ASDカメレオン(造語)

ネットでASDの症状を、日々、拾い読みする中で、

孤立型とも積極奇異とも受動とも違うように思える症状があることが、最近気になってきた。



十年以上前。野良レモンが発達障害について、初心者だった頃。

孤立と、積極奇異と、受動は、それぞれ別々の特性であり、一人に一つ、発生するんだという説を、

心から信じていた。

ASD一人につき、孤立も、積極奇異も、受動も、潜在していて、環境の変化や訓練に適応するために、

順繰り順繰りに現れるという説もあったが、受け入れるかどうかは保留にしてあまり気にしなかった。

しかし最近、私もそれなりに、読み物の蓄積をしてくると、一人の中に三つの潜在説もありなのではないかと

思うようになってきている。



インターネットからは、『自分がASDだと認知したうえでお仕事や社会に出る』当事者の心情や経験が

大量に読めるようになった。

ただし、これは個人が自分で書いた文であり、正確な記憶かはなんとも言えないし、

客観視も推測も当たっているかわからないし、

ASDの中でもプライドの高い部類は自己美化が入ってくるのもやむを得ない。
(自分の醜い部分まで書いたら、本気でうつが入ってリアルの周囲に迷惑掛けるかもしれないでしょ。それならインターネットでストレス発散するほうが ま だ ましなのよ。あくまで対処療法ね。)

よくお見掛けする通り、日常は趣味やグルメや小動物とほっこりばっかりで、

本当にパニックや大泣きをしていないのかはわからないし、

加えて、インターネットというものは”フェイク”という誤魔化しを入れながら、個人特定を避けて安全を確保しなければならないもの。

そこを差し引いて読んでみたとしても、

リアルの現実には、その場、その場にいる人たちに、頭ごと“乗っ取られるかのよう”に不適応を起こす当事者は、実際にいる。



よく、『このブログの文を使いたい人は、引用していいですか、と管理人にコメントをください。』などと

許可を取るよう求めているブログがある。

野良レモンもそうすればいいんだろうけど、よそ様のブログの文を、まず正確に読み取っているか、

意図を正確に理解しているかが、野良レモンには自信が無い。

引用して、偉そうに見える講釈の文をたらたら書くのは怖いし、気が進まない。



ASDカメレオン(造語)という造語を考えた。

野良レモンもそうだが、お仕事場とインターネットの場と実家では、野良レモンは多少キャラを変える。

人格じゃない。キャラだ。人格に見えるかもしれないしけど。

意地悪な人格障害に意地悪されたことがある被害経験者は、“人格”という表現がしっくりくるかもしれないけれど、

これはキャラクターだ。

疲れるけど、気が付くと、ぬいぐるみの中の人、ぐらいに必死でお着換えしていることがある。

リアルの現実の周囲の人たちは、『野良レモンの中の人、なんていない。』と思ってる。そう思わないと疲れさせる一方だから。(全国の着ぐるみの中の人さんたち、いつもありがとう。お疲れさま。)

お仕事場では体の身体感覚が鈍くなるくらい、周囲の動きや空気を気にしているし、見えない物でも透かして見たいくらいの執着もする。当たり前だと思っている。死活問題だからだ。


