悪いことボーダーラインピラミッド

悪いことボーダーラインピラミッドという造語を思い付いた。

成長して、社会的立場がくっ付いてくるに従って、『悪いこと』のボーダーラインはどんどん広く、予想外な場所へ広がっていく、という現象だ。

軽度発達障害の一部の人たちは、支援で環境ごと制限される生活ではないので、

刺激的なことを衝動的にやってしまうことがあったり、悪いと分からなくてやったり、逆にやらなかったりしてしまうことがある。

一体なにが「駄目」で、なにが「駄目」じゃないのか、混乱して分からない。

つまりは、「駄目」で説明されないと分からない、

「ここからここまでがルール。もうこの線からは駄目。」みたいな言い方が、時に必要なことがあるタイプたち。

しかし、その許されるゾーンのルールも、成長と共に変わっていく。10年前に覚えたルールが、通用しなくなったりしてパニック発生、二次障害の種がまかれ続ける。

それが人生でくり返しくり返し、ふり被ってくる。

それらの『悪いこと』の線引きは、産まれてから社会で地位を上げていくにしたがって、ピラミッドのように無数に増えていくように、

野良レモンには見えるのだ。

ちゃんの時は

『ストーブ、できたての料理が入ったお鍋、刃物、煙草は、絶対に触ってはいけません!』

と、厳しく教えられる。昭和は、言うことを聞かなければ叩くことも仕方ないと認識される時代だった。

何故なら命にかかわるからだ。煙草の吸いがらなどは、食べると本当にしんでしまうと聞いたことがある。

しかし、大人になった後も、このルールだけを守っていたからって、ちやほや誉められ自尊心を満たしてもらえるわけがない。

けるようになって外へ出たら、大人と一緒にはぐれないで歩かないと駄目、

トイレは失敗する前に言わないと駄目、引っくり返って泣いて我が侭をとおしたら駄目、

外で会った同年代の子のおもちゃや食べ物を取ったり欲しがったら駄目………

社会のルールの『初歩』が教えられる。

しかし、大人になった後も、道も覚えないで女子の後に付いて歩き、自分のトイレだけ言って、季節の移り変わりすらも話題にではなかったら、そんな男子は

いくらお金を持っていてもどんな女の子もデートしてくれないし、チョコすらもくれない。


務教育の年になったら、あいさつできないと駄目、はげてる人に「ハゲなの?」と口に出して言ったら駄目、

食べ物が出されたら回りの子よりも食べたら駄目、同じくらいじゃないと駄目、

クラスではじかれたら駄目、ペア組みのときも組んでもらえるように自分でも人間関係を努力しないと駄目、

勉強はできないと駄目だけど、回りから妬まれないように人ともバランス良く、先生受け良く、好かれるようにしないと駄目………

しかし、大人になって学業が終わった後も「ウェーイ!!」をやっていたら、恥ずかしいから、信用が得られなくなるし、回りの人から相手にされなくなる。

よいよ大人になって、それなりの異性と過ごせる立場を手に入れても

今度は自分から、相手の言って来ないことを察して、定期的に、信頼関係の再確認をして、愛情表現の上書きをし続けないと、

お相手には去られる、リアルの生活の関係者だけでなく、ネットの人たちにまで、叩かれる結末が待っている。



このへんが、絶望的なほどに、うまくできないのが軽度発達障害だ。

努力してもできないから、支障が出るから、教育支援適用済み当事者団は支援が受けられるけれど、

野良レモンたち中途診断二次障害野良当事者団は、構ってももらえていないし、

間違いを間違ったまま生きていても、社会のだれもが言葉が足りなくて、教えてももらえないままでいてしまう。




自分自身が「十分に全力を尽くして従順にできた。」と

実感を感じられる時が、相手が増長した時にやっと、にしか来ないことがあるのかもしれない。

そこに実感の遅れや歪みがあるかもしれないわけだけれど、お相手にとっては知ったことではない。

