リハビリな感じ



早朝の夢。

なにかの依存更生施設に入れられた。

なにやったんだよ私ww

でもなんか前向きな気分になれるとこだった。

私はその夢の中ではウーピーゴールドパークのような陽気なおばちゃんだった。

シーソーのように広い台が動く遊具の中に入れられて、開放的にワーイと、波乗りのように走って回った。

ちっちゃい小動物のようなキャラの、元気な支援者が付いてくれた。






地震で頭がシェイクされると、アドレナリンも使われて、不足するんだろうか

前記事でもグチったように、日ごろからテーマにしている内容へ、頭が戻っていかない。


いやあ、たしかに余震が起こると、全身の神経が逆立つというか、

緊急出動態勢を取るものだっていうことは、いやってほど経験したなあ。

台風で家屋がギイギイきしむだけでも、座っていたらお尻に振動が来て、

神経がビクッときて、余震に備えて全思考をストップしてしまう、みたいな。

結果、アドレナリンを使い果たしてしまうのかね


記事を書くっていうのは、記事を読む相手のことを何割かは意識しないとならないと、

野良レモンは構えて考えている。

リアルの現実で野良レモンを知っていて、相手にしてくれて、フィードバックをくれるような、

ぬくぬく恵まれた環境では書いていないのだ。

フェイスブックではないのだ。

もちろん、ぬくぬく近親者に囲まれて書くことが、必ずしも快適とは思わない。

近親者が喜ぶことを書かなくてはならないし、本音は別に取っておいて、見栄えのいいことを書かなくてはならない、

公開する責任、みたいなものも重い荷物として背中に乗ってくる気がしている。

野良レモンはもちろん、そんな荷物は背負えない。

だから、

一般の普通の社会に、仮面を被って出て行かなければならない現実の記録を、

軽度当事者の人たちにしか分かってもらえないことを前提に書いて、

周囲に理解者や支援者が複数人いる環境の教育支援適用済み当事者団の人たちに分かってもらえるであろう話と、

野良レモンのように医療機関に恵まれず、周囲の目には当事者のハンディが当事者自身の怠慢にしか見えないし、怠慢でなかったとしても結果的にどうにも手の施しようがない、と扱われる環境にいる中途診断二次障害野良当事者団の人たちに分かってもらえるであろう話を、