インターネットの野良レモンは、たぶん本来の“人間”という動物に戻っている。

かゆい、眠い、痛い、食べたい、過去を思い出す、過去を思い出す、過去を思い出す、過去を思い出す、……


実家の野良レモンは、静かに、と言われれば静かにする。

家族との積み重ねがあり、空気が出あがっているから、そろそろ気を利かせる番だ、とパターンで察したら、

家事も少々手伝う。キャパを超える分は、全国の当事者と同じく、やれない。やらないじゃないの。やれない。

しかし、お仕事場と違い、パターンが出来上がっているので、そこに集中できる。

パターンが崩れた時が、野良レモンの暴れる(嘘です。)時だ。



当事者の中には、これらの、場所や人が変わった時の、切り替えで、ギアチェンジがどうしようもなくできない人がいる。

変わるのが嫌、じゃない。変わったところにいる人が、嫌い、憎い、じゃない。

でも切り替えられない。


お友達と遊ぶと、解散したくなくて、飲み食べし歩いた後も、夜通しカラオケしてしまう人がいたり、

出掛ける前は体調不良を訴えて自力で身支度ができなくても、出掛けたら一番楽しめてしまう人がいたり、

当事者の集まる場所にリアルで集まった時は静かにしていられるのに、ラインで交流始めたら昼夜を問わず過集中してトラブルになる人がいたり、

すごくお仕事の腕のいい人が、「エンジン掛からない!」と愚痴ってトラブってから動き出して、軌道に乗ってしまうことがあったり………

……よくある事例を組み合わせて“フェイク”を作ってみた。



野良レモンもふくめ、こういう類の当事者たちは、孤立、積極奇異、受動、どれも多少の差がありつつ、持ち合わせていると考える。

孤立型は、好きなことにはこの世の終わりにも負けない集中力を持っている。

たとえばゲームなら、ゲームを打ち切って食事をしたり、寝たり、出勤したりすることにしぼって訓練をしないと

打ち切れるようにならなかったり、人に頼らなければお仕事や勉強に出られなくなる。

でもゲームそのものを禁止するのは良くないとされている。代替のものがあればいいんだけど、

世の中の大半の、近くにいる一般の普通の人たちは、そんな難しい物、見つけてこられない。


積極奇異は、人々の中にさえ入れば、そこにいる人たちになんとでも影響を受けて、なんでも勝つまで競争したくなってしまう。

ヤンキーの中にいれば、極端に言うと、妊娠したり、させたり、逮捕、補導歴ができてしまったり、(つまりその団体の中で一番だらしなくなってしまう。)してしまうかもしれないし、

受け入れ方を知っている家族の中にいれば、せっせと掃除に精を出しそうだし、

お仕事場に入ればいつの間にか残業してしまう。

ただし、虚脱したら使い物にならなくなる。


受動は、構ってくれる人が、どう自分を構ってくれるかに、どこまでも集中できる。

たとえば平凡な平凡な野良レモンは、人が、誉めるどころか、構ってもくれない、体育で二人ペアになるときに余されるかのような経験を積んできた。先生の言うことを聞けない生徒は、とても態度が悪い、という評価を受けた時代に育ったのである。

先生は野良レモンが動き出すのを待ち、野良レモンはとにかく非常に困る経験をした。

社会でも、指示待ちだけでなく、お仕事は自分から探しに出ることが社会性として求められる。でも探しても見つからない物は、収納場所を人に聞くしかないじゃない?

野良レモンは、追い詰められた結果、誉められなくても、攻撃されても、その攻撃内容にもいつまでもこだわる悪い癖を身に着けていった。

染まりたい。染まりたい。染まりたい。野良レモンを構う人、野良レモンの処遇を決める人、イメージを決める人、
野良レモンの尊厳を決める人。あなたは決める人?あなたも決める人?あなたもあなたも決める人!?

「静かにしなさい。」と言われたら、基本、静かに、静まる。これが野良レモンが受動だととらえているところ。





しかし、ASDカメレオンは、過集中もする。競争もする。ボーダーラインも超えちゃう。感覚過敏も持ってしまって、自己世界に浸って籠ってしまう。でも「静かに。」と言われても静まらない。

「なんで」と疑問を持つ。

切り替えが、非常に自力では難しく、人とトラブりながらすることが多い。

それは、「なんで」の疑問を人に向けてしまうから。

「なんで」を自分に向けて探索した結果、たいていはASDのため、絶望的に切り替えがしづらいから、

という特性に行き当たる。

視点を変えて、衝動性の強いADHDという解釈もできる。

ASDとADHDの合わせ技で、広汎性発達障害、にもなりうるのかな(正確にはどうなのか、責任持てませんよ。)。

可能性として、あるのかな。

野良レモンの知る限りでは、カメレオンの人たちは、支援を受けない限り、いつも非常に忙しい人生を送っている。