しいていうなら、なにかの協同行動が、速やかに進んでいない、野良レモンの理想通りに保険を掛けられていない、

どこかで致命的なミスをしても解決を手伝ってもらえるだけの保険を掛けた言動を取れるほどまだ努力出来ていない、

私は怠けたくない、しかし余計な気遣いや余分な働きを提供する隙が無いという板挟みの不満を勝手に増幅させているので、

事情を知らない相手は疑問を感じる人は感じてしまう、くらいでしかない。




人間には五つの欲求の種類がある。

生存、安全、所属、自尊心、自己実現。

つまり攻撃したい目的を達したい時、人間として当然持っている欲求を人質のように、取りあげてしまえば意地悪は成立するんである。

“あの掲示板”でも使われていた手法ですね。

掲示板はタダで意見が集まってくる場所なので、

数々の意見の中から、“欲求”や“感情”を拾い上げて、

攻撃相手がそんな“欲求”や“感情”を持つことを自己肯定していることを前提にして、大々的に振りかざして威張っているかのような、

過剰な表現をして、みっともなく卑しそうに装飾してから、

「しかしそれは全部間違っています。」「わたしはなにも感じません。二度とわたしにレスをしたくないかもしれませんが、そうすることに対してなにも言う気はありません。」と全否定することで、

コミニュケーションの全部を断絶する効果が得られます。リアルよりも簡単で楽でいいですね。

もっとうまくやれば、お人好しで純情で空気を読み取る自信の無い掲示板の参加者たちに、

ターゲットはおごり高ぶった犯罪者、であるかのような感じ方をさせる空気へも持っていけます。


例文
『生存』  「自分に、生き残るに値する価値が出たような気がしてきているかもしれません。そう思うのは勝手ですが、全部間違っています。」

『安全』  「認識の一致にいたらなかった相手が掲示板からいなくなったことで、好きなようにレスを書ける気になっているかもしれません。わたしは止めません。勝手に書けばいいですが、ここの人たちはレモンむしぱんさんが予想しているようにはレモンむしぱんさんを受け入れていません。許されたと誤認識している滑稽で憐れで愚かなまま、好きなだけ書けばいいでしょう。」

『所属』  「犯罪被害経験者の人に書いた言葉について、自分では間違っていない、悪くないと誤認識しているかもしれません。わたしからレモンむしぱんさんに何かしているととらえて書いていることは、全部レモンむしぱんさんがわたしたちに抱いている悪意です。この掲示板に来ているくせに、どこでそこまで極悪非道なまま自己肯定して生きてこられたものか分かりませんし、知りたくもありませんが、全部間違っています。」

『自尊心』  「犯罪被害経験者の人たちが可哀想ですよ。でも管理人さんが書き込み禁止にしましたね。見棄てるんですか。管理人さんが決めたことに従うのはルールですね。書かないんですか、ひどいですね。ルールに従うんですか。可哀想な人たちに偉そうになに沈黙決めているんですか。それとも管理人さんに迷惑かけますか。レモンむしぱんさんは非常識なほどに偉そうですが、わたしはなにも感じません。興味がありません。正しいことをどうぞしたいようにしてください。やーぶーれー!みーすーてろー!やーぶーれー!みーすーてろー!」


一応、やろうと思えば、五つの欲求の内、四つには、この調子で例文ぐらいは作れるんですよね。

膨らんでしまった疑問は、インターネットでならここまで、人を巻き込むぐらい、化けてしまうことがあるんですね。

リアルではそよ風すらも起こさないことが多いのにね。

ちなみに自己実現欲求は、高度な欲求で、

計画的に努力して周囲と協調しながら、目的も明確にして、理由も理想も揚げられて、

聞かれたら伝わりやすく説明できて、そのうえで、限られた運の強い人にしか実現できないものなので、

たかだかインターネットの無料参加の場所で論じられるほど、単純にはできていないんですよ。


だから、欲求を叶えられなくても、自分を責めなくて、いいものなんだと思います。