大事な話の仕方って?

大事な話するときって、殺人ドラマいや間違ったサスペンスドラマのように、崖の上でするものなのですかー?と思うことがある。

いっぽうで、ワイドショーなんぞ見るともなしに見ていると、重大な別れ話とか予定の変更とかをメールでばっかりすんなよ。と思うこともある。

ならどこですんですか。

業務連絡以上の大事な話を、去年の冬から、野良レモンはあんまり人としていない気がする。

だからわからない。

人けの無い喫茶店ですか公園ですか道の駅とか、駐車場の広い所の車の中ですかそこまで人を呼び出すまで、野良レモンは人を動かせません。

野良レモンは人に動かされるとしても、駆け引きとか脅迫とかも、衆人の監視の元、たぶんどうどうと受けるんだと思います。

バカだから、デリケートに気を使ってやる必要を感じないんじゃね

怖くも痛くもかゆくもないでしょ

大事な話ってどこでどうするのが相応しいんだっけ?

世間では、ますますお手軽になって、やっぱりラインなのかな。



ラインって、ミクシィみたいに、登録した情報から、むかしむかしの関係者にまでたどっていけるんでしょ?

だれと、なにしゃべってるか、乗り込んで行って、読めるんでしょ?

そして、画像の保存とかできて、余所へ流せるんでしょう?ばらせるんでしょう?

ブロックをすれば、隠せるんだろうけれど、野良レモンはことごとく、機械に負けるので、きっと何をばらされていて、なになら見られていないのかも、きっと分からない。

だから、やむなく、無難なことばっかり、書いていくようになる。具合を悪くしそうなほどに、短文で終わるように躾けられるんじゃないかい

………ただの業務連絡なら、メールと電話でいいじゃん。




あの掲示板なら、お互いの、気になる文章には、突っ込みを入れることが出来た。

横レス、という、あまりお行儀の良くないことだったけど、ルール上はできた。

思ったことは、議論できたのだ。



たぶん今でも、個人同士のメールで、野良レモンの人格否定依存を絆にした、憐れみ合いの正当化は続いている。

野良レモンがもっともっと短絡的で幼くて愚かでないと、あの掲示板で共依存を必要としていた人たちの一部の人たちの、正当性が成立しないからだ。

成立しないことはとても可哀想なことで、野良レモンには空気を読む能力が欠損しているし常識が無いし協調性も、社会適応に必要な分量の会話を合わせる能力も、善意も公共心もなにも無いことが、前提であることが複数名の善意で証明されるまで続くのだ。

昭和のスクールカーストと同じだ。過半数が「あの子が嫌い。あの子が悪い。」と指名すれば、多数決で仲間外れが決定する。

平成の今は、ラインで決定するの?

オバサンたち大人の証明ってどうやってするの?決定を下す、あの掲示板の代わりの会議場はどこを舞台にするの?

舞台が無くても、不幸な人を見棄てることって、可哀想で、ひどいことだから、やめちゃいけない、助けるって決めたら責任持って助け続けなくてはならないから、やめないのかい?

野良レモンに『感情の伝達』を封じて挑発しておきながら、可哀想な人を助ける責任感は、煽るかい?

“共依存”に多数決決定したんだから、責任を持って救済し続けないと、裏切り者かい?

地方の田舎の片隅の野良レモンオバサンに、壮大な救済を、約束させたいかい?まだ約束、してなかったよー。

約束する力量は、無いよ。救済のスキル無いよ。約束、しないよ。

させたくて、させたくて、させたくて、今でもたまらないんです。メールの方たちの一部は。


二次障害としての、アダルトチルドレンが集まっても、中途診断二次障害野良当事者団は、自己や、自我すら希薄なことがある。

分裂気質を持っていなかったとしても、軽~いきっかけで、何人前もいる自分の内面が、交替して出てきてしまうことがあるものなんだ。


あの掲示板、以外の、当事者たちの文章を何年も読んできた。難しい学術用語では書けないけれど、そういうものなんだと野良レモンはなんとなく分かってきている。

教育支援適用済み当事者団みたいに、自分をリアルの現実で責任もって観察してくれる、賢い人から、自分におこる現象を説明する言葉をいっぱいインプットしてもらってきていない。

