当事者の梅雨の精神状態

野良レモンの場合は、『これ以上脳みそを使ったら危険だ!』と感じる危険信号が鳴る。

それを無視して思考、行動すると頭痛が始まる。

でも頭痛と眠気で、強制的に思考をストップさせられる。

やりすごしたとしても眠気は溜まるので、どこかで寝溜めしなければならない。学生中なら、理数系の授業で反動が来る。それも嫌だが、大人になって、ハンドルを握るからには、自分の限界以上の不調を身体に溜めっぱなししてはならない自己責任がある。

メチルフェニデートもカフェイン剤も存在を知らなかった年代は、ただひたすら家族に絡んで、すねて、歪むしか無かったな。
忘れたいけど、ASDの不便の存在記録を残さないとなんのためのブログだよ、オバサンのただのお花畑日記だれも読みたくないですよ、という現実があるので、忘れません。

薬剤の代わりの覚醒する刺激は欲しかった。無かった。分からなかった。だから、私が悪い、と思っていた。

だって一般の普通の社会はなにごとも無かったかのように進行して行ったじゃん。

待っててくれないじゃん!

私だって欲しかった。
思いついたことをその場で、話を聞いてもらうためのコンタクトとか自己紹介とかアクセスとか手順踏まないで、瞬時に聞かせたら、横に付いて、解決策を一個ずつ言語で指示してくれる人とか。
そんな役職の人存在しない。

ニーズはあるのに探してもいない。中途診断二次障害野良当事者団にはもらえる順番待っても回って来ない。

だから無理した。自分の体面を傷つけながら、無理した!

それに覚醒作用の薬剤や飲料だって、依存し過ぎたらどうなるかは、外国で証明されちゃったよね。

私たちの眠気には、存在する権利は無いの?なにか犠牲にするの?するものなにも、もう残っていないんだけど!




話を戻して、

当事者の梅雨の精神状態については、

複数のブログで取りあげられている。

むかし、発達障害と言う言葉が入ってきていなかった頃は、ただの怠けでしか無く、

口に出すのもタブーのようなものだった。

ただ一部、高齢者が、雨の日は関節が痛むとか、戦争時の古傷が痛むとか、そういう声が書籍に文字になって載るぐらいだった。

他は、そんな梅雨の話、聞きたい人がいるかいないか分からないから、利益が無い話なので、話題にすらならないから我慢だ!根性だ!忍耐だ!と言うのが、結論だった。

それにくらべて、今は具体的な時代になった。

むかしにくらべて、ね。

今が十分かと言うと、そうは思わないよ。




『発達障害』という言葉、単体には、数々の能力の偏りと一緒に、知的障害も含まれてしまったという。

だから、今後は、使い方を気を付けないと、読む人の野良レモンに対するイメージが、

幅広がり過ぎる。


認知力や学力が低い、基本的生活能力も低い人たちのようなイメージから、

とりあえず独り暮らしして、“金銭感覚”という言葉は少々勉強して、常識的なつもりの貯蓄を少々して、サラリーマンの片隅に居て、怠けの範疇で誤解されそうなコミニュケーションの難題で、ブーブーぶーたれている、抑うつ経験者の、汚部屋警戒警報の、更年期カウントダウンの、ゲンゴカーに取り憑かれた中途診断二次障害野良当事者団まで、

幅広いイメージの選択肢から、野良レモンを掴まなくてはならなくなる。

んー、それは疲れさせちゃうよね。ちょっとごめんなさいだよね。





こんな言語化してて、なにがしたいって、私は関わる人間たちを脅迫したいんじゃないのよ。

ほんとは間に仲裁に入って欲しいのよ。

自分に“交渉”能力というものがない、ことは複数の経験で解ってるからね。

想像上、じゃない、現実の人間に、コミニュケーションを手伝ってもらえる時代が、まだまだ来ないから、困ったって言ってるのよ。