頭をすり減らして、選り分けて、言語化している。


ただの"文句"を書きたくても、

読む立場の人によっては、

野良レモンが読者ご自身に向かって、何を伝えようとしているのかさえも、

さっぱり分からないもの、なのだろうからだ。


おそらく、動作性能力を使う選り分け作業をしなきゃならないから、

毎週、毎回、たぶんアドレナリンに当たるものは使っているんじゃないかと思う。

ただでさえ普段からきついよ。疲れるよ。それでも書いて来たんだから、アホだよ。

ジョギングのようなものかもね。身体はどこも鍛えられない。

それが、昨今は、掘っても出てこないくらいに、枯渇している。


しかもだ。風邪までひいた。

当事者あるあるであろうが、病院の薬をきちんと服用すると、副作用で頭までもが使い物にならない生き物になる。

だからって、若い頃は市販薬で症状をやっつけて、頭のエンジンを無理に掛けようとしたが、

すると疾患そのものの症状はしつこく長引くことも経験した。

野良レモンは、高熱が上がらなくても、無理が効かないことが世間的にしぶしぶ認められる歳になった。

だから休日に休めた。泥のように眠って機械的に、あるもんを食べて服薬していた。

一般の普通の静養をしていた。

休日出勤をしてお仕事の遅れを挽回しなくても、自主的にお仕事を家へ持ち帰らなくても、

しぶしぶ許される。

まだ割れていない薄氷の上に野良レモンはありがたく乗っていることができていた。


どうして今日、記事を書くためにパソコンに向かえているのか。

思い付きでコーラを飲んだのだ。

何か月ぶりだろう。最後にいつ飲んだのかは、忘れた。普段は飲もうとも思わない。

一時的に、喉のイガイガも、うがいでも取れない粘り気も、取れたのだ。

これがいいことか、身体を粗末にする良くないことなのかは、分からない。



軽度の風邪でも体を休ませることを優先しない行動を、反省できるほど、

本当は一般の普通の社会は優しくない。

高熱も無いくせにそれなりの保温なりの身支度をして出勤しないことなら反省させられる。

反省しなさい、と言われたら、若い頃の野良レモンは「ハイ」と言った。心から言った。

病院から、休んで寝て治さないことを反省しなさい、と聞こえる言葉を言われたら、野良レモンは「ハイ」と言った。

お仕事場では、副作用で頭がフリーズした。罪悪感で全身が痛くなった。20年は経っている今でも思い出す。

「そんなんじゃ駄目。あなた全部駄目。」と言われた。「ハイ」と言った。「すみません。」も言った。

『発達障害』という言葉を知って、私には尊厳があったことを知った。そこは救われた。

ネットで出会った当事者の人たちは、私に指示を出せなかった。

ご自分の苦境をずっとお話してきた。

野良レモンは「ハイ」と言った。心から言った。

野良レモンは待った。

ずっと待った。

来る日も来る日も待った。

なんだか分からなくても、だれにすがれば正解かも分からなくても、

みんなみんな忙しくても、

待った。

忙しさが一段落したら、今度は遊び始める人たちがいても、

野良レモンは待った。

待った。

動悸をバクバクさせながら二つ折り携帯の画面を見つめ続け、

苦痛な契約作業を、難しさと孤独に頭をやられながら鬼のように集中して、パソコン買って、

薬を飲み下しながら、社宅の電灯は近所の同業者にどう思われるか心配だから消して、

暗闇の中でパソコンの画面を見つめ続け、待った。

ストレス漬けの身体を、大事にできる権利を使える日を、待った。

待った。

待った。

私だけじゃない、きっと私と同類項の苦痛を持つ人が、私より頭のいい人に指導されて、

どう生きたらいいか、正解を探し当てるはずだから、

低姿勢で、当事者の人たちと仲良くして待っていたら、いつか待っていた答えは目の前にくるから、

来てくれないと困るから、

私が自分から腰を上げて行けるところが見つからないから、

だから待った。

待った。

待った。






野良レモンは、自動走行システムを持った自動車が、買いやすい値段で売られる日を、

楽しみにしている。

当てにしていい物か、まだ時々議論がされる。

最近、途中から見たテレビでだが、自動走行システムに使われるAIについて、

識者がなんだかんだ語っているのを聞いた。

野良レモンは平凡な知力なので、全部は頭脳で消化できなかった。

でも、AIは、どんな経緯があった時でも、どんな状況であっても、ムラ無く正確に働く、

そんな話は聞き取れた。


私はどっぷり感情に支配される。体調にも支配される。注意力は、これから老けるにしたがって、ますます落ちるだろう。

だから、自分で走ってくれる自動車を使えば、高齢になっても安全に動き回れて、免許返納をもっと延ばせるかもしれないと期待しているのだ。


しかし、特定の状況に対して、プログラムされた反応を頑固にするしかできない、

この宿命は、ASDの特性も思い出させた。


私たちASDは、生まれ落ちて、感覚が育って、意思疎通を始めるその時から、

"自分なりの独特の見え方、感じ方でしか世界の情報を認識できない。"自動走行システム付き人間として、

社会の中をイヤイヤ走り始める。

天才的な人間がプログラムしてくれた頭脳ではなく、

なにも経験してない頭脳と、使いこなせない意識を「自主性を身に付けようねっ」と、無理やり使わされる。

間違っているかもしれないのに。


いくら使ってもムラ無く働ける労働者として、

私たち平凡な能力の人間は当てにされる。

いらなくなったらリストラされる。

年金をあげたくなくなったら、年金支給年齢をこうして上げられて、せっかくの引退と休養を取り上げられる。

そして十分休めないまま、社会に謝り続け、高齢者のよくある持病などが悪化して、

寿命が縮まり、廃棄処分されるんだ。



今の一般の普通の社会のヒエラルキー階層には、「戦力」と「新人」の枠ならどこの企業にもあると思う。

これからはそこに高齢者枠も加えて、「シニア」「戦力」「新人」の階層にしてもらわないとならない。

「戦力」枠と同じ働きなんてできるわけないでしょ。

一般の平凡な普通の労働の現場には、普通に、

60過ぎたら体の故障が多くてもう無理、な人生の先輩たちがいーっぱいいるんだよ。

たぶん野良レモンもそうなる予定。

だって、残って働けって、国から命令されているようなものじゃん

持病たんまりで、すぐ反応できない、新しい感覚には付いていけない、毎日のパターンが変更しても付いていけない高齢者が、

これから集団で社会に残りますぜ。

お給料と福利厚生は当然いただきますよ。