だから、ストレスがかかっても、忍耐のマニュアルもプログラムも知らない。つぎはぎの知識で、交替人格みたいな思考に勢いで、対処させるしか無いのだ。

診断が付いて、発達障害を知って、やっとマニュアルも認知も少しずつ得られ始める。

それまでは、野良レモンだって、勢いで、滑りながら、噛みながら、愛着障害もどきになって世の中を渡ってくるしか無かった。

滑っても、噛んでも、見苦しいだけで、なにも進化も無いし、価値も無いし、その場の利益にはならない、ということを、診断後に学んできた。

「前向き笑顔。価値があることだよ。」と社会がいつか言ってくれそうな、夢を見せられる場所は探したよ。
ほんとは、自分で探す、とか、はしたない気がしたけれど、待っててもどこもドタバタして、野良レモンの手を引っ張りに来れなさそうだった。だから出掛けていったよ。
でも、野良レモンに通じる言語が言えない、だれの言うことにも、ふらふら付いていく二次障害ばっかりだった。
に付いて行ったり、お医者に付いて行ったり、もう全員行方も知らない。探す暇も理由もない。

………だから、野良レモンは対処の仕方が分からないストレス源には、逆切れなんてしないで、黙ることを身に付けた。

感情論ダメ。謝罪ダメ。理屈ダメ。自己弁護ダメ。分析ダメ。質問ダメ。善後策の検討ダメ。ダメダメダメダメ!!

こんな場面、社会へ出たらあるよね?当事者なら経験しているよね?知らずにトラブルの引き金引くもんね?

むしろこんなときは状況の分析から賢い人に手伝って欲しいくらいだ。でも人手はいない。

でも、それらしか、野良レモンの言いたいことが無いし、言葉に起こせる内容を思いつけなければ、野良レモンはなんにも言えないのだ。

だから言わない。

攻撃でもなんでもない。野良レモンは正解回答以外話せない。

軽度の発達障害の診断をもらって、野良レモンが自覚して、強化できたことの一つだ。


話を戻すけれど、
中途診断二次障害野良当事者団は、自己や、自我すら希薄なことがある。
分裂気質を持っていなかったとしても、軽~いきっかけで、何人前もいる自分の内面が、交替して出てきてしまうことがあるものなんだ。

野良レモンが混乱したのは、あの掲示板で、野良レモンに向けられて書いてくる文の内容の一部が、分裂をおこしてきていたこと。


機転が利かない野良レモンはそこで混乱をし始めた。

そこで仲裁や通訳をだれかにしてもらえるならまだしも、野良レモンの悪意や責任という、次元の違う話に、レールを変えようとする人や、
仲裁は前提かもしれないけれど、当の野良レモンに説明を求め出したりする人や、
野良レモンが混乱することで、妄想上の感情の伝播を勝手におこしそうになる人や、が出てきたこと。

お一人お一人にレスするとしても、レスの文を書き上げる集中に要する時間は、1~2週間はかかる重さの話になっていた。お相手の感情を読み取り、感情に振り回され過ぎず、理屈を順序立てて伝えるだけの、伝達力のある文を書き上げるには、野良レモンは掛かる時は掛かる。

感情の過剰な反応による、いわゆる病的な“パニック”は、当人が、一時的に近距離の人間に、自分の対処可能な関係性になるよう、関係を再現するよう、命令する形を取ることがある。

関係性、いったい、どれだ?どの種類だ???

