一般の普通の仕事への執着

中途診断二次障害野良当事者団

私たちはキャラバンだ。

権力者が『迷惑だ』と追い出しに掛かってくるけど、

一般の普通の社会に集団で居座らないと、生きていくところが無い。

教育支援適用済み当事者団に避難しようとしても、はじかれて出来なかった経緯を持つ集団だ。

集団で存在していたら、既に既得権を持っている一般の普通の人たちの権利や利益を侵害するかもしれない、

危険行為をするかもしれない、

そう疑われている集団だ。


海外の、ニュースに出てくる本物の、政情不安な国からくる難民の人たちと違うのは、

私たちには、出身してきた家族が、故郷にはいる、いるにはいる、ということ。

でも、家族に頼ればいいじゃないかと、罵倒されたって、それも出来ない。

いまさら実家へ戻って、

「自尊心を満たしてよ」 
「生計を得たいから合う仕事と生活のプログラムをちょうだいよ」 
「引き籠らせてよ

と叫べというのか

出来ない。

やりようがない中途診断二次障害野良当事者団は国内に大量にいる。

そもそも家族がもうこの世にいなくて、家屋が存在しなければ、やれないものはやれないから不可能だ。

難民として群れてないだけで、大量にいる。

群れる意思が無いわけじゃなく、群れは中毒物質なので、依存症状で防衛機制を振り回して内部で喧嘩と破壊を生むから、

成立しないだけである。


それに遅かれ早かれ、ネットの発達障害情報に頼っている軽度当事者たちは

歳を取って、時代が進んで、高齢化すれば、全員が一般的に、平凡に、普通に、孤立する事態に陥る。

だからそれは困るんだ、と、

私たちは二十年近く、怒ってきたはずだ。




現実に国内で、

ものすごく忙しくてパニックな事態になった軽度当事者、が出てきても、

ネットでつながっているだけでは だれもなにもできないのが現状である。

せいぜい、うろたえて

「おめでとうございます。」とか、「早く元気になってください。」などと

一般の普通の社交辞令で全然解決しないであろう軽度当事者のパニックに、

ど真ん中で、一般の普通の社交辞令を返してしまい、

返されたほうは極端に傷つき、がっかりする。だけなのだ。

介入して欲しい、止まっている思考を動かしてほしい、

本来決まったルーティンワークで褒められながらじゃないと動かない脳だけど、動かないと危険だから動かしてほしい、切実なニーズがある。

だからといって、当事者支援専門ではない人をいくら引っ張ってきても、焼け石に水な言葉しか掛けてもらえないし、

理想的で抽象的な思想はおなかいっぱいだし、

具体的なことを先導してくれそうなことを宣伝文句にうたっている種の人たちはまるでカルト宗教だし、

そうじゃなくて主導権はあくまで自分が取りたいのである。

ここを読んでくださる境遇にいる軽度当事者の中途診断二次障害野良当事者団の人たちは全員がそう願うと思う。

主導権持ちたいの。自分の尊厳は尊重してほしいの。でも受け身で介入を受けないとなにも判断力が動き出さないの。

なぜなら共感能力が足りないから、感じながら協調出来ない。

だからなにしたらいいか、結果、わからない。


一般の普通の人の感性で感じる作業を手伝ってよ。

一般の普通の人たちがなに感じて判断するのか情報ちょうだいよ。

受け身するしかないんだもん。でも自分のことは自分で判断。

主導権持ちたいの。受け身なの。

受け身だけど、主導権持ちたいの。

主導権持ちたいの。受け身なの。

受け身だけど、主導権持ちたいの。

主導権持ちたいの。受け身なの。

受け身だけど、主導権持ちたいの。

これが私たちの緊急な切なるニーズなんである。


 

テレビやネットで話題になる、ネグレクト系の首謀者にたまにいる

『周囲や自治体が業を煮やしてお膳立てをしてくれてから、お膳の内容を理由にして因縁付けて結局義務を果たさない』人たち。

もしかすると私たちの特性の、スペクトラム上の重いところにいるのかもしれないね。

ただし、

重いところにいるのなら、とっくに教育支援適用済み当事者団として医療と支援を受ける資格は有している。

放っといてほしくない、構ってほしい意志があるのなら、

話しかけてくれる人の話に、聞く耳を持つ義務もある。

一方私たちは、個人の義務や社会的責任を理解はして、パソコン回線をつなぎ、利用して、
書いたり読んだりする生活を送っている。

聞く耳を持つ必要もある程度理解している。

しかしこんな私たちが行政や善意の市民の人のお話などに真面目に聞く耳を持つと、

正式な支援者の話じゃないので、付け込まれて散々な目に合うこともある。

ものすごく腹立たしく、面倒くさい。