張っていらっしゃるけれど、放映される部分以外で、なにを話しているのかも知らない。だから、結果としてとてもおくゆかしいキャラとして見えてしまう。

私たちはどうなっているのか、どんな生き方をしているのか、ネット上から全然見えてこない。

だれかが代弁してくれるのならいいんだよ。

声が国に届くのを今日か明日かと黙って待っているさ。

野良レモンももっとブログなり、表現をさぼるさー。

でも、これが私たちの代弁だと思えるような話が、いまだに聞こえてこない、見えてこないんだよ。