小さなパニックなら、速攻、『優しくする』ことで大抵は解決する。それは、古今東西、母と子がどこでもやってきた、産まれたときから覚えてきた形だからだ。

ただし、病気が入って、背景が複雑になった時は、一体どこの関係性の再現の投影が原因のパニックなのかを、野良レモンは混乱する。

母と子、あんまり関係が良くなかった母と子、自分への影響力が大きかった父と子、自分への影響力が大きかった学校の先生と生徒、自分への権力が強かった友だちと自分、自分への権力が強かった仕事場の人、趣味サークルの人と自分、自分が挑戦した芸術やコンクールの順位………

人生の、どこの、だれに、思い入れを病的に持ってしまっているかがわからない。
野良レモンからはマナーとして、ほんとは聞けない。だってプライベートゾーンでしょ。

だからどこのだれとの関係性を軸にしているのか、なんの怨みが脳内で再現されちゃったのか、
でも野良レモン始め、今、すぐ近くの人たちとの関係性は崩壊していない、恥をかいてもいない、恐れることはなにも起こっていないからそこは安心して良い、
現実に起こっていることはこっちであり、だれと、だれが、どこで、どうなっているから、どこそこの疑問を解決しなければならない、などなど、そういうことを説明したいけれど、取り掛かれない。

たとえ、病院という場所でも、心神喪失のひどいパニックには、隔離措置が取られることもある。
つまり、口を利いてもらえない。黙られてしまうのだ。
野良レモンはバニくっていないのに、病院という場所をあきらめるまで、多くのお医者が、野良レモンに黙り、困惑した顔で放置した。この受動の野良レモンに。この苦痛は忘れない。

だからネットでは、ついつい長く話しかける癖が付いた。

しかし無理だった。

あの掲示板の参加者たちが持つ、数々の“関係性の記憶”のバリエーションの間を、取っ替え、引っ替えしてみんなで迷走した結果、それぞれの無数の記憶の引き出しが開いたまま閉まらなくなり、収拾どころか、引き出しの中の怨みの感情の声を、言いたい放題に大放出させてしまった。

パニックの対処の優先順位一番目『優しくする』しても無理だったのに、重症化する前の救急処置よりも、『優しくする』ことが、あの掲示板の空気で推奨されかけた。
パニックを中断することに誘導できない対応は、患者当人を危険にさらす可能性が高い。
たとえ危険にさらしてでも、あの掲示板の参加者の空気投票で決まる、理想的な手順を踏んだ、パニック当人の回復と、事態の解決が実行されないと正義ではない、許されない空気が作られようとしていた。

結果、知識と経験ある人たちで、パニックは中断される方向へ誘導されたけれど。

順序が違う。『優しくする』ことでしか解決してはいけなかった。
『優しくする』手順を踏み、『優しくする』ルールに厳密に乗っ取っていない方法は全部、『建設的ではありません』と、不合格評価をくだされ、良心が無い悪人として被告席に立たされ、裁判に掛けられてしまうことを、野良レモンを吊るしあげ、見せしめにすることで、望まれたのだった。


こうして話し合いの時間は打ち切られた。


これが、軽度の発達障害当事者ネットのコミニュケーション力の限界だった。

無理だ。

無理だったんだ。

無理なんだ。





あの掲示板の参加者の一部の人たちにとっては、そんな野良レモンがとても薄情で身の程知らずに見えている。

野良レモンがレモン蒸しパンの名で、あの掲示板に短期間でも参加していたということで、野良レモンは生意気に反抗してから、敗北して依存の奴隷になる奴隷役認定、いじめ認定したのに、
野良レモンは罪悪感すら引き受けること無く、メールで喧嘩を買ってあげることもせず、ご機嫌を取ることも自己正当化もしてあげず、平凡な一ブロガーに逃げて行った形を取っているからだ。

スケープゴートの身の程もわきまえずに、自分に一線を引きやがった、野良レモン。

なんもしてあげてない。冷たいね。野良レモン感情無しかい?野良レモン感情欠損かい?冷血人間かい?

一般の普通の人たちの社会にすら出る資格も価値も無いかい?サイコパスかい?

虐待の加害者たち代わりに憎しみを投影されて攻撃されて潰されてしまえばよかったのにね?

都合良く使って振り回したかったのにねえー。野良レモンをもっとオモチャにしたかったのにね?終わりにされちゃったね?



ね? ラインへ場を移せば解決する問題かい???

ラインでする大事な話は、ただひたすら、話がややこしくなり、険悪になりそうな気がする。

野良レモンの限界だろうと、勝手に思っている。